家畜と呼ばれた僕が、女神と幼馴染を完全に落とすまで

@サブまる

第1話 

 一目惚れというのは、存在するのだろうか?


 桃色が舞い、希望と不安が胸を渦巻く新学期。

 新たな生活の始まり。


 高校合格という喜びの熱も冷えやらぬまま、怒涛の勢いで迎える四月八日。若干の憂鬱を覚え学校へいざ向かう。


 息の詰まるような緊張で門をくぐる。

 そこにはこれまでとは全くちがう環境が広がっていて、そこにきてようやく高校生になったんだと自覚する。


 その晴れやかな空間で、突然訪れる絶世の美少女との出会い。


 風にさらした髪がふわりと揺れて、淡い輪郭が露わになる。

 殴られたような衝撃を胸に覚え、緊張などとうに吹き飛び、やがて周囲が消えて、瞳に映るのはその少女だけ。


 こわばる表情、怒涛の勢いで脈打つ心臓、少女を映すための視覚以外の、一切の感覚を奪われる。


 しばしの別れの後、運命的にクラスで再開し、相手もこちらを振り向く。


 末に、相手は頬を染め、互いにつたないながらに言葉をつづるのだ。


「「……よろしくね」」


 沈黙の後、そこでようやく一笑。一瞬のうちに打ち解け、夏祭り、文化祭、さまざまなイベントで、イチャイチャを重ねた後、満を辞してして二人は……。



 恋愛小説や、ラブコメならそんなとこだろう。

 僕の場合は、実際そんな余裕などない。常に下を向いて、びくついて、目をつけられないように有象無象に溶け込む。


 ゆえに、一目惚れ……そんなものは存在しないのだ。





「見ろよあのデブ」

「うわっ、超臭そう。隣の席になったら最悪だわ」

「バカ言うなよ。同じクラスになってもやだわ」

「でも、隣の子超かわいくね? 銀色だし、ハーフか?」


 いつものバックミュージック。騒々しい空間に、チラホラとそういう声が聞こえていた。


「緊張するねぇ」


 緊張と憂鬱で震える僕の隣から、喧騒をかき分けそう声をかけてくる。

 白咲琴しろさき こと――家も近く、小さい頃からずっと一緒にいた、いわゆる幼なじみというやつだ。


「う、うん……」


 憂鬱この上ない、人のごった返す入学式前の体育館入り口。友人と会話に花を咲かすものもいれば、肩を抱き合って互いに緊張をほぐし合うもの、青い春を迎えようと異性探しに躍起になっているもの。


 そして、自身より格下を探して、罵倒するもの。


 人混みが苦手だ。


 機微を感じ取ったのか、琴は僕を笑う。


「あはは! 入学初日からそんなこわい顔してたら、友達できないよっ!」


 背中にパーンと鈍い痛みが走る。ベチョ、ベチョ、と音を奏でる我が贅肉、と汗。

 厚手の制服の上からでもわかるほど、僕は汗をかいていた。


「すっごい汗かいてる! 緊張しすぎだって! ふふふ〜楽しみだな〜同じクラスになれるかな〜」


 僕の汗に対する感想は、それはとてもさっぱりしたものだった。彼女は僕をキモがらない。

 身長168センチ、体重120キロオーバーという、正真のデブである僕を。


 視線を集めていることなど気にも留めず、隣でケラケラ笑う琴に、入学前からずっと言ってきたことを再度、確認するようにいった。


「その……あんまり僕に近づかない方が……いいよ。」

「もーそれ聞き飽きたよ! キミは私がいないとダメだろう? それとも私のこと嫌いになったの……? シクシク。悲しいよぉ」


 わざとらしくおどける琴に、僕も若干気が紛れた。


「ちょっとは緊張解れたでしょ? ほらほら! シャキッとしんしゃい! 入学式始まるよ!」


 最前列の人が、緊張の面持ちで右折、そして扉に消えていく。

 中から漏れ出る拍手喝采、ギシギシと悲鳴をあげる床、ぎこちない足取りで綺麗に整列されたパイプ椅子に着く。


 メキメキメキと、パイプが管楽器のようにメロディーを奏でた。それに合わせるように周囲がクスクスと主旋律を奏でる。


「新入生の皆さん。生徒会長の小森結乃こもり ゆいのです――――」


 僕は顔を上げた。体に電流が流れた。そして、周囲が、喧騒が、風景が、消える錯覚を覚えた。




 一目惚れというのは、存在するのだろうか?


 再結論。


 一目惚れは、存在する。僕のこの胸の高鳴りがその証拠だ。

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