8.ツンデレは大嫌いだ!

 放課後、俺は本日2度目の社会科準備室を訪れた。


「あ、先輩!」

「なんだ、早かったな」

「いまさっき来たところです」


 俺は適当に返事をして椅子に座った。向かいには七咲ななさきが頬杖をついてこちらを見つめる。


「なんだよ」

「話しかけないでください」


 七咲は俺が話しかけた途端に笑みを消し、異様なほど冷めきった顔で冷淡と告げた。


 俺は特に気にすることなく、リュックから本を取りだしパラパラと捲る。


 しかし、なんなんだ今日の七咲は。


 いつもなら、「別にぃ?」とか「なんでもないですよぉ」とか間の抜けた声で返してくるのだが、今日は随分と素っ気ない。はて、何か気に障ることでもしただろうか。


 ……問い詰めるのも面倒か。


 俺は気にせず本を眺める。


「せんぱぁい」


 今度はひどく甘ったるい声で呼びかけられた。ううむ、女って分からん。


「なに読んでるんですか?」


 七咲は椅子を隣に運び、体を密着させてきた。その華奢で柔らかな体の言いもしれぬ優越感に俺はたじろいだ。


「なんなんだ」

「何がですか?」

「冷たくなったと思ったら、急に話しかけてきたり」


 今の七咲は、正直に言って面倒だ。


「先輩は嫌ですか?」


 そう訊くってことはわざとやってるってことか。……しかしなぜ?


「そういうキャラをなんて言ったっけか。……えっとー」

「ツンデレ?」

「そう、それだ。俺はあまり好きじゃない」


 ツンデレと言っても七咲の態度は極端すぎたと思うので、ツンデレと言っていいのだろうか。


「え、そうなんですか?」

「逆になぜ好きだと思ったんだ」

「好きとは言われなかったですけど、円谷先輩が」


 アイツか。ことと言い尚文なおふみと言い、俺は何かあいつらに恨まれるようなことをしたかね。


「いやぁ、流石に無理だったかぁ」


 ガララと扉が開かれ、尚文が後頭部をポリっと掻きながら飄々ひょうひょうと入ってきた。


「お前部活は?」

「今日の放課後練はオフなんだ。どうせなら、と思って寄ってみた」

「変なことを吹き込まないでくれ。勘違いするだろう」

「そうだね。以後気をつけるよ」


 信用できん。


「ところで、七咲さん。キミって結構な有名人じゃないか?」

「え?」


 唐突に話を振られ、七咲は素っ頓狂な声を出した。


「有名人?」


 俺は興味深い単語をオウム返しにそう問いかける。この学校で有名人ってことか? それとも世間で? だとしたら凄いことじゃないか。


「無名の公立中学バスケ部を全国大会あと一歩のところまで引っ張ったエース、七咲ななせ。名前を聞いた時はあれ? って思ったけどね。まさか本人だとは」


 尚文の噂好きは中学の時からで、今でもその悪趣味は継続中らしい。それよりも、七咲がそんな凄いバスケ選手だったとは。


「そうなのか?」

「……まあ、そうですね」


 触れられたくない話題だったのか、七咲の表情がかげった。


「それより、今は活動中だ。部外者は帰れ」

「うん、そうだね。そうさせていただくよ」


 尚文は満足したのか、雲ひとつない満面の笑みで教室を後にした。あいつは俺よりも鋭いはずなんだけどな……。


「先輩。ありがとうございます」

「気にするな。あいつも悪気はないさ」

「はい」


 ううむ、気まずいな。ここは俺が一肌脱ぐか。……しかし、これは必要なことか? 


 この部に入ってからというもの俺の生活は、信条として掲げる生き方から多分に逸脱しているように思える。


「誰にでも、」


 見て見ぬふりをするほどすたってない。そう理屈づけておこう。


「触れられてほしくない過去はある。自分だけの秘密だからとか、後悔している出来事だからとか、理由は別になんでもいい。ただ、殻を少し破ってこいつになら打ち明けてもいいかなってやつに話してみるんだ。そうしたら、心が軽くなる。……今のはあくまで恩人の受け売りだがな」


 まったく俺らしくないことをしたものだ。恩人の言葉を借りて、というかそのまま伝えただけだが必要のないことだっただろうに。どうだろう、これで霧が晴れたか?


「ありがとうございます。やっぱり先輩って優しいですね」

「そうなのかもな」

「ふふっ。……先輩になら、話してもいいですよ?」

「なぜ」

「信用できますし」


 たった数日しか交流していないのに、そんなに言い切っていいのだろうか。


「実は……」


 ごくり。


「今の話……全部嘘です!」

「……はぁっ!?」

「いやぁ、いいもの見ちゃったねぇ」


 俺の素っ頓狂な声をかき消すように扉を開けて、にまぁと不愉快な笑みを浮かべながらまたも尚文が入ってきた。


「まさかあの雅太がお節介を焼くとはね」

「ですねですね」


 興奮気味に相槌を打つ七咲。イマイチ話が読めん。


「分かってないみたいだね」


 こういう時にテレパシストは役に立つ。


「つまりはね、雅太がこの部活に入ってどれほど変化したか——いや、どれほど成長したかを見たかったんだよ」


 なるほど。つまりは、落ち込んだ様子の七咲を俺は見て見ぬふりをするのか、はたまた性にあわないお節介を焼くのか。尚文は現在の俺が選ぶ答えを知りたかったのだ。


 ただ——。


「そうとはいえ、七咲の触れられたくない過去を使うとは悪趣味だな。お前の方が成長したんじゃないか?」

「あ、それ嘘ですよ?」

「うんうん。ただの作り話」


 同類種が二人揃うとどうも話が上手くいかない。いや、話じゃないな、戦だ。そう、これは俺の省エネ生活が懸かった小戦争だ。


 まあ、なんだ。散々言ってはいるものの、俺はこいつらにまんまと嵌められたわけだ。あー、情けない。


「バスケ部だったのは本当ですよ? 下手くそですけど」

「さいですか」

「ていうか、また気を使ったね。やっぱり雅太は成長してるよ。脱省エネ生活、頑張れ!」


 俺は今の快適極楽生活を手放す気はさらさらない!

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