それはふたりでする行為

「いいか、相手が必要なセックスと、一人で気持ちよくなるオナニーは全くの別物なんだ」


 セックスに続いて、またもやファミレスで口にしたくない単語が抄の口から飛び出した。


「オナニーは自分さえ気持ちよくなれればいい。むしろ、自分が気持ちよくなかったらオナニーの意味がない。そうだろ?」

「そ、それは、そうだろうけど……」


 抄の言葉が間違っているとは思わないが、羞恥のせいで毅然と肯定することもできない。

 抄の内面を知りたいとは思ったが、こんな話になる想定はしていなかった。


「一方でセックスは、自分と相手を気持ち良くするのが重要だ。それがセックスという行為の全てなんだ。どうだ、タク。お前は誰かとセックスをしたとして、自分だけじゃなくて相手も気持ちよくできると思うか?」

「いや……そんな自信は持ち合わせてないけど……」


 ボクは未経験者だ。

 知識はあっても経験はないし、抄を前にして女性を満足させる自信があるなんてとてもじゃないが言えやしない。


「そうだろうな。タクが初めてのセックスをしたとしても、それは絶対に上手くいかないだろう」


 しかしこうも正面から断言されると、それはそれで落ち込む。

 もしかしたら実はボクが床上手という可能性もなくはないじゃないか。


「あっ、別にタクを馬鹿にしてるわけじゃないぞ。俺だってセックスに絶対的な自信があるわけじゃないからな」

「ショウが?」


 それは意外な言葉だった。

 抄ほどセックスに熱を持ち場数を踏んでいる人間でも、セックスに自信を持てないとは。


「俺だってオナニーだったらタクほどじゃないけど自信は持てるぜ? でもそれはセックスとは何も関係が……あっ、でもこの体じゃオナニーも自信ないな、俺……」


 そう言って抄は自身の体を見下ろした。


「……」


 抄が今何を考えているのかはわからないし、ボクが謂れのない中傷を受けた気はするが……ここは黙っておこう。


「まあ、とにかく……何度も言うがオナニーとセックスは違う。セックスは究極の対人コミュニケーションだからな。オナニーと違って相手が存在するんだ。経験者が一人いたってそんなに意味はない。むしろ、初心者同士の方が上手くいくんじゃないかとさえ思えるくらいだ」

「そうか? いくら何でも片方は経験者の方が上手くいきそうな気がするけど」

「でもその場合経験者側の負担は増えるだろ? 俺は知識よりも、ふたりの気持ちの方が重要だと思うんだよ」

「気持ち……つまりは愛ってことか?」

「どうした、タク。急に恥ずかしいこと言って」


 さっきから抄の方が恥ずかしいことを言っていると思うのはボクだけだろうか。


「まあ、愛も大事だとは思うぜ? 俺みたいな人間がするセックスに恋人の愛はないけどな。あるのは……性愛と人間愛とかか?」

「いいよ、そんなに掘り下げなくても……。愛じゃなかったらどんな気持ちが大事なんだ?」

「思いやりの気持ち。もしくは協調心かな。これを愛と呼ぶなら、タクの言葉も間違いじゃない。重要なのは、ふたりでセックスを成功させようとすることなんだ。一人じゃないぜ? セックスはふたりでするんだからな。ふたりが気持ちよくなるには互いに協力して、奮闘しなきゃならないんだよ」

「奮闘……」


 少し大袈裟だと考えてしまうのは、ボクがフィクションのセックスしか知らないからだろうか。


 自慰行為とセックスが全く違うというのはその通りなのだろう。

 しかし、抄でも難しいと言うのは想像し難い。

 セックスにパラメータを全部振ったような男なら、女性の協力がなくても上手く事を運べそうな気がしてしまう。


「協力って言ってもただ素直になればいいわけじゃない。すべてを曝け出すのは恥ずかしいし、時には嘘も必要だ。演技しなきゃならない瞬間だって存在する……快感と羞恥に邪魔されながらな。互いに協力しているはずなのに腹を探り合っているかのようなあの感覚は、経験してみないとわからないかもな。でも本気で向き合うと嫌でも痛感するぜ? セックスほどに難しいコミュニケーションはないってな」

「……そんなに難しいなら、そこまでセックスに拘ることもないんじゃないか?」

「へえ?」


 抄はニヤリと笑った。

 まるでボクからの反論を待ち望んでいたかのように。

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