新たな世界の扉
第1話・その夜、わたしはヴァンパイアに出会った
最初に〝死にたくない〟と思ったのは、5歳の真夜中だった。
わたしが『わたし』という人格の輪郭を明確にしたのは、3歳になる頃。
わたしの家族は全員、わたしへの関心が薄かった。13歳上の兄は出稼ぎで家を出ていき、父は漁師、母は針子として働いていた。衣食住を保証してもらえているだけでわたしは有難かった。
何せわたしが日本で生まれ育ったことは徐々に蘇っていき、いかにこの場所が不衛生で不快感を持つような場所なのか理解してしまったからだ。
現代日本に生まれ育った身としては、精神的にだいぶ来る。
正こんなことになるのなら前世の記憶なんて思い出すことなんてなければよかった、と心底思う。━━━そうすれば不衛生な家も、酒好きの両親と暴力的な日常に怯えずに済んだ。
わたしが住んでいる港街は年々漁獲量が減り、わたしが5歳になった頃には貧しさに飢えた人々が溢れそうした貧困の中で犯罪行為が横行し始めていたのだ。
そんな中での『魔物』被害━━━。
『魔物』とは、夜に活動する怪物のことだと予想できる。昼間に人々は行動し、日が暮れると人々は家に引きこもってしまう。
魔物の存在そのものがどれだけの脅威なのか、どんな種類がいるのかわたしは知らない。それを学べる術がない。
本物の魔物の恐ろしさなどわからない。感覚的には震度5の地震と思えばいいのだろうか?確かにそれならわたしも一旦落ち着いて、逃げるか判断するけれど生物だというし、冷静に行動している暇があるのか?とも疑問に思う。
◇◇◇
キャアアアアッッ!!!
「?!」
深夜、寝ていると突如として聞こえて来た女性の悲鳴に飛び起きた。月の明かりも届かない暗がりの中に、バギッ、ボキッと何かを砕く音と、ズルズル、ジュルッという貪るような音、そして微かに人と別の生物の気配が扉越しに伝わる。
本能的に感じる━━━
一瞬でも物音をさせたら、殺されるっ…!
目には見えない得体の知れないモノが与える恐怖に打ち震える。悲鳴を上げないように口に手を当てる。息をするのも、生唾を呑むのも、バックンバックン鳴る心臓の音すらも扉越しに聞こえてしまうのではないかと思い息を出来るだけしないよう努めるが、却ってそれが仇になったのか冷や汗が全身から噴き出して止まらない。
━━━グルルルッ…
「っ!」
扉越しに聞こえた獣の喉の音に肩をビクつかせた。
もう何かを貪るような音はしない。
獣だ。獣が街に入り込んで、わたしの家に入って来たんだ…。物音を立てないように視線だけを両隣に動かすと、両親が寝ていたはずがいない。
嗚呼、襲われたんだ…、と理解する。
チャカチャカッ、と爪が地面を蹴る音が遠のく。
終わった?帰った?と思った矢先に、ぺらっぺらの木材で出来た扉が獣の突進で破壊された。
「キャァァア━━━?!」
獣が咆哮を上げ、わたしは悲鳴と恐怖が一気に押し寄せベッドから転がり落ちる。それがたまたま運が良かったのか獣がわたしのいた場所に飛び掛かってきてベッドが埃を立て潰れた。
無様にも這いつくばりながら必死に腕と足を動かす。━━━生きるために、生き残るために。
だが、
「イゥ…?!」
捕まった。足を噛まれた。いたい…!!
後ろを振り返るとわたしの右足に噛みつく6つの目をした狼のような形をした獣━━━魔物がわたしを獲物として睨んでいた。
恐怖に、頭の中が占領されて足も動かなくなって、目にはいっぱいの涙が溜まって零れた。
いや━━━いやいや、まだ…死にたく、ない…!死にたくない!!わたし、まだ何もしてない、何者にもなってない!この世界のことをもっと知りたい…。まだこの家以外の外知らない…!
「しにたく…ないっ…」
「なら、助けてあげましょう」
「!」
殺伐とした空気の中に香る品のある花のような香りがして、顔を上げるとそこには誰もいなくて後ろからベチャッ、という生々しい音がした。振り返るとフードを被ったヒトが魔物の顔を潰していた。
「━━━……」
「大丈夫ですか? あぁ怪我をしているね。酷い血だ…」
「え、あのっ…」
フードを抜いたヒトは、曇り空から覗く月が絹布ようなプラチナブロンドを照らし、暗闇を裂く血のように真っ赤な瞳をしていて、非常に綺麗な所作でわたしに跪いて手を差し伸べてくれた。
「……ヴァン…パイア…?」
「おや。詳しいですね…、そうですよ。俺はヴァンパイアです」
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