第十八話 神様達の転職事情 3

「なにしにきたんですか」

「お買い物にきました」


 質問されたので答えた。嘘ではない。カゴの中には、洗顔フォームとトイレの消臭剤が入っている。目の前にいる神様は、それをチラッと見て鼻をならした。


「あなた、ここまで来なくても家の近所にあるでしょ、ドラッグストアぐらい。なんでわざわざ、バスに乗ってきたんですか」

「そりゃあ、神様がどんなことになっているのか、心配で」


 それは本当だ。一週間ほど先延ばしになってしまったが、ここには様子を見にこようと思っていたのだから。


「公務員が野次馬やじうま根性でやってくるとは。まったくあきれますよ」

野次馬やじうまだなんてとんでもない。本当に神様が心配だったからです」

「どうだかね。とにかく私はこのとおり無事ですよ。さっさとお会計をして、帰ってください」

「わかりました」


 神様に逆らうとなにが起きるかわからないので、おとなしく従うことにする。


「まだ買いたいものがあるので、ちょっと待ってくださいね」


 神様は私が気になるのか、後ろからついてきた。


「神様、ドラッグストアになじんでますね」

「あんまりジロジロ、見ないでくださいよ」

「ほんと似合ってますよ、ここのお店に」


 これは意外とうまくいくかも。さすがオバチャン神様だと感心する。


「早とちりしないでほしいんですけどね。私、ここに居座るつもりは、これっぽっちもないんですよ。ただ、肉屋の神に頼まれたんですよ。一度に二つの店は面倒みきれないから、新しい神が来るまで、代理としていておくれって」

「あー、なるほど、そういうことだったんですね!」

「ですから、できるだけ早く、新しい神を見つけてくださいな」


 神様は、不機嫌そうな顔をしながら言った。


「そう言われましても、ここを希望される神様があらわれなければ、お話にならないわけで」

「そこをなんとかするのが、そちらの仕事じゃ?」

「まあ、それはそうなんですが。ですが皆さん、いろいろと希望がありまして。最近は難しいんですよ、神様の希望と募集枠のマッチングが」


 それは本当の話だ。だから最近は、新しい居場所を決めるまで、時間がかかることが多い。


「まったく。イヤな時代になったもんだ」

「そんなことないですよ。新しいモノがたくさんできて、楽しく神様ライフしている神様も、意外と多いですから」

「耳ざわりの良いことしか言わないのは、お役人の悪いクセですよ」


 神様が言い放つ。


「少なくとも、私が関わった神様のほとんどは、新しい神様ライフを楽しんでますから」

「あなたが優秀だからでしょ」

「ありがとうございますー」


 ほめられた。


「だからさっさと新しい神様を見つけてくださいよ、優秀なんでしょ?」

「おぅふ……」


 ……ではなく、単なる嫌味だった。


「ほらほら。買いたいものを買って、さっさと帰ってくださいよ」

「お客さんを追い出す神様なんて、聞いたことないですよ……」


 シッシッと追い払うように手をふられ、憤慨ふんがいする。


「それはあなたが、野次馬やじうま根性でやってきたからでしょ」

「本当に神様のことが心配だったのに……」

「本当に心配だったら、次の日にでも来るでしょ」


 ま、そこを突かれると痛いのだが。



「おお!! ほんとにいた!!」



 自分にしか聞こえていないが、店内に雷みたいな声が響き渡った。あっちこっちがビリビリと震え、棚に並んでいたクッキーの箱が倒れる。品出しをしていた店員さんがギョッとして立ち上がり、「地震か?!」とつぶやいた。


「本当に戻ってきたんやな!! 仏具屋の神から聞いたんだが、なんでワイに知らせんのや!! 水くさいやんか!!」


 神様の元にやってきたのは、熊みたいな大柄でひげ面の神様だった。しかも頭の毛がボサボサだ。


―― うっわー! こんなボーボーな神様、初めて見た!! ――


 ここの商店街の神様は、オバチャン神様を筆頭に、個性的な姿をしている神様が多いらしい。


「うるさいですよ、あなた。今は客も来ている時間なんだ、少しは自重じちょうしなさいよ」

「いやいやいやー!! 久しぶりだなあ!! もしかして、ここの神を引き受けたのか?」


 まったく相手の話を聞いていない。ひげ面の神様は、元金物屋かなものやの神様の背中をバンバンたたきながら、こっちを見た。


「もしかして、ワイらが見えるんか?!」

八百万やおよろずハローワークの職員ですよ、この人」

「おーー!! じゃあ、あんたがこいつをつれてきてくれたんか!! おおきにな!!」

「え、あ、ここにおつれしたのは私ではなく、お肉屋さんの神様なんですが」

「おお、肉屋の神が!!」


 またドーンと空気が震え、店内がガタガタと揺れる。


―― この神様、喜怒哀楽はげしすぎ! ――


 今のところ喜怒哀楽の『喜』だけだが、たった一人の神様が興奮しただけで、これだけのことが起きるのだ。神様が集まってもめごとがおきたら、間違いなく天変地異てんぺんちいで国家存亡の危機だ。


「いやーしかし!! おまえさんがここの店を守ってくれるなら安心だ!! おまえさん、退屈なぐらいに手堅いからな!!」

「あんたがチャランポランすぎるんでしょうが。少しは神としての自覚を持ったらどうなんだい」

「新しいことに挑戦するのは楽しいぞ!! 今は昔より時間が流れるのが早く、流行はやすたりが激しすぎだがな!!」

「まったく。あいかわらず、こっちの話を聞いちゃいない」


 神様がガハハと派手に笑うと、また店が揺れた。


「ほらほら、店が揺れぺしゃんこにならないうちに、さっさとお会計すませて帰ってくださいよ」


 元金物屋かなものやの神様がシッシッとやってくる。


「おう、ハロワの姉さん、気をつけて帰れよ!!」

「どうも、失礼しますー……」


 レジでお会計をしている間も、ひげ面の神様の声は店内に響き渡り、何度も店内がビリビリと揺れた。


「なんか地震みたいなんで、気をつけてお帰りくださいねー」


 店員さんにそんなことを言われ、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、頭をさげて店を出る。


「……局地的な地震が観測されるのかな、これ」


 あの神様達がいるかぎり、当分はこの現象は続きそうだ。


「あら、今日はこっちでお買い物ー? いつもありがとうねー!」


 店を出たところで、肉屋の神様に声をかけられた。


「あ、こんにちは。ちょっと心配になって、見にきちゃいました」

「そうだったのー! 言ったとおり、だいじょうぶそうでしょ?」


 神様はニコニコしながら言う。


「いま、薬屋の神様もいらしてるんですけど、ちょっと別の意味で、お店がつぶれないか心配です」


 そう言いながら、神様の笑い声のせいで揺れている店内を指でさした。


「あらあら、やっと来たのねー! なかなか顔を出さないから、どうしたものかしらって、他の神とも相談してたのよー! あの様子だと、仲直りできそうね!」

「どうなんでしょうね」


 元金物屋かなものやの神様の態度を見ている限り、かなりあやしいのだが。


「あの二人、性格が合わないのはもとからなのよー! 顔を合わせて店がこの程度ですんでいるんだから、問題はないわねー! もうドラッグストアの神は決まったも同然よー、心配ないわよー!」

「この程度ですんでいる……」


 あの神様達が仲たがいしているころは、このあたりでなにが起きていたのだろう。


「とにかくこれで、商店街の神は全部うまったわねー! ありがとうねー!」

「あまりお役に立っていなかった気が」

「そんなことないわよー! また空きができたり、新しいお店が開店したらよろしくねー!」


 オバチャン神様はニコニコしながら言った。ここの商店街、まだまだ空き家になっていたり、空き地になっている場所が残っている。それなりに集客率が高いこの商店街なら、そのうち新しいお店ができても不思議ではなかった。


「はい。お待ちしています。それと……あちらのことでなにかありましたら、連絡を」


 ビリビリしているドラッグストアをさす。


「あそこはだいじょうぶ! ケンカするほど仲が良いって、人のことわざにもあるでしょ?」


 オバチャン神様はそこで言葉を切り、首をかしげた。


「ああ、でも。あの薬屋の神がここに戻りたいって言い出したら、さすがに一悶着ひともんちゃくあるかしらねー!」

「えええ……」


 それはちょっと、勘弁してほしいかもしれない……。

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