失っていた物

「よし、じゃあこれはタクからのプレゼントってことで」

「ちょっと待て、なんでそうなる」

「男が女と服を買うってことはそういうことだ。これから先万が一デートすることがあった時のために覚えておいたほうがいいぞ」

「そんなわけがあるか! ……ないよな?」


 女性との付き合い方はボクよりも抄の方が数段経験が深い。

 冗談で言っているのかどうか、その真偽を計ることはボクには不可能だ。


「どっちにせよ、お金はタクに出してもらわないとならないんだよ」

「なんでだよ!」

「俺金持ってないもん」


 あっけらかんと抄は言い放った。

 買い物に来ているのに。

 自身の服を買いに来ているのに。

 金を持っていないのだと。


「そんなわけな…………あるのか?」


 言っている途中ではたと思い出した。

 抄が転生する際に、死ね神が行っていた所業を。


「俺の財布は男の体が着てた服に入ってたからな。元の体って燃やされてるんだろ? 多分、その時に灰にされてる」

「……」


 開いた口が塞がらない。

 まさか転生にこんな副作用まであったとは。

 死ね神に文句を言ったところで、取り合ってはもらえないだろう。


「つ、通帳は?」

「俺の家。帰ったとしても親が通帳を渡してくれるかは怪しいし、何よりこんな姿で帰りたくないな、俺」


 抄はボクと違って実家暮らしだ。

 家の鍵もおそらく死ね神の手で塵にされているだろうし、帰るとなればこの少女が高伊勢抄である証明が必要になる。

 抄が家族との思い出を話しても信じてもらえるかは怪しく、抄が嫌がっていては元も子もない。


「通帳の再発行も無理だろうし。言ってしまえば正真正銘の一文無しだな、俺」

「……」

「難しい顔なんてしてどうした? もしかして俺がガーターベルト履いた姿想像して興奮しちゃったのか?」

「断じて違う」

「想像なんてしなくても買ってくれれば実際に履いて見せてやるって。なあ、だからツケで頼むわ、ガーターベルト」

「買うわけないだろ! ただでさえふたり暮らしで出費が増えるのに、ガーターベルトなんて買ってられるか! それよりもお前はこういうのを先に買うべきだろ!」

「あー……やっぱり童貞はこういうのの方が好きなんだなー。俺もまだまだ童貞への理解が甘いな」

「え?」


 ボクは近くにある物の中から値段が安い物を無作為に手に取っただけだった。

 女性の下着をまじまじと見るのは恥ずかしかったから。


 ボクの手には下着が握られている。

 それはフリルが付いていて、布面積も広めで、色は白で。

 如何にも清純派という物だった。


「……」


 別に嫌いというわけではないが、意図的に取ったわけではない。

 好きなのかと問われれば、肯定しかできないのも真実ではあるが。

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