第4話 娼館にやってきた男(2)

 化粧しているのはテオドラだけではない。他のダンスメンバーも、口を動かしながら化粧に余念がない。

「あー、ここ2日、空振ってるから、今日はいい客ゲットしたいわ〜」

「そういやヒーさん来てたけど、誰が付く?」

「ヒーやん、金払いはいいんやけど、ちょいしつこくて疲れるんや。うちはパス」

「でも、あんたヒーさんのお気にじゃん。指名してくるんじゃなーい?」

「げー、勘弁してーな」

 彼女たちは情報交換にも余念がない。

 ある意味、先程の踊りは撒き餌にすぎず、これからが営業の本番だ。客席に出て見込みありそうな客にしだれかかり、一晩共にする約束をもぎ取る。できるだけ高い値で交渉するのも彼女たちの手腕だ。

 普通の娼館なら、一晩で複数人相手することも珍しくない。場末のとこなら2桁の客、しかも一度に2、3人の客をヌく所もある。

 だが『青宝の酒場』では、テオドラの方針もあって一晩に1娼婦1人の客を基本にしている。複数人プレイも原則禁止だ。

 性の値段などあってなきものだから、薄利多売しようとすればいくらでもできる。

 しかしそれでは女性側の負担が増すだけだ。

 だからこそ、高級感やここしかないという希少性を売りにした、この『青宝の酒場』を作った。金に困っていない貴族や大商人をメインターゲットとし、客単価を高める。そうすれば搾取されやすい娼婦の仕事も、適正化できるようなる。

 戦車競技場の公演も、そのPR活動の一環だった。


「あのぅ」

 不意にテオドラに近づいてきた女性スタッフがいる。先程の踊りには参加せず、ホールで客についていたオルガという従業員だ。

「どした?オルちゃん」

 化粧中のテオドラは目だけを動かし答える。

「実はぁ、もうテオドラ姐さんをぉ、指名してきたお客さんがぁ、何人かいてぇ」

 北方のテュルク訛りで訥々と話すオルガ。

「気が早いわねー」

 まあ、仕方ないかともテオドラは思っている。

 

 その美貌もさりながら、機転の効く受け答えや寝床上のテクニックにも定評があるテオドラは、もともと店のNo,1の指名率であった。そんなテオドラには複数の指名が入るのも珍しくないため、一晩共にする権利を入札制にしていたのだ。

 くわえて、先日の戦車競技場の踊りが注目を浴びたため、更に指名が集中し入札値も上がっていた。そこでマネージャーよろしく、オルガに入札参加希望者の取りまとめを任せていたのだ。というか、買って出てくれていた。

 だから、テオドラがまだ客席に出る前で気が早くはあるが、オルガが伝えてきた話自体は最近よくあるのだ。


「だけんどぉ、その…お客さんの1人のぉ、申し出た額がぁ…」

 オルガの顔は困惑という表現がぴったりだ。

 テオドラも今年24歳と、娼婦としてはかなりトウが立っているが、オルガは30歳を超えている。人生50年の時代かなり熟しているといえるが(それでも、豊満な胸とのんびり癒し系の性格で、それなりに客がついている)、それだけに多少のことでは動じない経験と落ち着きがある。

 そんなオルガが告げた額。

「金貨1枚?あたし1人で??」

 滅多に驚くことのないテオドラでも、思わずオルガの方を見てしまい、化粧中の口紅がずれてしまったほどだ。

「ハッタリじゃないの?酔っていい気分になったオッサンが、見栄張って口すべらせてとか?」

 声が大きくなっていたのだろう、横のアナスタシアが口を挟んできた。耳ざといほかの踊り手メンバーもこちらを見ている。


「いんやぁ、どうも本気らしくてぇ」

 オルガがおずおずと出してきたのは、皇帝の顔が彫り込まれた金貨。仄暗い燭台の灯でもキラキラと煌めく、黄金の魔力。

 入札は前金で受けており、入札に漏れた人には返金する形を取っている。つまり、ここに金貨があるということは。

「はぁ〜」「マジかあ」「前見たのは、いつだっけ…」

 踊り手たちの目が開かれ、ため息のような声とともにオルガの周りに集まってくる。

「他に、入札に参加してきた人はいる?」

 テオドラの問いに、「はあ」と頷くオルガ。

「銀貨5枚の方がぁ1人、あとは銀貨4枚と大銅貨数枚の方がぁ、何人かいますけんどぉ」

「他は通常の相場だわね…」

 銀貨5枚でも、娼婦と一晩寝る対価としては破格ではあるのだが、戦車競技会以後はその辺りがテオドラの値段だ。

 店の他の女の子なら、銀貨1〜2枚前後。もっと場末の、女給仕と娼婦の境目も定かではない所なら、グレードの低い大銅貨で数枚というのも珍しくない。

 そもそも、金貨は日常やり取りされるものではない。貿易か貯蓄用に溜め込まれるもので、庶民が目にすることは滅多にない。時代により公式レートは変わるが、この頃は金貨1枚が銀貨24枚で交換されている。


「で、誰よっ、そのお客って⁉︎」

 好奇心旺盛なアナスタシアが、楽屋の裾のカーテンを少し引き開け、客席を見る。他の踊り子スタッフもそれに続く。半裸の状態で覗いている者もいるが、気にしている様子はない。

「ちょっと、はしたないでしょ」

 テオドラの注意もどこ吹く風だ。いくら高級感を出そうとしても、こういうところで地金が出てしまう。そう言うテオドラだって好奇心を抑えられず、皆の後ろから覗いている。

「あのぉ、左奥の男2人で腰掛けている方でぇ、こっちに顔を向け、クーとニーナをはべらしてるぅ…」

 オルガの説明を聞いて、さらに彼女たちのテンションが上がる。

「うっそ⁈下膨れオッサンか、ハゲジジイだと思ったのに、若いじゃん‼︎」

「いやいやあ。あれは若づくりでしょ。40は越えてるとあたしゃ見たね」

「そうかなー。30後半ってとこじゃない?まあ、清潔感あるし、甘いマスクだけどね」

「え?え?めっちゃ好みなんやけど?こんなとこ来る必要ある?」

「しかも金貨をポイって出せるお金持ちかあ…」

「渋カワ顔やねぇ。ウチ、愛人にしてもらいたいわぁ」

「クーもニーナも、役得すぎるだろ」

 クーはクレーテー、ニーナはアントニナという、共にホールスタッフの娼婦だ。

 娼婦と言えども人間なので、どうせ客につくなら渋いイケメンの方がいいに決まっている。それで羽振り良さそうとくれば、やっかみもやむを得まい。


「あー、あたし誰だか分かったと思う」

 かしましく男の値定めをしている女子の背後でテオドラがつぶやくと、彼女たちが一斉に振り返り、テオドラのしたり顔を凝視する。

「えっ、姐さん分かったんスか⁉︎」

「ウチのお客はんに、あないな方いらしゃいました?」

「もしかして、姐さんの知り合い、とか?」

「知り合いじゃないけどさ」

 と、テオドラ。

「一度見た男の顔は忘れないんだよな、あたし。そして、この場違いの額を出せる立場で、あの舞台を見ないあやしい男たちもセットで考えるとさ、想定できる人は限られるから」

 テオドラがヒントを与えるも、娼婦たちは顔を見合わせるばかりだ。

「全っ然、分かんない」

 早々に、アナスタシアが考えるのをやめた。この妹は昔から、姉たちの判断に全てを委ねてしまうところがある。ちなみに彼女は、本人や姉コミトの希望もあり、踊りのみに集中して「売り」はやっていない。


「まあ、金貨1枚で求められるのも娼婦冥利につきるわねぇ」

「じゃあ」

「当然行くわよ。あんな上客、見逃す手はないでしょ」

「さすが、姐さんっ」

 ただ、ドヤ顔で言い放った割には、ズレた口紅がやや滑稽にも見える。

「オルちゃん、入札に漏れた客に返金とお詫びよろしくね」

「はいな〜」

「みんなは、分かってるわね?」

「もち」「入札に漏れた客を、たらしこむわよ〜」「姐さんを買おうするくらいのゼニは持ってるんやからな」「2人がかりでいっちゃう?」

 目を輝かせて、女たちは口々に言う。

 1娼婦に1人の客が青宝の基本的なハウスルールだが、1人の客に複数の娼婦がつくハーレムプレイは「可」とされる。もちろん、人数分の娼婦を買う財力が求められるが。


「さーてみんな。完全武装けしょうして、稼ぎに行くよっ」

 おうっという、そろった女子の鬨の声が客席にまで聞こえていた。









 

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