word58 「夢 叶え方」④

 お冷のグラスに付いた水滴が雫になって垂れ落ちる。激辛ラーメンを自慢とする店内では辛さに悲鳴をあげるような声が度々聞こえてきていた。カプサイシンという名の悪魔にやられて咳き込んでいるおじさんもいる。


 そんな店内の雰囲気から受ける恐怖をものともせず僕は決意した。今ならどんな強敵にも負ける気がしない。


 激辛店の中でも1番辛いメニューを食べる気なんてさらさら無かった。辛口のカレーでも水なしじゃ食べれない僕は、なるべく辛くなさそうなものを食べるつもりだった。


 でも折原さんにあんなことを言われたら、僕だけ逃げる訳にはいかないだろう――。


「2人で食べよう、ジョロキアラーメン……」


「え、ほんと。私も店の前では冗談のつもりで言ったんだけど、実は一緒に食べたいと思ってたんだよね」


 折原も声を高くしていた。完全に迷いは無くなり死ぬ覚悟ができた。折原と苦楽を共にした後でどうなろうと構わない。いや……もし本当に死ぬことになっても幸せ過ぎて死んだことに気付けないかもしれない。


「じゃあ、この30食限定のジョロキアラーメンを2つと……他になんか頼むものある?」


「私ここに来る前にメニューだけ見てきたんだけどさ。ほらこれ、このヨーグルトドリンクってのも一緒に頼んだほうが良いと思う」


「へー、飲むヨーグルトみたいなやつ?辛いもの食べる時に辛さ和らげてくれるって言うもんね。こういうのも置いてあるんだ……確かにそれは欲しいな」


「豆乳とかアイスもあるけど、ヨーグルトドリンクでいい?」


「うん。じゃあジョロキアラーメン2つとヨーグルトドリンクも2つ……」


「よし、それでいこう――」


 折原は両手でピースを作って、ちょきちょきと閉じたり開いたりした。


 ジョロキアラーメンを注文するときに店員は「本当に大丈夫ですか」と念を押してきた。よほど辛いことは既に承知の上だったので僕たちは「はい」と答えた。僕は一瞬迷ったが、折原が即答だったので僕も乗っかった。


 注文したものが運ばれてくるのを待っている間は、折原からは見えないテーブルの下で自分の下腹部を撫で続けた。これからとんでもない物を送り込まれることが分かっているのか、注文した時点でお腹が痛くなり、やめろと訴えてきたからだ。


 思ったよりも早く、10分ほどでジョロキアラーメンはテーブルに届いた。店員がお盆を置き、その地獄のマグマみたいなスープから沸き立つ湯気が僕の鼻に入る。


 ジョロキアラーメンからの軽いジャブだけで水っぽい唾液が口内から吹き出し、僕は思わず大きく喉鼓を鳴らしてしまった。


「やっば……」


「やばいね……」


 最後にヨーグルトドリンクを届けた店員が去ると、2人してほぼ同時に言った。僕と折原とでは少し言葉の意味が違うが……。


「めっちゃおいしそう!」


「死ぬほど辛そう……」


 やばい、マジでやばい。匂いを嗅いだだけで全身の汗腺がいかれた感覚がある。1口食べたらなると思っていた状態に匂いを嗅いだだけでなってしまった。


 最悪なケースを想定していたはずなのに、さらにその何倍も最悪、超悪、極悪――。


「いただきます!」


 僕が手を震わせながら箸を手に取った時、折原は一足先に麺をふーふーしていた。そして、啜らず折りたたむように口の中に入れる。


「んん、おいしい。でも……かっら!」


 咀嚼を終えた折原は、泣き出しそうに顔をくしゃりとさせた。


「やっぱ、辛いの?」


「うん、めっちゃ辛い……これ凄いや……でもめっちゃおいしいよ。食べてみて」


 辛いもの好きの折原でも、1口でヨーグルトドリンクに手を伸ばし、首の辺りを手で仰いでいた。そんなラーメンに僕も箸を入れる。


 今まで食べたどんなこってりラーメンよりも濃くてどろっとしている。スープはほぼ唐辛子の粉末で構成されているっぽい。麺まで赤く染まっていて、辛いの丸出し。でも食欲はそそられる。ラーメンの形をしているから……というだけの理由で。


「いただきます……」


 僕は勇気を出して一呼吸を置いたりせず、食いついた。辛い物を一気にいくと咳き込むことは僕も分かっているので、まずは麺を嚙み切って小さな一口――。しかし、それでも軽く咳き込んだ――。口の中を衝撃が駆け抜ける――。


「ああ……かっっらい。てか痛いっ!」


 一口目はさっさと押し込むことでどうにか飲み込んだ。それなのに、唇と口内がじんじんと痛む。僕は顎を落とすように口を大きく開いたまま、唇を手で押さえた。


「ははははははは!」


 そんな僕を見て折原は笑った。今までで1番の大爆笑だった。

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