「今から二千年前……創造暦一八六四年。あなたさまがたよりも一つ前の時代。その時代にも今と同じように、それぞれの名を持つ『王』たちがおりました。

『魔（ま）導（どう）王（おう）』リートネットさま。アネットさま。

『妖精王（ようせいおう）』クロネラさま。

『救世王（きゅうせいおう）』フールさま。

『撃滅王（げきめつおう）』アーバンクさま。

『屍王（しかばねおう）』グディフィベールさま。

『狂（きょう）楽（らく）王（おう）』ズィートゥティヌスさま。

　そして、『神殺王（しんさつおう）』ユークリウッドさまでございます」

　と言ったのは、椅子に足を組んで座っている男……監獄『最果ての箱』の管理人、アストラル＝ジーニーだ。ジーニーの前にあるテーブルにはクッキーが並べられた皿と、被っていたドアマンの帽子が置かれている。

　ジーニーの格好は高級感が漂（ただよ）うグレーのスーツ。短くまとめたシルバーの髪が、吹いてきた風に軽くなびいている。

「彼ら八人の『王』らがいたさらに二千年前。その時代にも、同じようにそれぞれの名を持つ『王』たちがおりました。

『悲劇王（ひげきおう）』アンネヘルムさま。

『癒王（いやしおう）』ニィナさま。

『爆殺王（ばくさつおう）』ニートリュートさま。

『信仰王（しんこうおう）』グラウスさま。

『万能王（ばんのうおう）』ドグラグラムさま。

『賭博王（とばくおう）』キングさま。

『真理王（しんりおう）』ゼロさま。そうそう。この時代にも、『神殺王（しんさつおう）』ユークリウッドさまはいましたねえ」

　そこまで言うとジーニーはカップを口元に持っていき、紅茶を一口飲んだ。彼が話しかける相手は、『同盟王』フランベリアであった。

　フランベリアの前には神器グロッケン＝ベルが音が出ない状態で置かれ、その横には一枚の紙と万年筆のペン先がある。ペン先はひとりでに立ち上がって、紙にクマやネコらしき絵を描いている。

　二人はまるで緑の絨毯（じゅうたん）を広げたような、広大（こうだい）な草原（そうげん）にいた。ここは監獄の入り口にあたる場所で、通称、庭（にわ）と呼ばれている所だ。

　ジーニーから少し離れた後方（こうほう）に、地面から突き出すようにして白（しろ）塗（ぬ）りの屋根が建てられている。この中にある階段を下りて行くと、監獄『最果ての箱』へと入って行ける。

　監獄の中に入ってしまうと一切の魔法と魔力の使用が遮断されてしまうが、二人が今いるこの草原の庭は、まだ魔法が使える場所となっている。

「……は、馬鹿みてえな話だな。その『神殺王』って奴はまさか、四千年も前から生きてるってのかよ。それこそおとぎ話じゃねえか」

　軽く笑ったフランベリアはよそ行（い）きの顔をすっかり剥（は）いで、素の表情と口調で返した。

　監獄の入り口でもあるこの庭は、周囲数メートルにわたって薄い遮断（しゃだん）防壁（ぼうへき）を張っている。そのためフランベリアは、ほかの『王』たちの国で起こったことをまだ知らない。

　ペルドットが『王』から『魔法が使えるだけの人間』になったことも知らないし、スカーレットの中にいた人物……アダムスが彼の意識と体の主導権（しゅどうけん）を奪っていることも知らない。そして、まさか人間たちが『王』の存在を“否定”していることも、もちろん知らない。

　皿に乗ったクッキーに手を伸ばしながら、ジーニーが言う。

「うっぷっぷっぷっぷ。おとぎ話……確かにそうですねえ。しかしながらフランベリアさま。この『“魔法”の世界』の設定は『なんでもあり』なのです。

　あなたさまが知らないだけで、馬鹿みたいな年月（ねんげつ）を生きているニンゲンも、いたっておかしくないですよおう」

　一度聞いたら耳にこびりつくような特徴的な笑い方に、フランベリアは、ち、と舌打ちをする。

　クッキーをつまんだジーニーは、さらに続けていく。

「『悲劇王』さまたちよりもさらに二千年前。その時代にも、それぞれの名を冠（かん）した『王』たちがおりました。

『魔王（まおう）』アダムスさま。

『赤錆（あかさび）の乙女（おとめ）』さま。

『文學王（ぶんがくおう）』シグレさま。

　ああ、『創世王（そうせいおう）』と『願望王（がんぼうおう）』というのもいましたねえ。あとは、神殺しの王ユークリウッドさま。

『文學王』シグレさまが、そちら『神が紡ぐ物語』アウローラの元々の持ち主でしたよお」

　ジーニーは、紙に落書きをしている万年筆のペン先……『神が紡ぐ物語』アウローラを見やる。

「……アダムスってのは聞いたことがある。確か、すげえ昔、まだ人間たちの土地と魔物たちがいる魔界（まかい）の境界（きょうかい）が曖昧（あいまい）だった頃。その時の、魔獣や魔物たちを統（す）べてた魔界の王を討（う）った人間だって聞いてる」

「ええ。そのとおりでございますう。魔物たちの王は『魔（ま）獣（じゅう）王（おう）』と。その王を討（う）ったニンゲン……アダムスさまを『魔王（まおう）』と呼んで区別しておりますう。

　アダムスさまは非常にお酒がお好きな方でございましてねえ。特に、ワインなどを好んでおられました。他に好きな食べ物は……おっと、これは個人情報なので、勝手に言ってはいけませんねえ。うっぷっぷっぷっぷ」

　ジーニーはわざとらしく口に手を当て、肩を揺らして笑う。

「そうそうフランベリアさま。時（とき）に、あなたさまはスカーレットさまとペルドットさま、エレーンさまと同じ魔法学校のご出身だとか」

「……まあな。あいつらとクラスは違ったが」

　いきなり話題が切り替わったことに何か言いたげな顔をしながらも、フランベリアは答える。

「三百年ほどで、閉校（へいこう）してしまったとか」

「……まあな」

「何が起こったか、詳しく聞いても？」

「俺だって知らねえよ。スカーレットの奴がいきなり別人みたいになって、他の生徒の何人かと教師をぶっ殺したんだ。その中には校長と副校長……『魔（ま）導（どう）王（おう）』の二人もいたな。俺だってあいつに腕の肉を削られたぜ。

　特にひどかったのはペルドットだったな。あいつは上半身と下半身が千切られてよ。死にかけだったぜ」

　と、そこでフランベリアは、何かを思い返すような顔をした。会議が終わったあと、スカーレットに対して感じた違和感を思い出したのだ。

「……おい。俺のことはどうでもいい。それより、そのアダムスって奴のことをもっと教えろ」

「アダムスさまのことですか。そうですねえ……元はとても優秀な魔法使いでしてねえ、様々な魔法を使っておりましたよぉう。

　そして、とてもお優（やさ）しい方でした。身寄（みよ）りのない子供たちを集めて食事を振る舞ったり、お弁当を作って配ったり、孤児院に行って歌を歌ったり。しかしそれは、『魔王』になる前のことですが」

「どういうことだよ？」

「フランベリアさま、これ以上はご勘弁を。アダムスさまを含めた当時の『王』たちは全員この世界から落ちてしまいましたが、ワタクシ、今回は『管理人』の駒ですので、なんでもかんでも話す役割の駒ではないのです。

　詳しく聞きたいのならば、ほら、そこのアウローラに聞いてみてはどうでしょう。彼女は当時のことを知っている神器の一つです。ワタクシよりもそっちに聞いてみたほうが、重要な情報が聞けるかもしれませんよぉう」

　ジーニーは紙に落書きをしている万年筆のペン先……アウローラを指さす。その言葉に、フランベリアは二度目の舌打ちをする。

「てめえ、馬鹿かよ。いくら意思がある道具でもよ、こいつらが何を知ってるっていうんだよ。それに、こいつらの元の持ち主は全員死んでるだろ」

「うっぷっぷっぷっぷ。それはあなたさまが『そう』決めつけているだけでございますよう。

　確かにアダムスさまを含め、当時の『王』らは全員死にました。ですが、あなたさまはそれを『見ていない』。ということはあなたが知らないどこかに、『アダムスさまたちの時代にいた『王』の誰かが、この『“魔法”の世界』にいる』という可能性もあるということです。

　それに、この『“魔法”の世界』の中で、時代の区別などただの設定と数字にすぎませんし。落ちた駒が再びゲーム盤に置かれようが、それは新たなゲームの始まりに過ぎないのでございます」

　ジーニーはそう言うと、静かにカップを傾けて紅茶を飲んだ。フランベリアには、ジーニーの言葉の意味は分からない。

「フランベリアさま。例（たと）えばの話をしましょうか」

　と言って、ジーニーは指を一本立てる。

「あなたさまはチェス盤を眺める人間でございます。過去のゲームで盤から落とした駒の中には……そうですねえ……あなたさまと因縁（いんねん）深（ぶか）いスカーレットさまがいます。

　あなたさまはスカーレットさまに嫌（いや）がらせも兼（か）ねて、再び盤の上に置くでしょう。

　けれど、すぐに取られる場所には置かないでしょう？　もしかしたら王の駒にするかもしれないし、盤の隅に置く駒にするかもしれませんよねえ。

　今までだらだら言ってきましたが、簡単に言うと、この世界は全てを含めて、こういうことですよ」

「……」

　勝手に決めつけられ、フランベリアは黙ったまま、何か言いたげな顔を浮かべている。

　ジーニーは続ける。

「あなたさまがどこに駒を置こうか迷っているこの盤は、誰が決めたか、最初から『“魔法”の世界』という名前がついておりました。そして一般的なチェスではなく、あなたが途中でルールを追加することも、好きなようにルールを捻じ曲げることも可能なゲーム盤でございます。

　ですがあなたさまは、重要な駒として設定したスカーレットさまを、簡単に見つかる場所には置かないでしょう？

　しかし問題なのは、あなたさまはゲーム盤を眺める存在ではなく、そこに置かれた駒の一つだということ。

　もしも仮に、この、第三回目の“魔法の世界のゲーム盤”に置かれた重要な駒というものが、アダムスさまの時代にいた『王』の誰かならば……その人物がこの舞台に出てきたとき、どうなるかお分かりですか？」

「……関わりのあった人間は、過去の人間の魂を呼び戻せる。それを“人形（ドール）”に入れて固定させたものが“魂人形（ビスク・ドール）”だ。

　もしもそいつがこの世界に出てきたら、最悪、とっくに死んじまった『王』たち全員を呼び戻す可能性があるってことかよ」

「そういうことでございますう。さすが、魔法学校でたくさんお勉強なされた成果ですねえ」

　ジーニーはにっこりして、明らかに上辺だけの賞賛の言葉を贈る。フランベリアは顔をしかめて舌打ちをした。

「まさかそうなることが、ユースフェルトの言ってた“魔法の世界のゲーム”じゃねえだろうな」

「うっぷっぷっぷっぷ。それはどうでしょうねえ。そもそも最初からこの話は、あなたさまがた、『王』たちがメインの物語ではございませんからねえ」

　ジーニーはにやにやしながら言った。フランベリアには、ジーニーの言葉の意味は分からない。

「ワタクシ、これでも楽しみなんですよおう。

　神器『神の気まぐれ思考椅子』を求めて殺しあった駒たちと、その次のゲームの駒たち。そして、あなたさまがたの前のゲームの駒たち。あなたさまがた、今回のゲームの駒。その全員が一つのゲーム盤に置かれるのです。

　最後の一人として勝ち残るのは誰なのでしょうねえ。ワタクシ、とってもワクワクしておりますよぉう。

　その前に、ここへは誰が来るのでしょうかねえ。ワタクシ、それだけが今のところ心配でございますねえ。お仕事はできるだけしたくありませんが、誰も来ないままだと、暇（ひま）すぎて干からびそうですねえ」

　ジーニーはそう言うと、ポットを傾けてカップに新たな紅茶を入れた。

「……そういやお前、さっき、今回は『管理人』の駒だとか言ってたな。ってことは、前は違う役割だったのかよ」

　ふと、フランベリアが言った。ジーニーは答える。

「ええ、そのとおりでございますよぉう。

　ワタクシ前回のゲームではユースフェルトと同じく『審判者』……もとい、ゲームの『案内人』の駒でございました。

　前回の終盤（しゅうばん）において人員の補充がありましたので、ワタクシ今回はここ、監獄の管理人として配置されておりますよ」

「駒……ねえ。ユースフェルトの野郎もそんなこと言ってたが、さっぱりわけが分からねえ」

「うっぷっぷっぷっぷ。あれに元々、嘘や誤魔化（ごまか）しを言う機能（きのう）はございません。

　そもそも『審判者』という肩書は、ゲームが始まるまでのそれっぽい役割でございます。

　ゲームの『案内人』は、ゲーム盤に置かれた駒の一つに肩入（かたい）れしないという禁止（きんし）事項（じこう）さえ守れば、はっきりとした質問に対し、いかなる真実でも答える義務（ぎむ）を持っております」

　クッキーを手にジーニーは言う。あれとはユースフェルトのことだろう。ジーニーは手にあるクッキーを一口かじる。

「この世界は、言われてしまえば納得してしまうほどの実にシンプルな仕組（しく）みでございます。ですが、王やら魔法やら、他の要素（ようそ）がその真実を隠しているため、ゆえに非常に『分かりにくい』のです。

　そもそもこの『“魔法”の世界』とは、“誰か”が作らなければ始まっていませんでした。それを深く考えることが、この『“魔法”の世界』……いえ、この『盤上』の、とても大きな鍵（かぎ）となるのです。

　しかし真実を知ってしまえば、知る前には戻れない。それほど残酷（ざんこく）な真実を隠しているのですよ、ワタクシやあなたさまが置かれた、この物語は」

「……」

　急に突拍子もないことを言い出したジーニーに、フランベリアは、こいつは何を言っているんだ、という顔をする。フランベリアには、ジーニーが何のことを言っているのか一つも分からない。

「その真実ってのは、なんなんだよ。まさか神の正体とか言うんじゃねえだろな」

「ふむ……神。それもまた、この世界が隠す真実の一つですがねえ」

　と、ジーニーは顎を撫でながら言う。

「なんだよ、はっきりしねえな。口止（くちど）めされてんのか？」

「口止めというか、ワタクシ、その権利を有（ゆう）していないのでございます。

　一度でもゲームの『案内人』となった者（もの）は、不用意（ふようい）にこの『“魔法”の世界』の真実をペラペラ喋ってはいけないのでございます」

「……じゃ、それ以外は話せるってことだな？」

「まあ。ワタクシが、このゲーム盤から落とされなければ」

　またもや理解できないことを、ジーニーは言う。

「お前が『案内人』だった前回のゲームのことを言えよ。それぐらいは話せるだろ」

「そうですねえ。それぐらいはいいでしょう。

　本来こういうお話をするのはユースフェルトの仕事なのですが……奴が仕事が遅いのがいけないのです。まったく、不真面目（ふまじめ）ですねえ。もっとワタクシを見習ってもらいませんと。うっぷっぷっぷっぷ」

　ジーニーは一人で言いながら、砂糖入れから角砂糖を一つ取り出し、紅茶の中に落とす。

「それに今回のワタクシはゲームの『案内人』ではなく、『監獄の管理人』の駒ですし。ワタクシはただ、聞かれたままに昔話をするだけ。

　そのあとのことは、流れに身を任せましょう。駒であるワタクシには、それしかできませんがねえ」

　ジーニーは一人で言いながら、カップの中をスプーンで混ぜる。フランベリアには、ジーニーが何のことを言っているのか分からない。

「もしかしたらこの流れも、ゲームマスターがあなたさまという駒をここに置いたのかもしれませんねえ。あるいは偶然（ぐうぜん）、あなたさまが自主的に動いてこうなっただけか。

　ま、どちらでもいいですね」

　言葉の意味は、フランベリアには分からない。

「ではフランベリアさま。あなたさまの一つ前の時代……前回の“魔法の世界のゲーム”のことをお話ししましょう。

　ワタクシが昔話を終えたその時。誰がここに姿を現すのか……楽しみですねえ」

　ライトグリーンの眼を向け、ジーニーはにっこりする。

　それがどういう意味を持つのかも、フランベリアには分からなかった。