第4話 砂漠の街「トゥームストーン」その4

 ウィルとカルミラの出会いは一年ほど前に遡る。

 と言っても、別段何か劇的な事件があったわけじゃない。

 たまたま同じ仕事を請け負って、たまたまコンビを組んで、たまたま息が合った。

 それだけの話だ。

 

だがそれが、この広大なウエイストランドにあっては、広大な砂漠の中から一本の針を見つけ出すかのような奇跡だった。

 見渡す限りに荒野が広がっているため、村や町を除けば人と出会うことはほとんどない。一説には、まだ大陸の端まで辿り着いた人間がいないとまで言われているウエイストランド。そんな広大な大地で気の合う仲間を見つけるというのは、一生に一度あれば良い方だった。


「トゥームストーンに来てたのか。いつからいたんだ?」


「三日前。めぼしい男を食い散らかして一休みしてたら、騒ぎが聞こえたんだよ」


 カカッとカルミラは笑った。


 オーク族は種族として性欲が旺盛だ。男女の差異も大きく、男は豚に近い姿をしているが、女はカルミラのように人間に近い。カルミラもまた礼に漏れず、道行く男であれば誰もが振り返るであろう野性味溢れる美を持っている。一方で性欲も凄まじいため、あちこちの町に現れては男を精魂果てるまで食い散らかすカルミナは、男としての自信を失う相手として恐れられていた。


「まったく……オークの男を頼ればいいだろうが」


 ウィルの言葉に、カルミラは首を横に振った。


「無理だ無理。あいつら優しくて力があるだけで、臆病な上に女を自分から求めても

来ねぇ。男としてなっちゃいねぇよ」


 カルミラに応えられる男なんて人間にもいないとウィルは思うが、肩を竦めただけで返しておく。


「婆さん、ふたりならどうだ?」


 突然の乱入に呆けていた老婆だったが、


「そこのお嬢ちゃんは強そうだけど、あんたみたいな子供を巻き込むのは」


「ああ、安心しろ婆ちゃん」


 カルミラが老婆の言葉を遮って言い放つ。


「そいつ、たぶんアタシより強いんじゃねぇかな? いや、辛うじてアタシの方が強いか? どっちだと思う、ウィル」


「どっちでもいい」


 老婆はカルミラがウィルの同行を拒否してくれるものだと思っていたのだろう。カルミラの言葉を受けて、ウィルへと視線を向けた。


「――本当かい?」


 少なくとも、とウィルは前置きし、


「さっき声をかけた奴らよりかは腕が立つと思う。どうだい、格安で引き受けるよ」


 をう言ってウィルが提示したのは、一食分になるかどうかの金額だった。


「そ、それだけでいいのかい?」


 老婆自身、自分が無茶を言っているのは理解していたのだろう。

 まさかと言った様子に、ウィルは頷く。


「弔うだけだろ? 盗賊が確実にいるわけでもないし、それくらいが妥当じゃねぇかな?」


 視線をチラリとカルミラへ向ければ、彼女は肩を竦めていた。お前に任せる、という事だろう。

 ならば、とウィルは言葉を募る。


「もちろんオプションはつけられるけど、婆さんは護衛にどんなオプションがつけられると思う?」


「ふふっ、そんなのあるわけないね。じゃあ、お願いするよ、えっと――ウィルだっ

たかい?」


「ああ」


 ウィルは帽子を押さえながら立ち、老婆へと手を差し出した。


「ウィル・アントムだ。流離いの銃使い(ガンマン)をやってる。んで、こっちが」


「カルミラ。カルミラ・ノクシィル。カルミラって読んでくれな、婆ちゃん」


 老婆がウィルの手を握ってくる。

 その手は嗄れているが、男達に突き飛ばされた時とは違って力があった。


「よろしく頼むよ、ウィルにカルミラ。あたしの息子をどうか慰めてやっておくれ」


 生気の宿ったその様子に、ウィルは心の内で安堵の息をついた。

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