第3話 魔の峠

緩い勾配を乗り切り、ホウシトンネルを抜ければコボウ駅に至る。ここまでは順調だった。

「コボウ、定通(注13)! 出発進行!」

青い光を確認してコボウ駅の構内を駆け抜けると、再び単線のトンネルが迫ってくる。

「ここからが本番だ。海沿いに出るまでになるべく速度を稼ぐんだ。ただし空転はさせるなよ? 魔の峠はそんなに甘くない」

力強いエンジンの咆哮の中、わずかに聞こえるモーター音と電流計の動きを頼りにノッチを進めていく。荒れた海を横目に列車は進んでいった。


フルノッチのまま、空転もしていない。なのにじわりじわりと速度が低下していく。


パワー不足だった。


「師匠、どうしよう。速度が維持できない」

「うろたえるな。次のシブガキトンネルまで行けば下りになる」

「でも、このままじゃ遅延しちゃう」

「平気だ。この列車の次の交換は3駅先のシロハマだ。十分回復運転できるさ」

確かにスジは寝ている(注15)し交換駅まであるけれど……。不安がぬぐえないままフルノッチでシブガキトンネルへと突入した。

カーブの先にトンネルの出口が見えてきた瞬間、師匠が叫んだ。

「緊急っ!」

咄嗟に緊急ボタンを押し、ブレーキ弁を非常位置まで押し込むと、トンネルを出てすぐの軌道を覆い尽くす真っ黒な溶岩のようなものが目に入った。

「うわぁ、ぶつかる!」

溶岩に乗り上げたミナコは悲鳴を上げながら左に大きく傾いていく。

480トンもの重石を背負った375が簡単に止まれるわけもなく、脱線し徐々に左に傾きながら突き進んでいく。

「止まれーっ‼」

助手席側が岩に乗り上げ激しく傾いていく車内。ほとんど速度を減ずることはなく、緩やかなカーブの先にある次のトンネル、サワノクチトンネルのトンネルポーターが目前に迫った。もうだめだ……。


ボクの記憶はそこで途切れている。


◆      ◆      ◆


ところ変わって編成中ほど、郵便車の車内では2人の郵便局員がせっせと郵便物の仕分けを行っていた。

「うわっ、なんだっ!」

「いったーい」

急ブレーキが掛かったと思うと、いきなりドンッ突き上げるような揺れが襲い、車体がガタガタと揺れながらトンネル内で停車した。

あまりの揺れの激しさに、区分室で郵便物の仕訳をしていた私とモモイロペリカンは椅子から転げ落ちてしまった。

「一体何が……」

「あぁ、せっかく仕分けたのに」

区分室両側面を一杯に埋める郵便物の仕分け棚からは封筒やハガキがこぼれ落ち、床一面に広がっていた。

とりあえず車輌の電源は正常なようで、室内灯は煌々と点灯し、ゴーッという低い発電の唸り声が聞こえていた。

「まぁ多分なにかあったら放送ぐらい入るだろうし、平気かな」

「これは急いでやり直さないと終わらなくなっちゃいますね」

「やり直そうか」

2人で手分けして床に散らばった封筒やハガキを集め、再び仕分けをやり直す。普段なら聞こえるはずのリズミカルな轍の音が聞こえることはなく、妙な静けさが不気味だった。

黙々と仕分けをしていき、ようやく終わりが見えてきたころ、ふと後ろを見ると気分が悪そうにしているモモイロペリカンが目に入った。

「ペリカン、大丈夫?」

「ええ、ちょっと息苦しくて頭が痛いだけですから」

「じゃあ隣の休憩室で休んだ方がいいかもね。あそこなら横になれるから」

「はい」

そう答えて、立ち上がろうとした瞬間、彼女は力が抜けるようにばたりと倒れた。

「ペリカンっ!? ペリカンっ!?」

意識を失った彼女は不自然に紅潮した頬をしていた。


まさか酸欠!? 急いでトンネル外に逃げないと。気づけば僕も息苦しくて、力が入らなくなってきていた。

彼女を背負い何とか車外に出ると、もう立っていることすら辛かった。

あの光のほうへ進まなきゃ……。出口は遥か彼方だった。


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