第27話
ダネルの選択が正しかったのかどうかなど誰にも分からない。それを教えてくれるのはきっと、未来の自分だけなのだから。
ただ今は強くならなければならない、そうすればホリーとまた会えるかもしれない、きっとスゴく怒られるだろうが……
その為に何を鍛えるべきなのか、何を学ぶべきなのか……足は自然とあの家に向かっていた。
幾つもの丘を越えケガをかばいながら…初めて歩いた時は2時間かかった道のりも今では1時間ちょっと、やがて大地から生えてきたかのような家が見えてくる。
ダネルは少し遠巻きに家を眺めて深呼吸をすると、玄関に向かって歩き出した。
彼女はとっくに気づいているはず……そうは思ってもノックをするのに多少の決意が必要になる。そして……
コンコン……
ダネルは待った、やけに長く時間を感じながらジッと耐えていると、静かにドアが開かれる。
「なに……?」
いつものように素っ気なくオリビエが迎えてくれた。
「オリビエ様ですか?」
「は?」
「ダネル・モアといいます」
「はあ??」
何の小芝居に付き合わされているのか?エルセーは面倒そうな顔を見せた。
「オレ…私を弟子にしてもらえませんか?」
「はあああ???」
すぐにバタンとドアは閉じられた。
「あ……」
さいわいすぐにドアが開かれるが、思いっきりいぶかしげな顔をされた。
「とりあえず……お入りなさい」
とりあえずダネルはホッとした。
エルセーはさっさと前を歩いて応接間に入ってスッとソファーに腰を下ろしてしまった。ダネルが入り口でまごついていると、対面のソファーを指差してダネルを招き入れる。
そしてダネルが腰かけたのを見ると、
「まずは上半身、裸になりなさい」
「え?ええ?」
「はやくっ」
「は、はい……っ」
体を無理に動かすとキズが痛む……でもオリビエの視線に急かされると痛みを呑み込んで服を脱いだ。
(いててててっ、何だろう……よく脱がされている気がする……)
「サラシも取って……」
「はい……」
言われた通りにすると、まだ血のにじむ20センチ程の斬り傷があらわになる。
「ふむ……一体何を塗り込んだの?」
「え?ハチミツ…です」
「ああ、まあ何もしないよりはマシね」
抗菌作用の強いハチミツはよく傷薬としても使われた。
「ちょっと待っていなさい」
ダネルはポツンと取り残された。
(……これは、やっぱり手当てしてくれるのか…な?)
ちょっと期待をしているとすぐにオリビエが戻ってくる。
「先ずはキレイな水で痛まない程度に傷を洗っておきなさい」
そう言うと水の入った手桶と清潔そうな布を目の前に置かれた。そしてオリビエはすぐにまた部屋を出ていってしまった。
「いて……」
ダネルはまた言われた通り、傷をいたわるように血の汚れとハチミツをぬぐった。そして何となく横を見上げると、
「うわっ!?」
何の気配も発せずにいつの間にかオリビエが見下ろしていた。
「失礼ね……」
だがそう言うオリビエの顔が僅かに笑ったように見えた。そしてソファーを回り込んでダネルの左側、つまり傷側に座ってテーブルに店を広げている。
テーブルの上には怪しげな物が並べられダネルを不安にさせるには十分だった。
「さてと……まずは縫いますよ」
「は、はい?」
「私が縫ってあげるのよ?お前の傷を……ちょっと痛いでしょうけど我慢なさいな」
「ぬっ縫うんですか?裁縫みたいにっ??針でチクチクってっ???」
ダネルが怖気ずいて体を引くとオリビエがイラついた目をしてじっとりと睨まれた。
「こっちに向きなさい……」
「……はい」
ダネルが見たことも無い丸まった針を出すと、これまた見たことも無いほど細い糸を針に通している。
「絹糸です。人の体にやさしい上にとても強い」
「へえ……」
「さて……動くと痛いわよ」
ダネルは覚悟を決めて歯を食いしばって胸を突き出す。と、次の瞬間、軽く引っ張るようにつままれた。
「痛っっっ……!!」
慌てて口をつぐむ。
(痛い痛い痛いですーーーー!!)
結局針を刺される痛さなんて分からない!それはオリビエの手際が良いせいなのか、それよりも皮膚をつままれたりキュキュっと一針ごとに絞って結ばれていく方が余程痛いのだ。
「我慢なさい……まあ、あと20針くらいでしょ」
「にーじゅっはりっ!?」
(これはっ、何かの拷問じゃ…無いよね……………………??)
「いっ!か……っ!くっ…………」
「うるさいわよ……」
「すいませっ!んーーーっ」
つい身をよじりたくなるがそんな事は許されない。ダネルはすっかり針嫌いになった。
そして何とか針地獄を耐えきってガックリと憔悴していると……
「ほら、流れた血を拭いておきなさい」
「はぁ……はい」
血を拭っているダネルの横で、オリビエは何やらすり鉢の中でゴリゴリし始めた。するとすぐに爽やかで心地良い香りに鼻がヒクヒクする。
「オリビエ様……それは何ですか?」
「ニワトコ、ジュニパー、タイムとユーカリなどなど…傷の化膿を防いで腫れや痛みを和らげてくれるでしょう」
「本当に、何でも知っているし、何でも出来るんですね……」
「機嫌を取るんじゃありません」
と言いながら明らかにまんざらでも無かったことが分かる。
すり鉢の中に水を少し加えて更にすると、清潔な布の上に塗り広げていく。
「特別製の湿布ですね?」
「その通り、まったくっ…こんなに面倒をかける使用人は初めてですよ」
胸に湿布を貼って包帯まで巻いてくれる。これは気まずいぞ、ダネルは思った。
「ありがとうございます。あ、あの、それでですね……」
手当てが終わったところで急ぐように話しを切り出すのだが……
「ちょっとお待ちなさい」
そう言うとまたまたオリビエは部屋を出て行ってしまった。
(いやいやいや……まったくペースを掴ませてくれない。それに優しさがこんなに恐ろしい人はいないな……)
オリビエが戻ると今度は片手にティーカップ、片手にはティーポットを持っていた。
「これも飲んでおきなさい。鎮痛、解熱、そして炎症を抑えてくれるわ」
目の前に置かれたティーカップにオリビエが手ずからお茶を注ごうとするものだから……
「あっいえいえ、自分でやります!ありがとうございますっ」
「……そう」
(もしかして気まずくさせてオレを試して……いや、楽しんでるとか……?)
ようやくオリビエは腰を掛けて落ち着いてくれた。そして黙ってダネルを眺めていた。
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