第37話

 瞬時にリボルバーを構えエニグマの顔面を狙い撃つ。撃鉄が降りる瞬間、カリンの体は空を飛んでいた。

 (ここ…どこ…!?)

 カリンは下に殴り落とされた。が、今カリンの体は宙を待っている。

 (まさか……地上の空!!)

 示し合わせるように頭上に現れる大地。足下には無数の瓦礫。その間を縫うように影が迫り来る。

 「……っ!舐めるなぁッ!」

 カリンの体が光に包まれた。辺りを照らすその光にエニグマは眉をひそめ、苦々しく呟く。

 「あの野郎……!」

 光を脱し、カリンは現実に姿を現す。その姿にエニグマは思い出の人を重ねざるを得なかった。

 輝く黄金の髪に、眩い後光。この世の何にも類せない気配は、なんとも言えない気味悪さを感じる。カリンは瓦礫を腕の一振で使役し、足場を創った。

 「決着だ、エニグマァ!!」

 リボルバーは剣に変形し、切っ先をエニグマに向けた。エニグマはそれに応えた。両手のひらに集まった光の玉はショットガンと成り、銃口を突き付ける。

 「後悔すんなよなぁ!!!」

 カリンは足場を砕き、一度に距離を詰める。先手はエニグマだった。ショットガンは合体、巨大なキャノン砲に姿を変え瓦礫ごと吹き飛ばそうとする。弾頭が打ち出され、バックファイアが雲を焼き稲妻のように空を駆け抜ける。カリンの手のひらに光が灯り、腕を突き上げたと同時に拡散する。光線は周囲の物体を次々と貫いていく。砲弾も例外ではなかった。道半ばで弾頭の頂点に風穴が開き、爆炎が二人の姿を隠した。両者躊躇なく爆炎の中に突っ込んでいく。空気が未だ冷めやらぬ中、邂逅。得物は激しく衝突、衝撃波は雲を消し去り闘技場を象った。

 「てめぇ、あいつの言いなりにでもなるつもりか!!」

 「お前を殺せるなら……傀儡でもなんでも受け入れる!!!」

 「この……馬鹿野郎がァ!!」

 エニグマのショットガンが大鎌に変形。不意をつき鍔迫り合いを制した。体勢が崩れがら空きになった腹に膝をいれる。

 「……ッ!」‎

 苦しみより先に感じたものは、重力だった。かかと落としで再び叩き落とされ大地へ吸い込まれていく。正確な着地は不可能。可能な限りダメージを抑える行動をとる。剣をリボルバーに戻し、力を込め発射。弾丸は地面を砕いた瞬間凄まじい爆風が巻き起こり、カリンを押し上げた。そのまま受身をとり着地。まだ、息はつけない。

 「よそ見すんなよなぁ!!」

 頭上から降り注ぐ巨剣を転がり避ける。土煙が巻き起こり、その向こう側に目を凝らした。突き刺さった巨剣を引き抜き、それは再び2丁のショットガンに戻る。

 「……ここがどこだか分かるか。カリン。」

 「知らない……。」

 はるか上空から見えた街は栄えているように見えた。

 「ここが、全ての始まりだ。お前の母親はここで死んだ。」

 横向きに倒れたビルの上、人間サイズの血痕が色褪せず残っている。

 「だからなんだ……!」

 「私が話しても信じないだろうな。答えは……お前に眠る記憶の中にある。」

 エニグマの両腕が口のように開き、ショットガンを呑み込む。手のひらは銃口、刃と次々に形を変える。

 「お前の力を、呼び覚ましてやる。」

 戦いの、ギアが上がる。エニグマは瓦礫をボールのようにシュート。カリンは拳で粉微塵にするが目前に刃へと変形した腕が迫る。後ろにのけ反り辛うじて避け、そのまま後転し距離をとる。銃では歯が立たない。リボルバーはカリンの想像を象り剣に再び変わる。エニグマの腕が火を吹く。火球は大地を焼き尽くし猛進。カリンをも巻き込む直前、中心線に走る一筋の光。カリンは、炎を斬っていた。火球が抉った花道のような一直線を迷わず突き進み、エニグマに斬りかかる。剣は腕の刃に食い止められ、届かない。エニグマが剣を弾き蹴り上げる。腕だった刃はガトリングへと変化。エニグマと共に飛び上がり宙に浮いたカリンを銃弾の嵐が襲う。カリンは再び掌を突き出し、光を生み出した。弾はネットにかかったように減速。

 「帰れ……!」

 空中に静止した弾丸は張り詰めたゴムのように向きを変え戻っていく。エニグマは弾丸を斬り落とし身を防いだ。すぐさま降り注ぐ超質量を持つ光の鎚。ステップで距離をとるが、カリンの猛追は留まることを知らなかった。自分が元いた場所は次々と消滅、2人の距離は少しずつ縮んでいく。エニグマの脳天に迫る光、近づくにつれその光の危うさをジリジリと感じることが出来た。

 まともには受けることは出来ない。同型のハンマーを生み出し、カリンの呼吸に合わせ振りぬいた。耳をつんざく轟音。飛び散る火花はカリンの瞳を揺らす。体勢は大きく後ろに仰け反り、明確な隙を見せた。障害物のようにカリンの腹を蹴飛ばす。カリンの視界に移る死神の鎌。咄嗟に鎚を引っ込め剣で防御するが形勢は不利なままだった。カリンは力づくでエニグマを跳ね飛ばし斬りかかるも軽々受け止められてしまう。威力が足りない。そう判断した。刀身を伸ばし、質量をあげる。

 「少し痛いかもしれない。耐えれるだろ、カリン」

 それも所詮、付け焼き刃に過ぎなかった。エニグマは顔にかかる枝を払い落とすように右手の刃で刀身をたたき落とし、もう片方の刃が腹に伸びる。刃と腹は徐々に近くなっていく。10数センチ、数センチ、数ミリ……─────

 「……ま、間に合っ……た。」

 その刃は、切っ先が触れるのみだった。瓦礫は宙に止まり、風も水も太陽も、全てが世界に固定された。エニグマも例外では無い。悲しげな表情が顔面に貼り付いている。

 「これで……私も……」

 後ろに周りエニグマの首に刃を当てる。狙いを定め、振りかぶる。

 「あの人に!!」

 「やっぱりな」

 力任せに振りぬいた剣は、エニグマの手の中に収まっていた。血が滲み、刀身に血が滴っている。ありえない光景にカリンは腰を抜かし、恐怖が心を覆った。

 「な、なんで……時間は止まってるのに……」

 エニグマは周りに浮く瓦礫をどかし、呆れた口調で口を動かした。

 「あのな……私はスレイヤーだ。時間が止まるくらいで私を止められるかっての。あとお前、」

 無数の瓦礫がエニグマを阻む。

 「信仰しているな。あいつを。」

 その瓦礫をどかすこともなく、まるで鏡写しのように目の前に現れた。カリンの恐怖は怒りへと変貌し、声を荒げる。

 「あの人は……私を育ててくれた!!短い間でも、私の親はゼウス様だった!」

 「違う!お前の親はマリアとその父親だ!それともなんだ?!その薄汚い貰い物の力のせいで、脳みそまで腐っちまったのかぁ!」

 エニグマは諭すように、優しく歩み寄る。

 「マリアは、まだ私の中にいるんだ……比喩じゃない。どうか信じてくれ。君の復讐は、俺が必ず果たす。」

 カリンの手を取り、真っ直ぐ瞳を見つめて己の真実を証明しようとする。

 その答えは、拒絶だった。

 「黙れぇ!!!」

 理屈なぞ関係の無い拳がエニグマの頬を叩き、吹き飛ばした。エニグマの声は最初から届いていなかった。カリンはただ怒りに身を任せていただけだったのだ。

 「ゼウス様からの贈り物を……お前はコケにした……。」

 カリンの全身に、有り余る力が迸る。怒りに任せ、ただ力を振るうその姿のなんと愚かしいことか。

 「殺してやる…不死身だろうが知るか、殺してやる…何度だって殺す!殺す殺す殺す

殺す!!!」

理性は無い。ただ彼女にとって殺せればいいのだ。

 「やってみろよ、マリオネット。」

 その一言が、完全にカリンの脳を焼き切った。胸一点に集まった光は、今にもはち切れんばかりに蠢いている。

 「消えろぉぉぉぉ!」

 光の玉は水風船のように弾け、光線がエニグマへ吸い込まれていく。丸太のようなそれは全てを飲み込み空間ごと世界を壊す。

 「よくやった。」

 エニグマが両手を前に出し、壁を押すような姿勢をとる。その両手の前に現れたものは、黒く小さな点だった。その頼りない小さな点はただそこに鎮座し、光線を待ち望んでいた。

 「さぁこい。お前を救ってやる。」

 光が放たれ、世界が削れていく。人の思い出も、悲しみも全てを食い尽くし平等にならしていく。黒い点に、邂逅するまでは。地形の変化も、時の歪みも、世界の傷も、全てその黒点が受け止めていた。

 「……っ!これは……いや、いける!」

 2つのエネルギーが織り成すプラズマは街を吹き飛ばし、風は人の暮らしを薙ぎ倒していく。

 「死ね!死ね!死んでよォ!お前が……あなた

が死ななきゃ…私、なんでこんなとこまで……」

 涙が枯れると共に、破壊も次第に小さくなっていく。

 「もう……だめ…。お母……さん───」

 カリンの瞼は、静かに閉じ、倒れ込んだ。既にカリンの力は失われていた。髪は元の黒髪に戻り、その眠りは穏やかなものだった。

 「────ッハァ!!はぁ、っ、はぁ…はぁ」

 エニグマも辛うじて立っているのがやっとだった。ふと右手に握る黒点を見つめる。そこには、激しく渦巻く禍々しい力が胎動していた。

 「まずは……第1段階。頼んだぞ……ゲンジ、トール。」

 天を仰ぎ、僅かな祈りを捧げる。だがその祈りは大空から降り注ぐ光に阻まれた。

 その安らぎを妨げる存在に彼女は舌打ちをせざるを得なかった。はるか上空に確かに感じる、神々しいもの。

 「ダメだったか……!」

 黄金の髪と瞳、少年の姿、眩く光を放つ斧。回復の隙は無い。

 「ゼウス!」



 

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