Fragment of Nanase's memories

「お母さん! お父さん!」


 周りの目なんか気にせず私は大声で母と父を呼んでいた。あの時は確か、小学校に上がる前の春休みだった。


 近所に大きなショッピングモールが出来たからと、家族3人で買い物に来ていた。しかし、両親と離れ離れになり1人取り残された私は泣きに泣いた。


 辺りは暗く、行き交う人はみんな怪訝な顔で私を見るが、誰1人として助けようなんて思っていない。それが単に注目を浴びたくないだけなのか。はたまた、面倒くさいからなのか。


「大丈夫?」


 ふと後ろから声が聞こえた。私と同い年くらいの男の子だ。


「お母さんとお父さんがいなくなっちゃった!」


 この時の私は冷静さが欠けていた。私は涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔なのにも関わらず、男の子の胸に飛び込みわんわんと泣いた。本当に申し訳ないことをしたなぁ、と思う。


「そっか。じゃあ、俺と一緒に待ってよう。2人なら怖くないだろ?」


 男の子は私の頭をポンポンと優しく叩いてくれた。そして、近くのベンチで2人並んで座った。


「今頃お母さんとお父さんが君のことを一生懸命探してると思うよ。だから、ここで動かずに待ってるのが一番だ」


 自慢げな顔で話すものだからつい頭が良いのだと勘違いした。


「頭良い」

「だろ?」


 でも、こういうおちゃらけた面もあるのだから、さぞかし学校では人気者なのだろう。


「ななせ!」


 その時、お母さんの声が聞こえた。お母さんは私と目が合うや否や、今にも泣き出しそうな勢いで私に飛びつき、しかと抱きしめた。私も安堵から涙が溢れ、お母さんの肩を濡らした。


「君、どうもありがとう。娘と一緒にいてくれて」

「いえいえ」


 隣でお父さんが男の子に頭を下げていた。男の子は照れくさそうに頭を掻きながら苦笑していた。


「お兄ちゃん。名前は?」


 年齢を知らない彼をどう呼べばいいのか、と迷うことはなかった。なぜなら、彼は私よりもずっと大人びていて逞しかったから。


「冬木雅太。君は?」

「七咲ななせ」

「ななせ。またいつか」

「うん。……ありがとう」


 小さな声で感謝の言葉を述べると、雅太まさたくんはにへらと笑い、こそっと耳に顔を近づけた。


「実は俺も迷子なんだ」


 その言葉を最後に、雅太くんは手を振ってどこかへ行ってしまった。取り残されたように感じた私は、雅太くんの家族は見つかったのかどうかが気がかりでままならなかった。

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