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 本当に、もう他に誰もいないのかな、と睦月さんの背後を見る。と、私は声をあげた。


「見て! 人が!」


 えっ? と睦月さんが首をめぐらす。睦月さんの背後の、これまた洋服屋さんの店内に人がいる。中高生くらいの女の子。その横にまた一人、人が現れた。彼女のお母さんみたいな人。


 少しずつ、人が増えてくる。女性、男性、子ども、お年寄り。でも不思議。声が聞こえない。彼らは何かしゃべっているのにそれが全く聞こえない。それに彼らの身体も何か変だ。透けてる。半透明で、向こうがうっすら透けてる。


 私たちは魔法少女の恰好をしているので、相当目立つと思うけれど、誰もこちらに注意を向けなかった。見えていないらしい。それが証拠に、ぼんやりと立っている私たちに、平気でぶつかってくる。でも衝撃はない。彼らの身体は、すっと私たちの身体を通り抜けてしまう。


「これ……なんなのかな……?」

「さあ……?」


 思わず尋ねるも、もちろん、睦月さんが答えを知っているわけではない。敵、かな。これ全部やっつけるのか……。数が多いなあ。


 いろんな人がいる。いつものショッピングモールの光景なんだけど、こうあらためて見ると、いいものだな、と思う。家族連れ、若い子たちのグループ、ベンチで休んでいるおじいさんに、そのもう一つ向こうのベンチで小学生の男の子が漫画に夢中だ。杖をついたおばあさんにそれに寄り添う中年の女性、車椅子の人。ベービーカーを押した若い夫婦。いろんな人がここに買い物に来てる。


 敵、だと思うとちょっと切なくなっちゃうけど。でも私たちの使命は形が変わってしまったものをあるべき姿に戻すことで。彼らも幽霊みたいに透けてるんだから、確かに形は変わっている。


 これってなんなのかな、と考えて、ふと思いついたことがあった。


「これ、夢なんだよ!」


 私は睦月さんに声をかけていた。睦月さんが不思議そうに私を見つめる。


「夢?」

「そう! ショッピングモールが見てる夢! 毎日いろんな人が来て、幸せそうに自分の中で楽しんでいって、嬉しいなあって、夜になったらそのことを思い出して見てる夢!」


 睦月さんは笑った。何それ、とは言わなかった。そういう馬鹿にしたような笑いじゃなくて、でもやっぱりちょっと戸惑ってて、でもなかなか面白いじゃない? と思っているような、少し苦笑も混じった、そんな笑い。


「いいね、素敵」


 睦月さんは言った。今の発想気に入ってもらえたのかな? だとしたらちょっと嬉しい。


「でも」


 睦月さんは笑いを引っ込めて続けた。「だとしたら、さっきの店員さんはなんなの?」


 うん……あまり幸せな夢の登場人物とは言えないけど……まあ夢はいろんな要素が混じるんだよ。


 睦月さんは歩き出した。私もついていく。


「いいよね、こういう人がたくさんいるところ」


 私は歩きながら言った。


「そう?」

「あんまり人が多くて混雑してるのは好きじゃないけど……。でも人がたくさん集まってるのって楽しいじゃない? 賑やかで、エネルギーがあって」

「人と人とのふれあいがあって、交流があって。愛があって温もりがあって」

「ね! いいよね!」


 私は嬉しくなって力強く同意する。睦月さんは足を止めない。実体のない人びとが私たちの傍を通り過ぎていく。


 睦月さんは前を見たまま言う。


「ねえ、一瀬さん、知ってる? 人って三人集まると――」

「文殊の知恵!」

「じゃなくて」

「……? あっ、矢が折れない!」

「でもなくて」


 睦月さんは突然立ち止まった。私たちの向かう先を指す。ここからさらに進むと食品売り場がある。そこに……。なんだ? 何かがいるな?


 黒っぽいもの。うずくまる、闇のような。


 睦月さんは楽しそうな声で言った。


「そうじゃなくてね。人間は三人集まると、揉め事を起こすの」




――――




 あの黒いのは明らかに敵だ! と私は思った。黒いのが広がっていく。こちらに向かって。腕を伸ばすように。


 睦月さんの声はやっぱり楽しそうだ。


「二人でも揉めるけどね。でも三人って、ほら、二対一になってさらに揉めるじゃない? そこに人が集まると揉め事はもっと大きくなる。そうだね、人が大勢いると確かに楽しいけど、でもその分、争いごとも多くなるよ」

「む、睦月さん!」


 それはともかく! 私は睦月さんの腕をぎゅっと握った。


「て、敵がいるんだけど!」

「やっつけなきゃ」


 睦月さんが目を輝かせて笑った。敵が出てきて嬉しいみたい。それも雑魚じゃなくて、それなりの力量のある敵と戦えることが嬉しいみたい。


 黒い腕が伸びていく。それに触れると人々は消えてしまう。廊下を這い、店の棚をなめ、それは大きく広がっていく。壁を伝って二階へ。全てが黒に呑み込まれてしまいそう。


 それは私たちのほうにも迫ってきた。睦月さんが跳んで逃げる。私も。それぞれ別の方向に逃げる。


 走って逃げるものの、敵も早い。黒い腕に追いつかれそうになる。首筋に気配を感じて慌てて横に逃げた。そこで止まるとそのことには気づかなかったようで、腕はさらに先へと伸びていく。そこに炎の球をぶつけた。炎に包まれ、溶けるように消えてなくなる。でも一部だけだ。けれども怯んだように、動きが鈍くなる。

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