第16話 魔王と魔法使い

マリナがアンジェの部屋に入ってきた。


「マリナ、例の件は調査できたか?」

アンジェがマリナに頼みたいことがあると言って部屋に招いていたが、実のところ既にアンジェはマリナに仕事を頼んでいたようであり、部屋に呼んだのは、その結果を聞くためであったようだった。


「アンジェ様から指示された『ギルの森』の件なのですが、魔物は先日の件で幾分減ってはいるの思うのですが、以前と特に変わった気配もなく、それと、戦闘の前線に出ていた冒険者から聞き込みましたが、例の巨大なビッグベアがドラゴンマスクに討伐される直前、人の言葉を話していたと言っておりました。」

「何?人の言葉を?それは本当か?」

「ええ、複数の者から聞き取りましたので間違いないかと…あと、断片的なのですが、その者達が言うにはビッグベアはドラゴンマスクに『お前の正体はわかっている』とか『森の結界が張られていたのが、再び張られた』とか、最後の分は何の事かはさっぱりわかりませんが…」

「そうか、わかった。下がっていいぞ。引き続き、お前には各地の森の調査をお願いする。」

「わかりました。では、先程の内乱の件も含め、怪しい者の出入りがないか、フリークス領の境界付近の森の調査に入ります。」

「うむ。頼んだぞ。」


アンジェがそう言うと、マリナは音も立てず静かに部屋を出ていった。


『マリナの報告から、結界の件というのはベリルが言っていた『聖龍の森』の結界の事だな。信じがたいが、ベリルの言っていた事は本当の事だろう。しかし、喋る魔物とは…一体、このフリークス領に何が起こっているのだ?こんな状況ではドラゴンマスク探索隊として、まだもう少し手が足りない…例の方には早く戻って来て貰わなければな…』


アンジェが窓の外を見ながら何かを考えている様子だったが、いい作戦が思い付かなかったというか、特に何も考えていなかった。

だが、急にあることを思い出す。


「あっ!そうだ、何だ、簡単な事ではないか!ベリルに聞けば良いではないか!おい、誰か!ベリルをここへ呼べ!」

アンジェは机の上の呼び鈴を鳴らし、使用人を呼んだ。

マリナから話を聞けば、話を聞かなければならない人間が誰であるか、すぐにわかるはずなのに、何とも天然というか、ボーッとしているというのか、そのくせ、大事な場面では相当に頭が冴えて切れまくる。

彼女の頭の構造がよくわからない。


しばらくして、ベリルがアンジェの部屋にやって来た。


「何でしょうか?」

「うむ、ベリル、お前、ギルアリアの件で、例のビッグベアと何か話をしたであろう?」

「えっ?あっ、あの…」

ベリルはアンジェからこの会話の件をいずれは聞かれるであろうとは思っていたが、こんなに早く聞かれるとは思っていなかった。


「現場にいた冒険者達から裏は取れているぞ、お前の言っていたとおり、結界がどうとか、正体がどうとかな…」

「は、はい、確かにあの魔物は言葉をしゃべっておりました。話していた事もそんな内容です。」

「それだけでは無かろう、何故、あの魔物はドラゴンマスクに話しかけたのだ?何の目的が?単に結界の話だけではないはずだ、それより、もっと重要な事をお前は知ったはずだ。違うか?」

本来、結界の話自体誰も知らない事なので、結構重要な話なのだが、アンジェはさらにベリルから話を引き出そうとした。


「ええ?!!アンジェ様はどうして?そんな所までお見通しなんですか?」

ベリルがアンジェからそう言われて、つい『始祖の魔王』の話をしようとしたとき、聖龍の思念が邪魔をした。


『ちょっと待てベリル!これはアンジェ特有のスキルの力じゃ!恐らくこの娘自身、特にベリルに重要な情報があるとは、思っておらんし、引き出そうと意識はしておらぬ、ただ、普通に会話を盛り上げるために、話を引き延ばしているのじゃ!』

『ええーっ!!?それは、本当ですか?』

『そうじゃ!ちなみに、先程の問いかけに『始祖の魔王』の事は言わず『話をした魔物はユニーク個体ではないかと思った』と言ってみろ。』

『わ、わかりました。』

ベリルは聖龍が言った通り、アンジェに、気付いた事と言えば、あのビッグベアは通常よりも大きく、魔力により魔法を使っていたのでユニーク個体ではないかと話した。

これは、ギルアリアの街に到着する前に聖龍が予想していた事なので、嘘ではないし、実際、ユニーク個体と言っても遜色ない個体であったことは言うまでもなかった。


「なるほど、ユニーク個体か…よく知っていたな。しかし、その説は面白いな。そんなものが森から這い出てきていたとは…わかった、下がっていいぞ。」

「はい。」


ベリルはホッと胸を撫で下ろしながら部屋を出た。

ユニーク個体の事をよく知っていたなと言われて少しだけドキッとしたが。

そんな話は普通、村人が知る訳がないからだ。

ベリルは別の意味で、アンジェから情報を引き出されたのかも知れなかった。


『どうじゃ、やはりワシの思った通りじゃ、あの娘は恐らく『天然』という性格に『強運の引き』という強力なスキルを持っているんじゃろう、ワシがあの能力の発動に気付いていなければ、お前は今頃ホイホイと、『始祖の魔王』の事を喋っていたことじゃろうて…』

聖龍がベリルの発言を止めたことを自慢気に話す。

『はい、確かに龍神様に止めて貰わなければアンジェ様に話をしていたところでした。すみませんでした。アンジェ様の能力が、そんなに恐ろしいものだったなんて全く気付きませんでした。』


こうして、辛くも、『始祖の魔王』の件はベリルからアンジェに漏れる事はなかったが、以外と早く、別の所から話が拡がる事になるのだった。


『ところで、龍神様、『始祖の魔王』と呼ばれる存在が復活したとなれば、何か世界に異変が起きる、いえ、起きているのですか?』

ベリルはアンジェの部屋から出て直ぐに聖龍に質問した。

『起きていると言えば起きているんじゃろうな。』

『それじゃ、大変じゃないですか?!』

『そうじゃな、じゃが奴は奴の矜持きょうじによって動いておる。何でもかんでも滅ぼすというような、理不尽な事はせんと思うが。』

『じゃ、じゃあ、『始祖の魔王』は個人的な理由で人間の世界を滅ぼすことはないということなのでしょうか?』

『さあな、それは奴の気分次第ということじゃな。』

『そ、そんな、気分次第で私達の世界を滅ぼされるなんて…たまったもんじゃないですよ!』

『そうじゃな。』

聖龍はベリルの言葉に肯定はするものの、『始祖の魔王』に対してあまり悪い感情は持っていない様な口調であった。


『ベリルや、前にもちらりと話したが、奴とワシは昔、しのぎを削った仲じゃと言ったじゃろ?』

『ええ、そう言われていました。それが何か?』

『うむ、奴はその昔、ワシと同じ、聖なる存在である聖蛇ホーリースネークと呼ばれていた。』

『ほ、ホーリースネークですか…?』

『そうだ、今でも、ワシのホーリードラゴンの紋章を使う国もあるが、ホーリースネークを家紋に使う貴族も多々ある。つまり、『始祖の魔王』の正体は元聖獣というわけじゃ。』

『えーっ!!??そ、そ、そ、そうなんですか?!何故、聖獣から魔王になったりしたんです?!』

『詳しいことはまた、別の機会に話すが、その事だけはお前には伝えておこうと思ってな。』

『はあ、そうだったんですか。』

ベリルは聖龍からいきなりの『始祖の魔王』の正体ばらしがあったので戸惑っていた。

そんなこと、ばらしてもいいんですかと…


だが、このところ、ベリルの周囲には不思議なことばかりが起こっている。


聖龍から声を掛けられ、ドラゴンの仮面を被った魔人にさせられ、盗賊討伐やオークやビッグベア等の魔物退治、そして、『始祖の魔王』との遭遇、ドラゴンマスクの正体を突き止めるための組織『ドラゴンマスク探索隊』の立ち上げ等々、それまで、普通に過ごしていたベリルの世界がぐるりと回って逆転したような感覚となっていた。


『一体これから、僕はどうなるんだろう?』

ベリルは、元々怖がりでおとなしい性格である。

そんな、ベリルがドラゴンマスクとなって盗賊や魔物と戦うなんて事は思っても見ないことであった。

こんな状態がいつまでつづくのだろうかと、ベリルは時折、不安に刈られるのであった。


次の日、ドラゴンマスク探索隊の皆は、ベリルを残して屋敷を出ていっていた。


そして、そんなベリルをアンジェは再び部屋に呼んだ。


『また、とんでもない事を言われるんじゃないか?』

と思いながらアンジェの部屋に入る。


「おはようございます。アンジェ様、ご用とは?」

「うむ、まずはその前にお前には紹介しておきたい者がいてな。」

「紹介しておきたい方ですか?」

「そうだ。」

アンジェがそう言うと、『感知』の魔法を使っていなかったベリルには全く気配が感じられなかったが、不意にアンジェの部屋の中に不思議な光が揺らめいたかと思うと、そこに一人の女の子が現れた。


「うわあ!」

ベリルがそれを見て驚く。

「わはははは、やはり驚いたな!ベリル、紹介するぞ、こいつはミロ・アランダ、魔法使いをしている。」

「ま、魔法使い?」


目の前にいる女の子はベリルと同じくらいの年頃であり、黒と濃紺のローブを纏い、少し長めの杖を持っていた。

ベリルは魔法使いという存在を初めて見た。

父親も魔力を使えるが、魔力が使えるだけで魔法は使えない。

魔法の行使のためには魔法の仕組みを理解し、呪文等を覚えなくてはならない。

魔法を使える者は魔法使いと呼ばれる。

魔法使いになるためには、魔法書を読むか、師匠に弟子入りして教えてもらうとかだけではなく、それ以外の魔法に関する色々な事を経験しないとダメかも知れないと言われるくらい難しい。

とにかく魔法使いはそんな様々な難関をクリアしないとなれない存在なのだ。


そして、そんな魔法使いの一人がミロだった。


「彼女は、の大魔導士ガルファイア様のお弟子さんで、今回の作戦に協力者として参加してもらっている。もちろんガルファイア様もだ。」

「協力者?、ガルファイア様?」

「そうだ、彼女は我々、ドラゴンマスク探索隊の方に入る事はないが、何かあったときのためには動いてもらう。あとガルファイア様とは世界に五人いると言われる大魔導士の一人だ。」

アンジェからそう説明を受け、ベリルは、初めて見る魔法使いに驚きと感心でしばらく口をポカンと開けて見ていたが、ようやく我に返りミロに挨拶をする。


「はー!そ、そうなんですか。失礼しました。ミロ様、私はベリルと言います。よろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしく。ベリルさん。」

ベリルが頭を下げるとミロも軽く会釈する。


「さて、ガルファイア様の要件が済むまでにこちらとしても何とか例の準備をしたいところなんだが、ミロ、ガルファイア様から何か聞いていないか?」

「今のところは何も…ただ、王都ではデルスクローズ派が表立ってかなり動いていると聞いています。」

「第一王子の派閥か…シャルマン派の方は?」


「まだ、沈黙を保っていますが、こちらの方も裏では兵をかき集めているとか…」

「中央教会派閥を取り込んでいると聞いているが?」

「ええ、民衆の人心掌握のために宗教を利用しようとしているのが見え見えだともっぱらの噂で…」

「まあ、それは仕方がない、第一王子の方は手堅く貴族院の古参連中を取り込んでいるからな。」

「そうですね、彼らと中央教会との確執は今に始まったことではありませんし、このままにらみ合いが続くとは思えません。この機会を利用してお互い、相手方を潰そうと考えているようですから。」

「まあ、ヴェルトナ兄様がエイドリアル様に付いているので、こちらの方に派閥争いが来ていないのが救いだ。」

「そうですね。御師匠様が聖地サンビアストから戻られれば現状が何とかなりそうなんでしょうが…」


ちなみにシャルマンは第二王子、エイドリアルは第三王子だ。


「まあ、愚痴を言ってもしょうがない。それでだ、ベリル、お前はこのミロから魔法を教えてもらえ。」

「はい??何ですって?」

「だから、お前はこのミロから魔法の基本を教えてもらえと言っているのだ。」

「いやいやいや、アンジェ様?確かに魔力は父親譲りで多少はありますが、そもそも私は村人ですし、『魔華族』とかにもなれないくらいの魔力量ですよ、そんな私に魔法を覚えろなんて、ミロ様に迷惑がかかりますよ!」

ベリルが必死で抵抗する。


「大丈夫だ、お前ならやれる。」

アンジェがニヤリと笑う。


アンジェはベリルが屋敷に来た日から3日間の事情聴取で、魔法の知識はあるが、ベリルが魔法を使えない事を聞いていた。

そして、聖龍の指導はどうもザックリし過ぎというか、言うならば天才肌であるが故に教えるのが下手であるとの結論に至っていた。

その為、ベリルの魔法の指導者としてミロを屋敷に呼んだのだった。






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