第38話 6月22日(火)昼

「まったくもう水臭いじゃん」


 昼休みに入るなり僕の教室までやってきた真実まみの第一声だ。


「そりゃウインクを見られなかったのは悔しいよ? 二人の気遣いも嬉しい。でも絶対どこかで話が出るんだからさ~」


 今朝も一緒に登校して、その時も自分からウインクの件に触れることができず気まずい雰囲気のまま永遠にも感じる時間を過ごした。

 いつも通りのオタトークをしながらだったはずなのにその内容は全然頭に残っていない。


 こんなことは今までになかったので、真実まみに隠し事をしたという事実は僕の中で案外大きいことに気付いた。


「ウインクって昨日のラジフラで言ってた? つまり米倉の近くにあかりんがいたと」


「いや、それが全然気が付かなくてさ。ね?」


「うん。あかりんっぽい人は見かけなかったよ」


「んふふ。春原すのはらさんが言うなら本当だな」


「おい」


「いや、だってあかりんが近くにいたら絶対、運命がどうとか言い出すだろ」


「それは……まあ」


 たまたま友達に誘われたライブで近くの席にいるなんて運命以外の何物でもない。

 心の中で叫んで口には出さないように努めた。


「二人だけの秘密にされたのは悔しいけど、アタシを気遣ってのことだし許してあげるわ。音弥おとやがあかりんに会えなかったのもざまぁって感じだし」


「うっせ。公開録音で会えるからいいんだよ」


「それはアタシもだけどね」


 予定通り一緒に公開録音に行ってくれるみたいでホッと胸を撫で下ろす。

 

いや、それはちょっとおかしいか。

 真実まみが僕と公開録音に行くのを嫌がったら春原すのはらさんを誘えばいいんだし。


 幼馴染との関係が壊れなかったことにホッとしただけだ。


「それより昨日のふーんはなんだよ。変なところでメッセージを止めやがって」


「にひひ。もしかして昨日はアタシのことで頭がいっぱいになっちゃった?」


「そんなわけないだろ。多少は気になったけど……」


 真実まみのことで頭がいっぱいで眠れなかったわけじゃない。

 むしろラジフラを聴き終えてすぐくらいに寝落ちしてしまった。


 頭を使い過ぎて疲れた可能性は否定できないけど、わざわざそんな墓穴を掘るような発言はしない。


「ふふ。二人って熟年夫婦みたいなところもあれば、付き合いたてのカップルみたいなところもあってかわいい」


「めちゃくちゃ相反する存在だし僕と真実まみはただの幼馴染だからね?」


「照れなくていいのよ音弥おとや。初々しくもあり熟成もされている。アタシ達の深い関係を優希ゆきちゃんはよーくわかってくれてるんだから」


「うん。幼馴染としては深い関係だと思うよ。ただ僕はあかりんと結婚するから真実まみも早く恋を見つけるんだぞ?」


 胸が薄いことを除けば女の子としてのスペックは決して低くない。

 自分が声優と結婚して幼馴染がいつまでも独り身だといたたまれないので僕は真実まみの恋を全力で応援するつもりだ。


「週末に一緒に公開録音に行くなんて周りから見たら十分カップルだと思うよ」


「ははは。それを言ったら僕と春原すのはらさんだって」


 一緒にライブに行ったじゃないかと言い掛けて口をつぐんだ。

 真実まみは幼馴染だから百歩譲って浮気にならないとして、一緒にライブに行っただけでカップル認定されるなら浮気になってしまう。


 それも近くにあかりんがいたんだ。

 こっちが気付いてないだけで、もしあかりんが僕の存在を認識していたら……?


 うん。その可能性は今はない。

 だって直接会うのは今度の公開録音が初めてなんだから。


「わ、わたし達はただの友達だし。なんなら弟設定だし。ね?」


「んふふ。米倉と春原すのはらさん、姉弟きょうだい設定で関係者席に入ったのか」


「そうなの。その設定の方が簡単に入れるかなって。わたしの方がお姉ちゃんっぽいでしょ?」


「よかったな米倉。もし春原すのはらさんが声優になったら弟は彼氏だぞ」


「ふぇっ!?」


「なんだよそのもしも話は。春原すのはらさんも困ってるじゃないか」


 僕を関係者席に招待するために渾身の設定を作ってくれたのに、変なifストーリーで困惑させるのは申し訳ない。


 春原すのはらさんがたまに発するあかりんみたいな声を世に発信しないのはもったない気はするけど、それは本人が決めることだ。


「声優の弟は彼氏……わたし、無意識に……」


優希ゆきちゃん、岸田きしだくんの言うことは真に受けなくていいわ。自分の母親よりも上の声優に恋する変わり者だから」


「るいたんは18歳なんだよおおおおお!!!!」


 春原すのはらさんがボソッと何か言ったような気がしたけど、その小さな声は岸田きしだの叫びに消されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る