word55 「この服 変じゃない」④

 え、だってこれってデートって事じゃん。この会話の流れだったら2人でだし。そうなるよね。やっぱり誘われ待ちだったのか、誘って良かったのか。マジで……。


 ってか、誘われたし……。


 折原さんからデートに誘われるなんて思いもしなかった。何かの悪戯か……そうかも、悪戯かも……画面の向こうで家に泊まりに来た友達と笑ってるのかも…………いやでも、今のところの会話内容に疑わしい部分は無かったよな。僕、黒いパソコンで何かしたっけ……そんなことまで考えた。


 けれど、送られてきたメッセージを見返しても罠だとはやはり思えない。


 でも待てよ。じゃあ、折原さんはこんな感じで男をデートに誘う子だって言うのか。メッセージを送ったのは今日が初めてだぞ。流石に早すぎやしないか。


 もしかして、男で遊ぶ悪い子……だとしても、そうだとしても。


「行こう」


 折原さんになら、遊ばれてもいい――。


 鳥肌が立ち始めた全裸の体をベッドの中に滑り込ませ、それから僕は折原と明日の待ち合わせについて話した。


 やはり冗談という訳でも無かった。


 もう、何が何だか分からない。けれど、とりあえず待たせる訳にもいかなかったから、僕はメッセージに動揺が現れないように注意しながら指先だけを震わせていた――。


 夜は滑り落ちるように流れていった。僕の手に負えない速度で、どんどん早くなるように、気づけばもうこんな時間、そんな風に僕を置き去りにしていった。


 当然ぐっすりなんて寝られなかった僕は、折原に「おやすみ」を言った後もずっと高校生のデートについて調べた。ラーメン屋に行く約束しかしてないけれど、その後に何があってもいいように調べるだけ調べておかないと目を閉じても寝られる気がしなかった。


 初めてのデートで気を付けることから、ラーメン屋デートのコツなんていうニッチなものまで読み漁る。


 ただそんなことをしていても幸いなことに約束は昼からだったので、寝る時間が全くないという状況にはならなくて済んだ……。


 翌朝、目覚めた僕は爪を切った。できるだけ長く落ち着いていたかったので、眠気を逃がさないようにベッドに入ったまま。


 「世詰め」という言葉があるらしい。意味は命を詰める……つまり寿命を縮める。戦国時代に使われていた言葉なのだそうだ。昔の人はこの「世詰め」と「夜爪」の読みが同じという理由で、夜に爪を切るのをNGにしていた。そんなことをしたら寿命が縮んで、親の死に目に会えないぞと。


 「世詰め」ではなく「夜詰め」という言葉だった説もあるらしいが、大体そんな感じらしい。


 僕はこんなどうでもいい無駄な事まで調べながら動き出す瞬間を待っていた。


 綿密に計算した出発時刻や、持っていく物と着ていく服なんかは寝る前に完璧に決めていた。服の匂いもちゃんとチェックした。思えばアウトレットで買った時に最も気に入ったこの服を着るのは今日が初めてだ。ズボンも靴下もそう、新品の状態で値段も高かった。これなら間違いなく最もオシャレな僕になれる。


 自信はあった。けれど、それでも念の為に黒いパソコンで検索もしておいた。「この服 変じゃない」と。


「あなたが明日外出用に着るつもりの服は、変ではありません。」


 黒いパソコンはシンプルにそう答えてくれた。


 財布の中にも一応5万円ほど入れておいた。仮に奢ったとしても、さらにどこかへ遊びに行けたとしても、高校生のデートでそんなにはいらないと思うけど一応。


 服に袖を通して、眉毛や髪も整えると準備は万端。事前にできることはちゃんと滞りなく全てできた。しかも出かける20分前に。到着時刻は約束の20分前なので。合わせて40分も早い。


 余裕を持っていいほど時間と物資はある。でも、心の準備は未だに全く完了していなかった。

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