第7話 ギルドの冒険者達

ベリル達がモノ村に着いたのは、もうかなり薄暗くなった時間帯であった。


アンジェの率いる盗賊殲滅隊の騎士達は、明日も引き続き行われる捜索のため、一旦モノ村の住民の各家に振り分けられて宿泊することになっていた。

これは単に、村人の家に厄介になって宿泊させて貰うというものではなく、今回、聖龍の森の中に突如現れた魔物に対応するためであり、村の各戸に騎士を配置させ、もし大量の魔物が村を襲うような事があっても、各家に配置された騎士がそれら襲撃に対して柔軟に対応出来る様にとの配慮からであった。


また、アンジェについては本来ならば伯爵の娘ということで村長の家に宿泊するのだが彼女のたっての希望で鍛冶職人のグリルの家、つまりベリルの家に泊まる事になった。


「ただいま。」

「ああ、おかえりなさい。」

ベリル達の帰りをマアサが出迎えた。


「何年ぶりだろう、私がベリルの家に泊まるなんて事は?」

アンジェは昔を懐かしむ様な目でベリルの家の中に入ってきた。


アンジェが幼少の頃は、父親のダイス伯爵の領内視察に付き添って行った時に、よく泊まる機会があった。

それは、グリルが下級の鍛冶職人ではあったが、その中でも特に『魔石』を扱うことが出来る優秀な腕を持っていたからだった。

『魔石』とはこの世界に存在する魔力というエネルギーを吸収して蓄えたり、またはそれを放出する事が出来るものであり、高位の魔法使いであれば形すら変化させることが可能で、あらゆる道具に利用されるものである。

だが、産出自体が希少であり、また『魔石』を扱える人間は上級下級を問わず、非常に少なく、その存在も希少なものであり、グリルも普段の仕事では身分制度のため下級鍛冶職人として稼働しているが、いざ『魔石』を扱うとなればたちまち上級職並みの待遇となるのだ。

つまり、グリルは王都においても十分に上級職人並みの仕事が出来る資格があるのだ。

それはダイス伯爵はもちろんのこと国内にもその腕を認知されていた。

そのためグリルは何度か伯爵の付き添いで一介の下級職人であるにも関わらず国王への謁見を果たしたりもしていた。

ダイス伯爵は村人で、下級の鍛冶職人だといってグリルを下に見ることはなく、逆にダイスのその卓越した技術には賛辞を惜しまなかった。

その様な関係性や以前からプライベートで伯爵家との付き合いもあったため、アンジェがグリルの家に泊まる事に何ら異を唱える村人はいなかった。


だがそのグリルの家には先客がいた。

それはベリルの家の来客用の部屋に通され、グリルが対応していた。

来客は物々しい甲冑や武器を装備した者達だった。

何やら殺気だった雰囲気である。


それを感じ取ったベリルは、ゴクリと唾を飲み込んだ後、マアサに話し掛けた。


「母さん、あの人達は?」

「ああ、フレックスの街にある冒険者ギルドの冒険者の人らしいけど、何か殺気立ってて変な感じなの。」

「そうなんだ。」

ベリルは少しは安心した。

今回、家にやってきた者達は初めて見る顔だったが、元々冒険者ギルドの冒険者は武器を直接オーダーメイドしにグリルの所へやってくる関係もあり冒険者は見慣れていたはずだった。

だが、この者達にはマアサの言う通り何か違和感が感じられていた。


アンジェもそれに気付いたのか、この冒険者達に声を掛けた。

本来なら商談の途中に声を掛けるのは失礼に当たるのだが、こんな時間に注文をしにやって来る客もいないだろうと判断しての声かけだった。


「私はこの伯爵領の領主ダイス・フリークスの娘、アンジェリーナ・フリークスという者だ。失礼だが、お主達はこんな時間にグリルに何の用があって訪問してきたのだ?」


まあ、領主の娘というよりも、盗賊殲滅隊の指揮官の立場としては、不穏な行動をしている者達に声をかける行為は至極当然なことであった。

そして、三人いた冒険者のうちの一人が立ち上りそれに応えた。


年齢は30歳前後くらい。

パッと見は剣士といったところか、長剣を腰に差し、体には鉄製の軽鎧を装備している。

他には重鎧を着て大きな盾を持った者と軽装備に弓を所持している者がいたが、こちらを見る目付きが結構悪い。


「ああ、領主の…これは失礼した。私は冒険者ギルドの冒険者でザルツ、この二人は私のパーティーの仲間でブルッグとボイルドだ。ここへは例のドラゴンマスクの事を聞きにやって来たという訳です。」

ザルツという冒険者はそう応えると他の二人は軽く会釈した。


「それにしては少し殺気立っていたが?」

アンジェはザルツ達から発する気配を指摘する。

「これは癖のものでしてね、冒険者の中でも変な奴らにケンカを吹っ掛けられないように日頃から周囲の奴等には気配で威圧をかけているのですよ。それに今回は賞金が最高で金貨100枚ときたもんでね、他の奴らに負けてなるものかと、いつも以上に気合いを入れて、唯一の目撃者であるグリルさんの所まで情報を仕入れに出張ってきたという訳でさぁ。ヘヘヘ。」

ザルツはそう言いながら下卑た笑顔を浮かべる。

「ふん、ここは我ら伯爵家でも、私達盗賊殲滅隊の捜索指定場所だ。ギルドの冒険者なら別の場所が指定されているはず、探すなら他を当たるんだな。」

アンジェがそうザルツに言うと、ザルツは、

「それは聞捨てならないですね、我々もこんな美味い話にハイそうですかと引き下がれないんですよ。特にこのモノ村周辺は…ドラゴンマスクが現れた最初の場所、一番に捜索の手を入れなきゃならない場所だ!そんなおいしい場所を盗賊殲滅隊に独り占めされるのは納得がいかねえ!」

とアンジェに言い返した。


「何だと?!」

アンジェの眉間にシワが寄る。

明らかにこれは彼等の挑発だし、不敬罪として捉えてもよいのだが、アンジェ自身も流石に世界中の国や貴族達とネットワークを持つ者もいるといわれる冒険者ギルドの冒険者相手にケンカはまずいと解っているのか、やれやれといった表情となり、

「そうだな、お前の言うことも道理だ。わかった。我々の本日の捜索は終了しているから、今から森に入るというのであれば大目に見てやろう。…そうだな…森に入るついでだ、お前達にひとつだけ情報をやろう。我々が先程まで捜索していた『聖龍の森』の中で、つい今しがたドラゴンマスクが現れた。そして魔物と交戦していた我々の手助けをしてくれたのだ。今ならまだ森の中にいるかも知れんな。」

とアンジェが言うと、ザルツ達はドラゴンマスクが出たということと、魔物が出現したという事実にも驚いた様な表情となり、お互いに顔を見合わせると、アンジェからドラゴンマスクが出没した森の詳細な場所を聞き出し勇んでグリルの家から飛び出して行った。


「アンジェ様!あんな情報ことをあの様な奴等に話してもよろしかったのですか?!」

先程までザルツ達の相手をしていたグリルが心配そうにアンジェに聞いてきた。


「ふん、大したことはない。我らが一日かけても探し出せなかったドラゴンマスクをそう簡単に探し出せるとは思えんし、それに力ずくで彼を連れて行こうとしても、ドラゴンマスクのあの力だ、流石に彼等三人が掛かって行っても到底勝ち目はないだろうしな。」

アンジェがそういうとグリルもなるほどと頷き、

「左様でしたか。それなら安心ですな。」

「うむ、ところで彼等はお前に何を聞いてきたのだ?」

「はあ、どんな格好をしていたのだとか、背格好等を詳しく教えてくれと…」

「ふむ、探すのであればそれは必要な情報だが、私が気になっているのはあの殺気さっきだ。いくら周囲に対する威嚇と言えどもあれでは人を殺しかねない程だった。」

「ええ、確かに。では賞金の他に何か目的でもあるのでしょうか?」

グリルも彼等の殺気には気が付いていたようだ。


「わからん、だが、気を付けておかねばなるまい。」

アンジェはそう言うと彼等が出ていった方向を向いて何かを思案している様子であった。


『どうやら、お前の正体はバレなかったようだの。』

聖龍がベリルに話し掛けてきた。

この声は思念波のためベリルにしか聞こえない。


『もう、あの冒険者達を見て、心臓が潰れそうな程緊張しましたよ。』

『ふん、恐らく奴等はドラゴンマスクを捕まえて伯爵のところに連れていくなど考えてはおらんな。』

『ええっ!!?』

『奴等はドラゴンマスクを殺そうとしている。』

『な、なんですって?!』

ベリルは聖龍の言葉に驚く。

『そ、そんな、賞金が目的じゃないんですか?!』

『そうだな…』

『じゃあ、何が目的なんですか?』

『よくはわからんが、彼等がドラゴンマスクに関して他に共有若しくは共通する何か目的や目標、例えば彼等に殺意があることから『恨み』を持っているとか、もしくはその様な『恨み』の事情を知って、それらに協力や賛同している者、若しくは賞金以上の金額で『殺害の依頼』を受けている者と踏んで間違いはないだろう。』

『そ、それだけでは何もわかりませんよ!そもそもドラゴンマスクは私のことですし、私がドラゴンマスクとして活動したのは今回を含めて二回だけです。それなのに殺すとか恨まれるとか…全く意味がわかりませんよ!』

『まあ、そうじゃな…だから…恨みを買うとすれば最初に討伐をしたグロウグ盗賊団の関係くらいじゃろうな。2回目は先程のオークじゃから外しても良いだろう。』

『あの盗賊団が?』

『そうじゃな。彼等の仲間の誰かが身内だったか、若しくはその身内からドラゴンマスク殺しの依頼を受けていたかじゃ。』

『ええっ!!?そんなぁ~!脅かすのはやめてくださいよ。』

『別に脅してはおらん、ただ、奴等の殺気は本物だったということじゃ。』

『……』

ベリルは聖龍に言われたことが気になって、その日の夜はまんじりとも出来ずよく眠れなかった。


そして翌日、ベリルはさらに驚くことになった。

フレックスの冒険者ギルドの冒険者達が一斉にグリルの家に押し寄せてきたのだ。


理由は当然、ドラゴンマスクの唯一の目撃者であるグリルからの事情聴取である。

まあ、本当は目撃者はもう一人、アンジェがいるのだが、さすがに領主の娘であり、盗賊殲滅隊の指揮官であるアンジェから聞き出そうとする者はいなかった。

そのためグリルの下へ人が殺到したのである。

そして押し寄せてきた多くの冒険者達がグリルの家の前で揉め始める。


「おい!俺が先に来たんだぞ!」

「何を言ってるんだ!俺様が先だぞ!」

等と言って全員が別の意味で殺気立っていた。

そしてそれを止めていたのがアンジェの部下である盗賊殲滅隊の騎士達であった。

アンジェの宿泊先ということもあり、数名の騎士達がグリルの家の前で警戒警備をしていたため、流石の冒険者達も勝手に家の中へ入る訳にもいかず、入り口前で立ち往生となっていたのだ。


「やはり金貨100枚というのは彼等には破格の報酬のようだな。」

窓から外の様子を見ていたアンジェが呟く。

「確かにそうですな。ですが、私に聞きにやって来るというのはいささか早計というもの…もし私がドラゴンマスクの居所を知っているのなら、私自身がすぐに探しに行きますよ。」

「確かに、それは間違いない、はっはっはっ!」

グリルが冗談とも、本音とも取れるような事を言うとアンジェは声を立てて笑った。


「だが、昨日の件で、私も彼がこの聖龍の森の近辺に住んでいるのは間違いないであろうと判断する。あと、何故だかわからんが、あの森は以前とは打って変わって凶悪な魔物が出現する非常に危険な森に変貌している。その調査もいずれはしなくてはならんだろうな。」

アンジェはそう言うと、殲滅隊の分隊長クラスを集め、本日の捜索隊の捜索予定地域の指定を割り振り始めた。


ベリルも、昨日に引き続いて友人のベンとともに、アンジェの部隊の支援隊として活動を開始した。


「今日は何か、柄の悪そうな人も捜索隊の中にちらほら見えるんだが、ベリル、何かアンジェ様から聞いていないのか?」

ベンはアンジェがベリルの家に宿泊していることを知っているためこの様な質問をしてきたのだった。

「ああ、あれは冒険者ギルドの冒険者の人達だよ。」

「何?冒険者ギルドの冒険者?そりゃ本当か?!」

「ああ、昨日、僕の家に何人か来て、父さんに何か情報がなかったか聞きにきていた。」

ベリルがそう答えるとベンは難しい顔をしている。

昨日のザルツと同じ様な考えを持っている者が盗賊殲滅隊の部隊とは別にこの聖龍の森にやって来ていた。

アンジェも殲滅隊の邪魔はしないようにと、ある程度の注意を冒険者達にしてはいたが、彼等も街のお祭り騒ぎの熱を受けてやって来ているのか、あまり耳には入ってはいない様子だった。


「こりゃ、うかうかしてられないぞベリル!オレ達も早くドラゴンマスクを見つけないと賞金にありつけなくなる可能性があるぜ!」

「そ、そうだな。早く見つけたいな。」

ベリルはとりあえずベンに話を合わせる。


「じゃあ、今日も頑張るぞ!」

ベンが張り切ってベリルの前を歩く。


『今日は暑くなりそうだな。』

ベリルは聖龍の森の木の枝の隙間から落ちる木漏れ日に目を細めながら呟いた。


だが、ベリル自身、この後で自分の身の上に起こる出来事について全く想像すらしてはいなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る