11.焦りすぎ

「う、うう」

「起きたか」


 寝ぼけ眼を擦りながら低く呻く七咲ななさき


「え」


 ようやく視界が開けたのか、俺の姿をしかと捉え体が硬直した。ちなみに、水戸部みとべ尚文なおふみの部活が終わったからと言って一緒に帰って行った。


「なんで先輩が?」

「お前が失神してな。連れてきてやったんだ」

「あ、そうだった」


 どうやら思い出したらしい。しかし、俺たちも少しやりすぎてしまったのは事実なので、素直に謝ろう。


「悪かったな。少しやりすぎた」

「あの彼女さんとのことですか?」

「あいつは彼女じゃない」

「え、そうだったんですか!?」


 すると、七咲は瞳をキラキラと輝かせ俺に詰寄る。


「そうだ」


 そう答えると、七咲は自分の胸をそっと撫で下ろした。


「心臓に悪いですよ!」


 そんなに驚くべきことか? まさか、裏で尚文と、俺に彼女ができるかどうかの賭けをしているとか? 現に、尚文と水戸部が付き合ってるという事実を七咲は知らないし有り得なくはない。……バカか俺は。考えすぎだ。


「だから悪かったって」

「はぁ、まったくもう」

「立てるか?」

「え? あ、はい」

「じゃあ、帰るか。雨もちょうど止んだし」


 折りたたみを持っていなかった俺としては好都合。部室にいてもすることなんてないし、失神した七咲だって家に帰した方がいいだろう。



 雲の隙間から太陽が顔を覗かせた。

 春は夕暮れが気持ちいいものだ。清少納言は春はあけぼのと言ったが、断固異議を唱えたい。春は夕暮れ、と。


 しかし、雨上がりのしっとりした空気が肌に纏わりついて離れず、シャツと肌が引っ付いて何とも言えない気分。せっかくの夕暮れが。


「そういえば」

 隣を歩く七咲がふと声を漏らした。

「模擬店の計画を決めてなかったですね」

「だから、俺はなんもしないと言っただろう」

「でも私一人じゃどうにもならないですよぉ」


 俺らの通う高校は夏休み明けと年度末に大きい学力考査があり、夏休み前は体育祭、秋ほどに文化祭というスケジュール。他にも合唱コンや球技大会などのイベントもあるが、強いて挙げる二大イベントといえば文化祭と体育祭だろう。


 そして、文化祭まで約四ヶ月後。まだ焦るほどでもないだろうに。


「計画だけは手伝ってくださいよ!」

「はぁ、監督くらいはしてやる」


 せめてもの妥協案として俺はそう言った。


「はい!」


 こんな陰気で無愛想な男といて楽しいかね。

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晴れのちラブコメ、雨のち省エネ 川中とと @toto_k

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