8
ひどく明るい世界だった。見上げると、空はやっぱり怖いくらいに青くて、太陽が輝いていて、とても眩しい。でもここは死んだ世界だ。ここに暮らしていた人々は既に死に絶えている。死んでなくても、どこかへ去っている。
「これは……違う世界だよ」
私はますます不安になって、睦月さんの腕をぎゅっとつかんだ。「ここにはくまはいない。ミュウも」
どういうことなの? と私は思った。たぶん……時間を間違えたんだ。ここはくまたちのいる世界なのかもしれないけど、でもくまたちがいた時代よりずっと後なんだ。私たちは、未来の異世界に来てしまった――。
「たぶん……くまたちは死んじゃったんだよ」言葉に出すと、悲しみがおそってきた。「もうずいぶん前に。くまだけじゃなくて、くまの仲間もみんな。ミュウも。みんな死んじゃって――」
滅びちゃったんだ。滅んだ世界に私たちは来てしまったんだ。帰りたい。私は泣き出したくなった。
「ねえ、戻ろうよ」
幸い、私たちが通ってきた渦は近くにある。あれをくぐれば、元の世界に戻れるはず! 戻りた…い…! 戻って早くおうちに帰りたい!
安心できる場所へ。ほたるちゃんとお父さんが待ってる、私の居場所へ。
ここは私のいるところじゃないもの。
「……死んでないよ」
睦月さんは渦など見ていなかった。それよりも別の場所を見ていた。睦月さんの視線を追う。そしてそのとき初めて気づいた。何か建物らしきものが遠くに見えることに。
それは崩れてはおらず、堂々とそびえたっていた。ビルのようなものだ。けれども私たちが知っているものとは少し違う。丸みを帯びて、どこか有機物を思わせた。その壁面は、何でできているのかわからないけど、日の光を反射して白銀に輝いている。
背の高い建物だった。それがいくつか寄り集まって、それぞれの建物がチューブのようなもので連結されている。未来的だな、と思った。SF映画とかに出てきそうな。
この廃墟に暮らしていた人々は今はあちらに移ったということなの? ここを捨てて? でも何故? と思っていると、睦月さんの小さな声がした。
「それにしても暑いな」
気がつかなかった。日がさんさんと照っているせいか、言われてみればたしかに暑い。しかも私、冬のコートとマフラーといういで立ちだし。でも驚くべきことがいっぱいでそこに意識がいってなかったのだ。
睦月さんはポケットから何かを取り出した。それは光る小さな黒いものだった。睦月さんの変身のための石だ。
これが光っている、ということは――。
「変身ができる」
睦月さんがもう片方の手で石に触ると、たちまち光が溢れ出した。一瞬、睦月さんが見えなくなる。けれどもすぐに光は薄れ、変身を終えた睦月さんが立っていた。
「こっちのほうがずっといい!」睦月さんは顔を上げ、勝ち誇ったように笑った。「これなら早く移動できる。あの建物まで行って、ミュウに会ってくる!」
睦月さんはたちまち行動を開始した。私は慌てた。
「ま、待って……!」
私もポケットから石を取りだして変身する。そして急いで睦月さんの後を追う。
――――
私たちは駆けていく。普段走るよりもずっと早い。疲れもあまり感じない。魔法少女になれば、身体能力が上がるのだ。
走りながら、私は周囲に気を配っていた。何か、人影でも見えないか、と思って。
でも誰もいない。
空はどこまでも青く、そして緑は目に鮮やかだった。人はみな死に絶えてしまったのかもしれないけれども、でも美しい世界ともいえた。そして私は違和感を覚え始めていた。
おばあちゃんの家に行ったときのこと。近くに人の手があまり入っていない山があった。人の手が入らないと、植物たちは無秩序に繁茂する。いや、植物たちの間で争いがあって、無秩序、というわけではないのかもしれないけれど、荒々しく、貪欲に辺りにはびこっていく。
この世界の植物たちもそうだといえた。けれども少し、違う。なんというか……もう少し手入れがされているというか、多少の管理がなされているというか……。
やっぱり誰かいるんだ。そうだよね、人がいそうなビルが残っているんだもの。そこに暮らす人たちが、ときにこちらに来ている。
そう思ったとき、ふと、私の目の止まるものがあった。
小さな、白いものだ。動く。
生き物! じゃない。生き物ではなくて――。
私は足を止めた。ビルとビルの間。そこにそれはいた。
丸い頭に、やはり丸みを帯びた胴体を持ったもの。手がついている。足はない。けれども動いている。少し浮かんで、すべるように動く。
それはこちらに少し近づいた。頭には青い目がついている。それがこちらを警戒するかのようにまたたく。これは――。
ロボットだ。
小さなロボット。1メートルほどしかない。ロボットの目が点滅をやめる。何かを考えているかのように動きが止まり、やがてくるりと背を向けて、去っていく。
私は追いかけたくなった。けれども、今は睦月さんのほうを優先したい。ロボットが去るにまかせて、私は再び走り出した。
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