地下通路
大葉貫
第1話
冬の夜、地下通路の入り口から漏れ出る黄色い光が雪景色を淡く染めている。その光を見つめていると、学生時代のあの忌まわしい記憶が蘇ってきた。この地下通路への、説明のつかない恐怖感を。
小中学校は歩いて通えたが、高校進学と共に電車通学が始まった。駅は家から歩ける距離にあったものの、田舎の小さな駅は入り口が反対側にしかない。どうしても、この薄暗い地下通路を通らなければならなかった。
壁一面にスプレーで殴り書きされた落書き。床に散らばる空き缶とタバコの吸い殻。とても清潔とは言えない、荒廃した空間だった。夜になると不良たちの溜まり場になるという噂や、幽霊の目撃談まで囁かれていた。夜遅くにここを通るときは、いつも早足で駆け抜けるようにしていた。
一年ぶりに故郷へ帰った今夜、辺りには人影もない。心細さと不安、そしてどこか懐かしい感情を胸に抱きながら、私は再び地下通路へ足を向けた。
階段を降りると、壁の落書きが消えていることに気づいた。クリーム色に塗り直された壁は、かつての不気味な雰囲気を和らげていた。少しほっとして歩を進めた瞬間、突然電灯が消えた。
突如として闇に包まれ、私は立ち尽くした。勇気を振り絞って地上へ急ごうとしたとき、前方から光が近づいてくる。自転車のライトだった。一瞬私を照らしたが、すぐに光を逸らしてくれた。暗闇で顔は見えなかったが、男性のようだった。
すれ違って数歩進んだところで、背後の足音がぴたりと止まった。嫌な予感に振り返ると、男は自転車のライトを真っ直ぐ私に向けていた。光の向こうで、じっとこちらを見つめている気配がある。
心臓が激しく鼓動を打ち始めた。走らなければ。
足が勝手に動き出す。後ろから自転車の車輪が回る音が響いてくる。追いかけてくる。コンクリートの床に靴音が響き、それが地下通路の壁に反響して何倍にも増幅される。まるで複数の足音に囲まれているようだった。
息が荒くなる。階段が見えた。一段、二段、三段と駆け上がる。背後から自転車を押して追いかけてくる音が迫ってくる。地上の冷たい夜気が頬を撫でた瞬間、私は全力で実家へ向かって走った。
心臓が破裂しそうなほど鼓動している。振り返る余裕もない。家の門が見え、庭へ飛び込んだ。鍵を持っていなかったため震える手でチャイムを連打すると、永遠にも感じられる時間の後、母がドアを開けてくれた。母が私の後方を見つめたため振り向くと、あの男性が自転車で追いかけてきていた。母は少し驚いた様子でその男性に声をかけた。
「後藤さん、こんな時間にどうしたの?」
私は自転車の男性が中学の同級生、後藤君だということに気づいた。後藤君は息を切らせ、混乱した様子で口を開いた。
「夜分遅くにすみません。こんな時間にどうかと思ったんですが、さっき変なことがあって…地下通路で陽子ちゃんを見たんです。暗くて最初は気づかなかったんですが、間違いなく陽子ちゃんでした」
「陽子は一年前に死んだの。そんなことを言わないで」
「でも確かに見たんです」
「あなたが陽子を好きだったことは知ってる。陽子を想ってくれるのは母親として嬉しいわ。でももう陽子はいないの。それを受け入れることが、あなたのためよ」
「すみません、変なことを言って」
「いいのよ。私たちも最初は受け入れられなかった。あの子が自殺するなんて」
二人の会話を聞きながら、私は思い出していた。一年前に私がした、あの取り返しのつかない選択を。
地下通路 大葉貫 @topy
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます