第28話 6月7日(月)
あずみんが梅雨前線をどこかに追いやってしまったのかライブ翌日は夏のように晴天に恵まれた。
恵まれたと表現したけどぶっちゃけ暑い。
インドア派でエアコンの効いた部屋で過ごしがちなオタクにこの暑さは応える。
「はぁ……ステージ端に来てくれた時、あずみんから漂う良い香りがアタシの全身を駆け巡ったの。生のあずみんが目の前にいる。その感動を最大限に感じた瞬間ね」
そんな暑さに負けることなく熱弁を振るうのは我が幼馴染だ。
ライブから一夜明けて今朝からずっとこの調子で余韻に浸っている。
昨日は規制退場だったのとそれぞれ帰宅が遅くなるわけにはいかないので各自最短ルートで帰路に着いた。
僕と
「ねえ聞いてる? 特に
「んふふ。俺はるいたんに全てを捧げると誓った身。これ以上、内田杏美に魅了されるわけにはいかないのだよ」
「それってつまりあずみんが魅力的だったってことだよな」
「…………そっちの席はどうだったんだ?
露骨な話題変更に僕は苦笑いを浮かべるしかなった。
「関係者席ってあんまり立ったりしないんだけどわたし達はつい立ち上がっちゃったね」
「そうそう。一階席のテンションに乗せられた感じ」
「にひひ。あずみんがあんなに近くに来たら誰だってスタンディングオベーションよ」
「まあ、匂いを嗅げたのはライブ後半に急接近した2階席ならではよね。香水だけじゃなくて本人の汗も混じった本物のあずみんの匂いなんだから!」
「お、おう。それは良かったな」
「んふふ。でも不思議だよね。あれだけ歌って踊って汗をかいてるのに近くにくると良い匂いがするなんて。さすがの俺も心が揺れたよ」
「なっ……
「ち、ちがっ! 心が揺れたのは声優さんってすごいなという意味であってこれは浮気ではなく俺は間違いなくるいたん一筋なんだ」
「……浮気の言い訳してるみたいで見苦しいぞ」
「ふふ。
「さすが
「う、うん……」
あれだけあかりんへのガチ恋を語った僕に対して普通に接してくれたことには感謝せねば。
「
「最高の幼馴染がいて僕はシアワセモノダナー」
「
「照れてない照れてない」
「ふふ。その感じが幸せそうだなって思うの」
穏やかな微笑みを浮かべる
「まあ、今日はあずみんライブの翌日だし
「覚めないから。むしろあかりんにも同じステージに立ってほしいと思ってね。もっと応援してあかりんの声や演技、そして歌声を世界に広めるという使命感に目覚めたくらいだ。ね?」
「え? わ、わたしもなの?」
「ちょっと
「ゼロ距離ってわけでも……ねえ?」
「うん。たしかにすごく近くまで来てくれたよ? でもわたし達は関係者席だし特別なことはなにも。むしろ特別なことがなくてもあずみんは綺麗で可愛くてキラキラ輝いてるんだなって実感できたかな」
なんとなくウインクのことは
しっかりと理解してくれて、その結果オタク特有の早口であずみんについて語るオタクになった。
「うんうん。さすが
「思いっきり場所が関係してるじゃねえか」
「うっさいわね。そんな細かいことを気にする小さい男はアタシみたいな幼馴染以外に相手されないわよ」
「そんなことはない。あかりんは天使だからな!」
「はいはい。それを言ったらあずみんは女神ね」
「うん。昨日のライブを見て女神でもおかしくないと思ったよ」
「
「いつかあかりんも女神になる。そう確信したね」
初めて声優ライブに参加した僕らは休み時間の度に集まり、その感想を語ってなんどもあの興奮を
同じライブでも座席によって見える景色は違う。あのウインクは二人だけの秘密の思い出になった。
たぶんあかりんに打ち明けることもない。
些細なことであるけど、思い出す度に胸にチクっと刺さりそうなそんな思い出に。
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