第41話「もの盗られ」
魔王さまはそのまま大人しく自室へと戻る。
ユニは魔王さまの体調を気遣って、調子を確認している。
今のところ魔王さまは普通だけど一体何があってこうなったのかしら?
「……ケアラさま」
囁き声でわたしを呼ぶ声?
その声の方向を見ると、メイドさんが手招きしている。
そろりそろりとそちらにすり寄ってから、どうしたのかを尋ねた。
「先ほどから魔王さまは何かを探されているようなんですが、ケアラさまは心当たりはないですか?」
「探し物?」
魔王さまの探し物って何かしら?
全然思い当たるものがないわね。
「それで、盗まれたんじゃないかって言って、盗人は逃がさんって」
「それで城下町まで含めてバリアを張ったわけね?」
でも、なんで、武器屋に行ったんだろう?
あっ、もしかして探し物って武器なのかしら。
魔王さまの武器と言えば、もちろん、『オシリスの杖』よね。振るっただけで相手は死ぬ。魔王さま最強の武器っ!!
あれは確か、使うと周囲の草木や虫、動物とかも死んじゃって可哀そうだから使わんっ! って言って倉庫に入れてあったと思うけど。
う~ん、果たして最強武器を魔王さまに渡していいものかどうか悩むわね。
とりあえず、ユニに報告しておこうかな。
「ユニ、魔王さまなんだけど、なんか探し物みた――」
そのとき、足元に何か当たって、思いっきり転んでしまった。
「ううっ、いったい何に躓いたのよ~」
魔王さまの部屋は探し物をしていた為か、あちこちに色んな物が散乱していて、どうやらわたしが躓いたのは杖みたいね。
これは『賢者の杖』ね。魔王さま手加減用兼最近では歩行時の杖にも稀に使っているみたい。
まぁ、そんなことはどうでもよくて、早く起きてユニに伝えないと。
そう思ったとき、わたしの眼前に真新しい箱が目に入る。
「何かしら、これ?」
わたしが箱を手に取ると、「ダメだっ!! ケアラっ!!」というユニの叫ぶ声、そして、ユニはわたしから箱をひったくる。
ちょっ! なにするの?
「シルバーさん、探していたものはこれですか?」
ユニの表情にはいつもの営業スマイルはなく、至って真剣。
これは、わたしから箱をひったくったのにも何か理由があるのね。
そう思ったのも束の間、ユニへと、氷柱が襲う。
「くっ!!」
ユニは箱を傷つけないよう片手で氷柱をいなし、飛び退くと、箱を安全そうな魔王さまのベッドへ置いた。
「えっ? えっ? どういうこと? なんで魔王さまがユニを攻撃しているの?」
おろおろと2人を交互にしか見れないわたしなんか無視して、再び、魔王さまは魔法を行使する。
「この盗人風情がっ!!」
盗人? ユニが??
「ちょっと、魔王さま? ユニは確かにその箱をわたしから取ったけど、別に盗人って訳じゃないわ!」
力の限り叫ぶけどわたしの声は聞こえていないのか、魔王さまの攻撃は続く。
もうっ! なんで魔王さま、攻撃止めないのよ!! こうなったら、わたしもユニに手を――。
そう思って、一歩踏み出すと、
「やめろっ!! これは俺だけでいいっ!! お前は絶対に戦うなっ!!」
ユニの強い口調に、体がビクッと震え、思わず、その場にクギ付けになってしまった。
「え、で、でも……」
「物が無くなったというときは、盗難と結び付けやすいんだ。それゆえに、見つけた者がいたら、そいつが盗んだ犯人って思考になる。だからこういうときは、見つけても無視して、本人にその場所を探してみましょうと誘導して見つけてもらうのが正解だ」
そ、それって、もしかして、わたしが何もしなければ、この事態にならなかったってこと?
ユニはわたしを庇って……。
「認知症は感情は残ることが多い。だから、これから介護していくケアラが嫌われるより、俺が嫌われた方がいい。そう判断しただけだ!」
まるで、気にするなって言っているようだけど、そんなこと言われても気になるわよっ!!
そんな中でも、魔王さまの攻撃は確実にユニを疲弊させていく。
「くっ、防戦一方じゃ、やはり分が悪いか。疲れて止めてくれることも期待したが、それも無理そうだな」
ここで、ユニは初めて構えを見せると、ゆっくりと口を開いた。
「介護士拳!! イジョー」
ダヴさんに仕掛けた転ばす技ね。今ならイジョーが移乗で、転ばすのではなく、ベッドに寝かせる動作だって分かるわ!!
けれど、ユニの動きをまるで読んでいたかのように魔王さまは周囲に火柱を上げ、攻撃を防ぐと同時に、その火柱を突っ切り拳をユニへと叩きこんだ。
「どんな耐性持ちなんだよっ!」
苦しみながら、愚痴をこぼすユニ。
こんなの初めて見るわよっ!
「ソッキン! タイコー!!」
ユニは一瞬で魔王さまの背後に回り込み、抑えつけようとした。だけど――。
「無駄じゃ!」
魔王さまはさらに早い動きで逆にユニの背後を取る。
「盗人にしては良い動きだが、なんじゃ、その余分な動作は? 余にダメージを与えず拘束するつもりか? ふんっ、余も舐められたものよのぉ」
氷がユニの足に絡みつき、動きを止める。
「ほれ、拘束はこうして行うのじゃ。そして、拘束した相手への攻撃には必殺の一撃を放つものじゃ」
魔王さまは真っ赤な火球を浮かべると、その色がだんだんとオレンジへと変わっていく。
お、温度が上がってる?
さらにオレンジから青へと変色する。
「死ね。盗人よ」
だ、ダメっ!! ユニが死んじゃうっ!!
思わず体が動いて、魔王さまとユニの間へ飛び込む。
「介護福祉士拳。シンタイコウソク!」
ぽつりと聞こえたユニの声と共に、真っ白な、まるで包帯のような影が現ると魔王さまと火球を縛り上げた。
えっ? 何が起きたの?
というか、わたしもユニも生きてる?
「介護福祉士拳は介護士拳でもどうしようもなかったときの緊急事態用の技だ。これは、緊急時に行える処置を元に編み出した技。つまり、攻撃もある禁断の技だ」
白い影はユニの足元の氷も壊し、消えて行った。
今の強かったし、もっと使っていればいいのに!
そんなわたしの思いが見透かされたのか、
「身体拘束は少しの間しか使えないんだ。だけど、充分だ」
ユニは魔王さまへ向かって走ると再び後ろへと回り込んだ。
「ハイムリック砲!!」
ユニは背後から魔王さまのミゾオチに拳を叩きこんだ!!
こんな殴り方、初めて見るんだけど!
えっと、効果あるの?
「うぐぐぐっ」
魔王さまに効いてるっ!!
えっ、じゃあ、めっちゃ痛いんじゃ……。
さらにユニの攻撃は続き、
「カイコー!!」
魔王さまの鼻の下というか、上唇のすぐ上くらいを思いっきり押す。
「がぁっ!!」
これも効いてるみたい。
わたしには軽く指で押しているようにしか見えないけど、痛いの?
「良し。口が開いたな。フクヤク!!」
ユニは、薬を入れた。
魔王さまは少しすると、その場で意識を失ったのだったって、
「って、ええっ!! ちょっと!! 毒殺? 勇者が!? いや、それはダメだろぉ!!」
「安心しろ、睡眠薬だ」
「それなら、安心ってならないわよ!! 最後の最後に薬で勝負を決めにくる勇者なんていないでしょ!!」
ユニは首をゆっくりと横に振り、
「俺は、勇者を辞めて介護士になったからな。最後が薬でも問題ないだろ」
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