第7話 英雄の棲む地 その二
「ギャアアーッ!」
悲鳴をあげたのは清美だ。
まわりにいる観光客がこっちをふりかえるほどの大声だ。
「清美さん。落ちついて」
「た、龍郎さん! 退治してきてください!」
「えっ? でも、なんの悪さもしてないですよ? その霊」
「霊は霊です! 怖いじゃないですか!」
「いや、でも……」
「いや、でも、じゃないですよぉー! はい。行って、行って」
ムリヤリ成仏させることになってしまった。まあ、いったん浄化されなければ、その魂は永遠に現世をさまよい続けることになる。祓っておくことには問題ないだろう。
(おれにできるかどうかだけど。フサッグァを倒せたんだから、大丈夫かな?)
考えながら、龍郎だけひきかえしたものの、電話ボックスのなかに人影は見えなかった。もちろん、霊もいない。
龍郎は首をふりふり、清美たちのもとへ戻っていった。
「いませんよ。ヨナタンの見間違いじゃないかな?」
ヨナタンは真剣な顔で龍郎を見つめている。ウソをついたわけではなさそうだ。だが、いないものはどうしようもない。そのまま、竪穴住居跡まで歩いていった。
この近辺には、古代に人が暮らしていた痕跡が数多く残されている。竪穴住居もその一つだ。バス停の近くにあり、すぐに見つけることができた。これは九世紀から十二世紀ごろの遺跡らしい。
遺跡というから、古い住居跡のようなものがあるのかと期待していたが、残っているのは柱を立てたくぼみだけだ。林のなかにポツポツと看板や説明文などがあり、ちょっと地面がへこんでる。
「うーん。キヨミン、ちょっとガッカリです」
「だから、サイクリングすればよかったんですよ。景観が素晴らしかったですよ」
「いいんですよぉ。ストーンサークル探しますから!」
「探す?」
「道がわかりにくくて、ほとんどの人はたどりつけないらしいんですよ。そういうの萌えませんか?」
「えーと、まあ……」
「じゃあ、行きましょう!」
清美がハツラツと歩きかけたときだ。ヨナタンがまたスマホをさしだした。
——そこに女が立ってる。
思わず、あたりをキョロキョロした。すると、林の奥に、たしかに女がいた。
長い黒髪に生成りのワンピース。いや、丈の短い着物だろうか? 肩口や袖のすそに幾何学模様の目立つ
ただ、見えたのはわずかに一瞬だった。すぐに木の陰に隠れる。
生きている人ではない——ということは、龍郎にもわかった。霊だ。
「ギャアアー! 出たー!」と、また清美が大さわぎする。
そのかたわらで、
「どこですか? わたしには見えません」
ウーリーがキョロキョロしている。
(あれ? ウーリーには見えないんだ?)
てっきり、火の精に狙われているから、巫女の力があると思っていたのだが。
「ええ? ウーちゃん。見えないの? あそこにいましたよぉ? でも、なんか……悪い霊じゃない感じですねぇ?」
「うむ。そうだな。私は悪魔は見えるが霊は見えんよ。つまり、悪魔化してない霊ってことだな。しかし、気配は感じる」
清美や穂村が言うので、ウーリーは苦笑した。
「もしかして、見えないのって、わたしだけですか? わたしのほうが一般的ですよね?」
たしかに、そうだ。龍郎だって、一年前までは霊なんてまったく見えなかったし、感じることすらなかった。
それにしても、さっきの女の霊は、清美の言うとおり、禍々しさを感じさせなかった。なんというか、清々しい空気さえまとっていた。霊というより精霊に近いのかもしれない。
「変わった服を着てましたね。なんとなくアイヌの資料館とかで見そうな」
「うーん。まあ、いいです。すぐ消えましたから。それより、ストーンサークルを探しに行きましょう!」
清美に催促されて、しかたなく、一行は国道まで戻る。
「ストーンサークルって、どこへ行けばいいんですか?」
「山のなかなのは確実なんですよぉ。なんか現地の人でも幻の遺跡になってて、一部が工事で破壊されたらしいんです」
「そんなの、ほんとに見つかりますか?」
「宝探しっぽくて楽しいじゃないですか」
清美が先頭になって山道に入っていく。いや、山道どころか、完全にただの山中だ。勾配は急だし、国道から入るとすぐに
「なんだかね。獣道みたいなのがあるらしいんですよね。こっちのような気がします」
「ほんとですか? 山の中で迷ったら、シャレになりませんよ?」
「平気。平気。キヨミンを信じてください」
まったく信用できないが、とにかく進んでいく。
木々のあいだから青空が見え、風は少し冷たいものの新鮮な空気が心地よい。
「それにしても、おれたちはスニーカーで来たからいいけど、ウーリーさん、パンプスでしょ? 大丈夫ですか? どうしてもってときはマルコと、ここに残ってもいいんですよ?」
上へ上とめざしていく。枯葉のつもった斜面をのぼっていくのに、ウーリーの靴は適していない。だが、首をふるだけでついてくる。意外と頑固だ。
ぽそりと穂村が耳打ちしてきた。
「なーに、いざってときはマルコシアスに国道までつれて帰ってもらえば問題ないよ」
「まあ、そうですけど」
マルコシアスという保険がなければ、怖くて方位磁石も持たずに山のなかへなんて入っていけない。わざわざ自分から遭難しに行く趣味は、龍郎にはなかった。
しばらく山中を歩きまわっていたものの、いっこうにそれらしいものに行きあたらない。現地の人にも、よほどよく知った人でなければ、その場所を見つけられないというのだから、無謀もいいところだ。いいかげんのところで、ひきかえしましょうと言わなければと、龍郎は考えていた。
しかし、いったい、これは奇跡なのだろうか? ぐうぜんだろうか?
二十分も歩くと、切れ切れの獣道に見えなくもないものを見つける。
「よかったですね。清美さん。もしかしたら、このさきにストーンサークルがあるかもしれませんよ?」
話しかけたが、清美の返事がない。
「清美さん?」
おかしい。いつもなら、「だから、キヨミンに任せといてくださいよ〜」とでも言いそうなものなのに、まっすぐ前を見て、一点を凝視している。
何か怪しいものでもあるのだろうか?
龍郎は清美の視線のさきをながめた。
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