第3話
翌年です。
まだ猿たちがやって来るより前のことでした。九月に入ったばかりの夕暮れの中で、柿の木のまわりを無数の赤い火がチカチカ燃えているのを見つけ、長治は急いで寝床から飛び出していきました。
赤い火は、鹿の目でした。
どこからやって来たのか十頭ばかりの鹿の群が、もうみんな夢中になってまだ真っ青な柿の実をかみ砕いているのです。ピューイ、ピューイ、と鳴き合って、なんだかいかにも「渋いな、そっちも渋いか」と言っているようなのですが、それでもものすごいいきおいで食べ続けるのですから、そうとう腹が減っているのです。
下のほうの実がなくなってしまうと、今度はいよいよ前脚を木に引っ掛けて、人間みたいに二本足で立って、上のほうの実まで懸命に伸びあがって取ろうとしているのでした。
長治は夜の闇にまぎれて棒をかまえ、一歩、また一歩と近付きました。そのとき、一頭の鹿が脚を引きずっていることに気づいたのです。群の端のほうに不安げに立って「渋いか、どれも渋いか」としきりに鳴いているのでした。それだけでなく、中には目の見えないものも、歳をとったものもいるに違いないのです。鹿たちはそんな仲間のぶんも取ってやろうとして、今はもう柿の木の高い枝に跳び乗ろうとさえしているところでした。
そこで長治はついに棒を振り上げ、わぁっと鹿の中に飛び込みました。そうしてもう無我夢中になって、バシン、バシン、バシンと柿の木を叩きました。
「柿、取ってやるぞ。高いとこ、取ってやるぞ。食べろ、みんなで食べろ、ホウ!」
赤い火は散りぢりになって闇に消え、気がつくと長治はたった一人で、柿の実をすべて地面に叩き落としてしまっていたのです。
そのあとのことならもう長治はこっぴどく叱られて、目を鹿のように真っ赤に泣きはらして、しょんぼりと寝床にもぐりました。
村人たちは、朝になったらきれいな実をいくつか拾ってみようということに決めて、やれやれと帰っていきました。
けれどもその晩のうちに鹿たちは再びやって来て、長治が落とした柿の実をひとつ残らずたいらげていったのです。
翌年はまたたくさんの猿がやって来ました。もうどうにも手がつけられなくなって、村人らは、やっぱり番犬が必要だ、どこかに立派な子犬が産まれないだろうかと、ひそひそ話しておりました。
ある日の早朝、柿の木のまわりがどうにも騒がしいので長治が起き出して駆けつけますと、猿が数匹、なぜだか木に登らずに辺りをキィキィ跳ねまわっておりました。
見上げると、なんと熊です。柿の木の枝のいちばん太いところで、大きな熊が自分のお尻の下に枝を折り重ねて、熊棚と呼ばれる寝床のようなものをこしらえて、そこにどっかりと座り込んでいたのです。熊はあっちの柿もこっちの柿も、枝ごとバリバリと折ってしまって、渋いも甘いも関係なしにごろごろと飲み込んでいきます。そしてその枝をまたお尻の下に敷くと、今度はまた別の枝をバリンと折るのでした。
長治はもう今すぐにも、熊のお尻を竹で突っついて「ホウホウ」をやるところでした。ところがそのとき、後ろから誰かの腕がすっと伸びてきて、長治の口をふさぎました。それはもうあっという間の出来事で、猟師たちは音も立てずに現れ、熊をズドンとやったのです。熊は熊棚からばったーんと転げ落ち、腹に命中した弾が胃の中をひっくり返したのか、丸飲みした柿の実をごろごろと吐き出して死んでしまいました。
長治は黙ってふるえておりました。
「危なかった、危なかった。長治、熊には近づくなよ。おまえが食われてしまうぞ」
その年も干し柿は作れませんでした。代わりに正月のご馳走として熊の肉が振る舞われましたが、長治はどうしても食べる気になれませんでした。
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