ひとり生徒会と幽霊役員

渡貫とゐち

第1話


 この学園の生徒会は――通称ひとり生徒会と呼ばれている。


 生徒会長ひとりだけしか在籍していない特殊な生徒会だ。

 他の役員が必要ないほど、生徒会長が優秀であるという証明だった。


 そんな生徒会の戸を叩いた新一年生の少女がいた……西織にしおりゆう。


 彼女の目的はありふれたものである。――内申点が欲しいから……。

 もちろん、同じ理由で戸を叩いた生徒は今までもいたのだが……。




 生徒会室を訪ねる前、ゆうはクラスメイトの不良を見つけてしまった。

 分かりやすいルール違反を見つけてしまえば、見て見ぬフリはできなかった。

 だって、これから生徒会役員になるのだし?


「ちょっと、相模さがみ!」


「おっと……んだよ、オレが煙草を吸ってたら悪いのかよ?」


「ルール違反! という注意はまあ、わたし自身の良い子ちゃんポイント加算のために言うだけなんだけどね。あんたの肺がどうなろうがわたしは知ったこっちゃないわけで……だから校内でなければ自由に吸えばいいと思うけど」


 肩をすくめながら、サイドテールを揺らしたゆう。


 屈んで煙草を吸う不良生徒を見下し、偽善の正義感を向ける。


「じゃあ黙ってろよ」

「学校で吸うなって言ってんの! 見たら止めるしかないじゃん!」


 ゆうが不良生徒の手から煙草を叩き落とした。

 まだ吸ったばかりだったようで――「あぁあ!?」と、悲鳴が上がった。


「てめッ、まだ長いのにもったいないだろうがッ」


「好きで吸ってるならケチケチしてるんじゃないのよ。また買えばいいでしょ。好きならいくらでも買えるんじゃないのー??」


「未成年は買いづらいんだよっ、分かるだろ!」

「分かってるんじゃん。悪いことしてるって自覚があるならもうやめればいいのに」


「ッ、このっ、内申点稼ぎの偽善者が……ッ!」

「そうですけど。いくらでも言いなさい、偽善者の集まりが今のこの世界よ」


 勢いで言った言葉だが、真理を突いているのではないか?

 善人が決まって狂っていることを考えると……偽善者こそが普通なのかもしれない。


「……あー、分かったよ。もう吸わねえ。だからとっとと生徒会へ行けって」


「わたし、生徒会じゃないけど」


「は? 内申点を狙ってんのに生徒会じゃないのか? ……あ、なるほどな……そういや生徒会って入るのに厳しい条件があるんだっけか?? ……オマエ、落ちたのか」


 ぴき、とゆうの額に怒りマークが浮かんだ。


 ……確かに、生徒会へ入れる力があるのかまだ分からないが、ただ……コイツにだけは言われたくない。


「あのねえ、生徒会くらいさっと入れるし」


「強がるなよ偽善者。入れなくても誰も責めやしねえって。生徒会だって選ぶ権利はあるわけで……、はっ。偽善者の集まりにも入れない偽善者(仮)ってことか……それって偽物にもなれないオマエは、さて、なんて言えばいいんだ?」


 偽善ふつうにすらなれない。


 利害を求めた愚行であると見破られているからか。


 人の気にしている部分を突いてくる不良に、遂にゆうが手を出した。


 不良の相模は、体の線は細いがしっかりと鍛えているようで、ガッシリとした体つきをしていた。痛みなんてないだろうが、ゆうが彼の肩を、ぽか、と叩いた。


 痛くも痒くもなさそうで、叩いたゆうの方が痛がっている。


「っ、硬い肩してんじゃないわよ!」

「どんな文句だ」


「もういい……煙草吸ってガンになって死んじまえっ」


 子供みたいな捨て台詞を吐いて、不良生徒を見捨てて生徒会室へ向かった。


 …………、彼の言う通りだった。


 ゆうは、偽善者なにかあるひとになりたかったのだ。




 ――そんなわけで、難関と言われる生徒会室をノックした。


 内申点を稼ぐことも目的だが、人間らしい偽善者でいたかった――のもある。

 相模の言葉に引っ張られ過ぎているだろうか? しかし、痛いところを突かれたと自覚しているのだから仕方ない。


 ノックしたら、「ああ、どうぞ」と声がしたので入る。


「失礼します……、えっと、生徒会へ入りたくてきました、一年の西織です!」


「いらっしゃい、西織さん。僕は生徒会長の信彦のぶひこだ、よろしく。ちなみに信彦は名字だからね?」


 海外の血が少し混じったような整った顔の生徒会長だ。椅子に座っているが、小柄であることが分かる。童顔でもあった。同年代に見えるが、ちゃんと三年生である。


 女子も羨むサラサラの金髪に目を引かれながらも、


「あのっ、生徒会役員になりたい、んですけど……」


 部屋の中は、やはり生徒会長ひとりだけだ。

 助っ人もいなかった……彼が座る机ひとつしかなく、噂通りのひとり生徒会。

 ……全ての仕事をひとりでこなしてしまうからこそ許されている特別扱い。


 結果を出せばある程度の自由が利く、ということが証明されていた。


「生徒会に、か……どうして?」


「え……っと、生徒会長になってっ、生徒ひとりひとりの――」


「ふうん? そういう真面目な理由もいいけど、君の本音が知りたいかな?」


 と、青い瞳で見透かされたようなことを言われ、「う」と声が漏れてしまった。


 今更「いいえ本心です」とは言えず……、

 ここは本音で言った方がいいだろう、とゆうが一言で、端的に答えた。


「内申点です」


「だろうね。そうでもなければ生徒会へ入ろうとは思わないよ」

「それだけじゃないです! 内申点も目的のひとつであって、それだけじゃ……」


 言いながら、嘘だ、と自分にツッコミが入った。

 目的は内申点だけである……もちろんそれを正直に言うつもりはないが。


「あ、そう。どっちにしろ、やめておいた方がいいね。内申点だろうが偽善者になりたいだろうが、なんでもいいのだけど、この生徒会はね、君がくる場所じゃないんだ」


 さらっとゆうの内心がバレていたが……それよりも。


 君のくる場所じゃない? そこまで言われるほど相応しくないのだろうか?


「そこをなんとかお願いします!」と食い下がろうとすれば、ふいに違和感を覚える。

 ガタガタ……と、部屋の中の棚やロッカーが動いた気がするが……?

 触れていないのに窓が開いた。部屋の電気が、点いたり消えたり……。


「え、なに、これ……?」


 ポルターガイスト、だろうか。


「ここね、呪われてるんだよ」


 ――生徒会室が。

 そして、ゆうが見たのは、部屋の中に浮かび上がる、黒い影だった。


 床にいる黒いシルエット――のっぺらぼうのはずのそれが、笑った……?


「ひっ」


「ね? これでも入る? 生徒会」


「い、ひぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?!?」

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