第20話 まあ、想定内ですね

「まあ、想定内ですね。この範囲でおしゃれを楽しめばいいんじゃないの?」

「チッチ、これはおしゃれじゃない。身だしなみだ。おしゃれは自分の価値観と評価基準で判断するもの。身だしなみは他人の評価で判断されるもの。

 ハウスマヌカンなど自ら広告塔になるのは極端な例だが……。

 身だしなみとは、企業の「恪」が一目でわかるものなんだ。今のうちから教育していれば教育コストもかからないからな」

 まあ、会長の言うことは分かる。他の企業と差別を図るうえで、接客というのは店舗内装と比べてコストがかからない部分ではある。きっとマニュアルを収集している時に、一条百貨店の人事あたりから聞かされた受け売りだろうけど。


「身だしなみより大事なのは、その裏だ」

 俺の心のこえが聞こえたのか二条会長がビシッと俺を指さす。そして早く見ろとばかりのせかすのだ。

 仕方なく裏を返すと、そこには応対マナーがびっしりと書かれている。

 明らかにお客様の所が、一条家親族と上級生に上書きされているようなのだが……。

「人事の教育係と話をして、サービスと云うのは服装よりも態度と姿勢が重要だと分かったんだ。同じ学生として心苦しいが、一年生には我々を神と崇めてもらうことにする」


 いやその宣言、どこの応援団ですか? クェクェとか言わせるんですか?

「言葉遣いや態度がダメなら社会人失格ということだ。だから、罰則も服装については厳重注意。応対マナーの違反には退学を含めた厳罰を持って処断する。周知期間をおいて4月15日から施行だ」

 いや、ジゴキじゃなくてよかったんだけど……。今時あんなことをやれば廃人になりかねない。だけど……。

「退学はちょっとひどすぎるんじゃないですか?」

「身だしなみ、態度、姿勢はお客様の信頼を勝ち得るための武器だ!

 武器を持たぬビジネスマンは戦場から殺される前に立ち去れということだ。死ぬのは自分だけじゃすまないからな」

 鼻の穴を膨らませ、高説を説く二条会長。これは二条会長に吹き込んだ人事の教育係も今どきの新人に大分苦労していると見た。

 只きっと正論なんだろうな。逆に他の学校みたいに自主性がどうとか、人権がどうとかいわないのが、建前という甘やかし無しで逆にカッコいい。

 俺は素直に従う姿勢を示す。

「はい、分かりました」

「天野君は好感が持てるな。生徒会に入るか?」

「いえ、それは遠慮します」

 中学校まで居場所が無かった俺がいきなり生徒会ってそれはない。まだ、俺はこの学校で何も成し遂げていないから、ただ、ミキとヤミが協力を求めるなら力にはなりたい。


 逃げ出すのはこれで2度目か? 生徒会の囲みを抜けだした俺は経営戦略教室に向かう。

 どうやら、俺の後ろからミキとヤミも付いてきたみたいだ。


 そして、教室のドアを開けた俺の後ろからミキとヤミも中を覗き込んだようだ。

 背中に柔らかい物が当たってるんだって。そんな感触も次の瞬間には吹き飛んでいた。


「「「「「「おはようございます」」」」」」

 

 教室に居たクラスメートが全員こちらを向いて最敬礼の体で出迎えたのだ。


「おはよう」

 俺の背後から躍り出て、軽く会釈をするミキと手を振って挨拶に答えるヤミ。

 どこかの皇室のお手振りか? 主役は完全に二人に移っていた。

 そして、二人の席にやって来たところで……、俺の席に座っている奴がいる。

 確か斑(まだら)と云ったか?


「斑、そこ俺の席なんだけど‥‥‥」

「今日から俺の席だ。昨日、あのゴリラに承諾も貰った。そっちの女も俺の方がいいだろ!」

「「なっ!」」

 ミキとヤミがなにか言おうとしたけど、冷たい声とともに斑が立ち上がると、いきなり、拳が目の前に‥‥‥。

 とっさに避けた俺の顔をかすめて、拳が通り過ぎて行く。

 あっと思った時には、右目の眼帯が吹き飛んでいた。確かに躱したはずなのに……。眼帯のひもの部分が何かに引っかかった?

露わになった右目が捕えたのは、残像を残す左拳。

 サウスポー?! ワンツー!! 稲妻のような拳が俺の顔面の手前に止まった。

 そこで見えたのは取れかかった袖のボタン。こいつが眼帯のひもに引っかかったのか?

 そんなことを考えた俺に、下げずむような斑の声。

「びっくりした? 俺もびっくりしたよ。その目!」

 斑にこの目を見られた?! あわてて右手で右目を隠した。それは顔面をガードした態勢になった。

 そこから、斑にサンドバックのようにボデイを滅多撃ちにされた。すべてのパンチは寸止め。傍から見たら、シャドウボクシングで遊んでいるように見えるだろう。なのに、ズシッとパンチを喰らったように俺のからだにダメージが蓄積される。

 なぜだ?!


「斑君!! やめなさい!!」

そんな時、鋭い声が聞こえた。


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