第2話 オリンポスの会議
*
そして今日は冬至。
闇が最も深く、光が最も弱まる日。
光の者にとってもっとも忌まわしい日でもある。
そんな中、
会議が始まったのはすでに1時間以上も前。
長い、長い、沈黙が続く。
だれ1柱として口を開こうとする者はいない。
さらに沈黙が続くこと30分。
重苦しい沈黙に耐えられなくなったのかついにゼウスが口を開いた。
「はぁ、奴は俺の子だ。それは認めよう。」
深い紺色のトーガに身を包んだゼウスがため息交じりに言う。
その瞬間、その場にざわめきが広がった。
どうやら誰もが考えていた最悪の事態が起こってしまったらしい。
ゼウスの白髪は短く切りそろえられており、それは白く立派な髭も同じだった。
普段であれば威厳に満ちているであろうその姿は今では見る影もない。
先ほどまでの重い沈黙が彼を相当に消耗させたらしい。
「あなた、ご自分が何をしたかわかっているのかしら?」
ゼウスの隣の席、真っ白な玉座に腰掛けた女性がゼウスに冷たい視線を送る。
その声量のあまりの冷たさにその場にいた男神たち全員が身震いをする。
女性の名はヘラ、正真正銘、ゼウスの妻である。
「わかってはいる。だが美しい女性を前にして我慢しろという方が無理だ。」
平然とそんなことを言うゼウスに何人かの男柱が同意を示す。
確かに彼らギリシャの神々は人間に恋をする。
それこそ何千年も前から。
そしてその結果、人と神のハーフが生まれるのだ。
そこまではいい。
よくある話だ。
現にこの楽園にも多くのハーフが暮らしている。
彼らのための学校もあるくらいだ。
だが問題はその相手、ゼウスが恋をし、子をなした相手が一番の問題だった。
「開き直るつもりですか?あなたは古代法に背いたのよ。あの子は今すぐにでも殺してしまうべきです。」
これ以上冷たくなるはずはないと思っていたヘラの声がさらに冷たいものへと変わる。
その眼にはすでに冷たい殺気が宿っている。
「少しは冷静になりなさい。まだその子が破滅をもたらすとは限らないのではないか?わしはまだ様子を見るべきだと思うぞ。」
「私もポセイドンの意見に賛成です。運命の三女神は沈黙を続けています。まだ動くべき時ではありません。」
そんなヘラの殺意にストップをかけたのはゼウスの兄、ポセイドンと知恵と戦術の女神、アテナだった。
「ポセイドンにアテナ、状況を分かっているのですか?」
ヘラが冷たい視線を今度はゼウスではなく、ポセイドンとアテナに向ける。
「わかっておるよ。だからこそ急いてはいかんと言っている。それに弟の子ならわしの甥でもある。そう簡単に殺させたくはない。」
ヘラの視線など意に返さない様子でポセイドンが平然と言う。
さすが海をつかさどる神なだけあって何ものをも包み込むおおらかさを持ち合わせている。
「ヘラ、状況が分かっていないのはあなたの方ではありませんか?運命の三女神に逆らうことは古代法に逆らうことよりも愚かだと私は考えます。」
アテナも同じだ。
その灰色の瞳が揺らぐことはない。
彼女は誰よりも賢く、自信に満ち溢れている。
彼女が己の意思を曲げることをゼウスは今まで一度も見たためしがない。
自身の頭から生まれたというのにあまりにも自分とかけ離れた存在。
正直に言えば苦手だ。
だが今回は味方、それをうれしく思うだけにとどめておこう。
「では知恵の女神よ、そなたはどうするのが最善だと思うのだ?」
ゼウスがアテナに問う。
そしてそれを受けたアテナが自身の考えを話し始めた。
アテナの話が終わった時、その場に再び静寂が訪れた。
「はぁ仕方ない。その案しかないか。親としては承認しがたいものがあるがそれもあやつの運命。自身の手で乗り越えてもらおう。では、すべては6年後、あやつが祝福を受けたときにまた。次の神会で私から他の神々に事情を話す。それまでは他言無用だ。」
*
何とか最悪の事態にはならずに済んだ。
だが困難であることに変わりはないだろう。
(はぁ。)
ゼウスの口からはつい重いため息が漏れる。
他の神々はとうに自らの宮殿へと帰っていた。
皆が帰った後もゼウスは会議室の玉座に座ったまま。
青く澄んだ瞳は一点を見つめたまま動かない。
彼は何を見ているのだろうか、何に想いを巡らせているのだろうか。
それはきっと彼にしかわからない。
何とか最悪の事態にはならずに済んだ。
だがあやつの歩む道が困難であることに変わりはないだろう。
願わくば少しでも幸運の女神が微笑んでくれることを神としてではなく、親として願わずにはいられない。
その後、十分に憂いてからゼウスも立ち上がり会議室を後にした。
会議室を出る前に一度だけ暖かな火が楽しそうにはぜている炉を振り返り一言だけつぶやいた。
「私の息子、お前に祝福を。」
そしてそんなゼウスのつぶやきを優しい笑顔で聞いていたのは炉の番をしていた小さな女神。
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