一期一会を好む
重い沈黙がレストランの一角を包む。
抄の性交についての話を聞くのは初めてで。
抄にトラウマがあることを知るのも初めてで。
抄の暗い顔を見るのは随分久しぶりな気がする。
正直に言うと、ボクは抄のことを女たらしだと思っていた。
持ち前の顔と軽薄なトークでなりふり構わず女性を食い物にしているのだと思っていた。
だから抄の異性交遊にボクは立ち入らなかった。
その立ち居振る舞いに言及することもできなかった。
ただ抄のそちら側に触れることを避けていた。
ボクとは価値観が違いすぎていたから。
ボクの中の定義では、代わる代わる女性と交わるというのは下劣であったから。
親友の汚い面から目を背けたかったから。
でもそれらは偏見だったのかもしれない。
碌に抄の心を知りもしないで、一方的に拒絶するのは良くなかったのかもしれない。
少なくとも抄はボクと大きく変わらない人間で、相手を思いやる心を持っているのだから。
「……っ、で、でもほら、痛いのって最初の一回だけだろ? その子との二回目では上手くいったんだろうし、ショウがそこまで気に病むことは――」
「二回目? そんなの滅多にしないけど、俺は」
平然と、抄はポテトをむしゃむしゃと食べながら言い放った。
「そ、そうなのか?」
「そりゃたまにはすることもあるけど、基本的には同じ人とするよりはたくさんの人としたいからな、セックスは」
これも、おそらくは抄独特の価値観なのだろう、多分、いやきっと。
決して童貞と非童貞による感性の違いではないのだと思いたい。
「そうそう、だから一応言っておくけど、俺の経験人数ってタクが思ってるよりは少ないぜ、多分。一夜だけの関係で納得してナンパされる女性もそんな多くはないんだ。ま、皆そんなにヒマじゃないってことだな。一夜で終わることがわかりきってる関係よりも、長く続く関係を探す方が効率的だ」
「そ、そうなのか……」
確かにいくら抄がイケメンでも、一夜目的のナンパをしたところで断る女性が大半だろう。
ヤリ目の男性が女性から評判が良いわけがない。
「ってことは、ショウはボクが思ってるよりモテてたわけじゃないんだな」
「いや? モテてたぜ、俺」
サラリと抄は簡単に言ってのけた。
表情を少しも変えることなく、真顔で。
「言った通りナンパの成功率はそんな高くなかったんだ。年上だと結構承諾してくれる人は多かったんだけど、同年代は厳しくてな。目的がセックスってわかるとみんな聞く耳持たずって感じになるんだよ」
「そりゃ、そうだろうな」
「明らかに遊んでそうな子だと話を聞いてくれるんだけどなー……代わりにお金要求してくるんだよ」
「それって援助交際じゃないか……」
「まあ払うんだけどさ」
「払うのかよ!」
大丈夫だろうか。
ボクは法律に詳しくないが、親友は犯罪者にカテゴリーされていたりしないだろうか。
「メシ奢るようなもんだよ。ナンパに付き合ってくれてるわけだし、それくらいは払ってもいいだろ」
「ま、まあ、そうかもだけど……」
「とにかく、ナンパに関しては俺はモテていなかったと言っても間違ってないと思うんだ……でもほら、俺ってイケメンだったじゃん?」
親友のこの言葉をボクには否定することができない。
これほどまでに自身の無力を嘆いたことはない。
「女性との接し方も心得てるし、クズ男ではないからな。ただいろんな女性とセックスしたがるってだけで、それを強要もしたことない紳士なんだよ」
抄が紳士。
女性に対して優しいという意味では間違っていないだろうが、ボクの中の紳士のイメージと大きくかけ離れていることは間違いない。
「というわけで、告白はめっちゃされてたぜ。全部断ってたけどな」
その様は鼻にかけるわけでもなく、誇示するわけでもなく、当然の常識を語るようだった。
実際抄の言っていることは間違いではない。
イケメンは真実だし、モテていたのも事実だ。
抄へ近づく目的でボクに近づいてくる女子が居たほどに。
しかし抄が本当のことを言っていたとしても、心が乱されないかと言えば別の話だ。
ボクの拳は無意識に握り締められ、わなわなと震えている。
抄が少女に転生していなければ、その肩にパンチが炸裂していたことだろう。
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