word58 「夢 叶え方」㉔

「軽音楽部の皆さん。素敵な演奏ありがとうございました――」


 何を言ったのか考えていると、司会進行の声が聞こえてきた。数秒見つめ合っていた僕と折原は客席に向かって頭を下げる。


 姿勢を戻したら、さらに大きくなった拍手を背中にして舞台袖のほうへ歩く。暗がりにいた実行委員や先生もこちらを向いて拍手していた。


 なんだか大物ロックバンドのカリスマギタリストにでもなったかのような光景。たぶん僕の人生にもう2回目は無い。しかし、そんなものを味わっている場合ではなかった。


 僕はさっき何て言われたんだ――。それが気になって気になって仕方がない――。


 折原から言われた言葉を聞き取れなかった。確かに何か言ったけど、口の動きだけでは分からない。


 短い言葉だったし、タイミング的には「ありがとう」……だったか……でも、ちょっと違っていたような……。


 舞台袖への階段を下りたところで止まって、折原のほうを振り返る。


 彼女は最後まで客席のほうへ手を振っていた。僕よりも優雅に歩いているから、もう少し帰ってくるのに時間はかかりそうである。


 次にステージに立つ人達も待機しているようなので、僕は先に出口に向かう。


「凄いね軽音部。先生感動したよ!」


「あ……えっと、ありがとうございます……」


 途中、耳を塞ぎたくなるくらいの声で先生に褒められても僕は前だけを見て、ふらつくように進んだ。


 ドアの所には高校のOBらしい音楽家やボーカリストとして活動する人たち。沸き過ぎた会場には入りづらそうで、その大人たちの顔は少し引きつっているように見えた。


 廊下に出て、すぐ横の壁に背中を預ける。そうしないと、立っていられそうになかった。1ヶ月間張りつめていた糸が切れてしまったみたいで、体中の力が抜ける。


 これで終わり。僕は役目を果たした。はあ……緊張はしていなかったはずなのに、最後で随分力を使ったみたいだ。


 肺の中を全て吐き出すように息をついた。そうした後で首を振ったけど廊下に人はいなかった。冷たい空気の廊下に僕1人だけ。やはり防音設備がしっかりしているようで、小さくなった音が程よく包み込んでくれる


 しばらくそうしていると、荒くなった呼吸は治まってきた。ただ強くなっている鼓動はまだ耳まで届く。


 折原が言った謎の言葉のせいだ。聞き取れなかったのに、あの笑顔と一緒に送られたせいか、心がざわつく。


「――すごかった」


「――ありがとう」


 折原はまだ廊下へ出て来ない。舞台袖にいた実行委員は女子ばかりだったからだろう。


 僕はもう次に話せるタイミングがきた時にステージの上で何と言ったかを聞くことは決めていた。既に冷静じゃないし、今なら何でもできる気がするからだ。


 告白は諦めたのだから、このくらい許してほしい。


 この心のざわつきの理由が正しければ、言われた言葉はあれだと思うのだけど、もう1度ちゃんと聞きたい。ハッキリさせたい。


 舞台袖へのドアの前に立って折原を待った。


 程なくして彼女が廊下へ出てくる。また興奮する人たちへ手を振っていた。


「ねえ、さっき何て言ったの?ごめん俺聞き取れなくって」


 折原がこちらを向くのも待てずに、ドアが閉まるとすぐに言った。


「え?」


「歌い終わった後さ、こっち見て何か言ったじゃん」


「ああ、好きだよって――」


 その言葉はさらっと届けられた。折原はいつも簡単に僕の心を貫く。


「へ?……あ、え……?」


 だけど、今回は流石の折原も言い終わった後で真面目な顔になって……僕から目を逸らし、廊下の先のほうを見た。


 でも数秒後にはまた笑顔で振り返って――。


「ねえ、このまま抜け出して打ち上げ行こ。私もう戻りたくない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る