ニ.遣いと王

 次にわたしの持ち主となったのは、後に倭國の頂点にな立つ男だった。

 世界を眺望したわたしは、倭國わこくに落ちた。

 それでも銃としての形を保っていられたのだから、わたしはとてもいい一品だったんだろう。

 どれほどそこで打ち捨てられていたのか。

 わたしが落ちた場所は荒れ果てた廃墟の一角であり、住ビトの影を見かけてもわたしに興味を示すものはいなかった。

 後に知るのだが、倭國わこくはあのオオドでの爆発で引き起こった大地震により壊滅的な被害を受けていた。わたしを天へ舞い上げた火柱は倭国のさらに向こう側にある大陸からも見えたらしい。後に神の警告と呼ばれるようになるその大爆発が、皮肉にも世界を巻き込んだ最悪の外交戦争を終わらせるきっかけとなった。そのとばっちりを受けたのが、最後まで中立を保とうとした国だったというのは正に不条理以外の何物でもなかったろう。その言いようのない嘆きが長らくその後の倭國わこくを乱し続けた。朝廷ちょうていを中心とした復興政府による国の立て直しは血統主義者による露骨な格差措置で遅々として進まず、それが皇族倭國創立者家系排斥を謳う反血統主義者の反感を焚き付け、国内は中立時代戦時よりも混乱と犠牲者を生んでいた。

 その鎮圧という無茶な特命を押し付けられた哀れな男が、わたしの次の持ち主だった。

 下位皇族の出で不名誉な出自を負っていたこともあり、血統主義占める上位の者たちから爪弾き者として扱われていた。この特命も、未達による責任から逃れるための上位皇族の強請であることは明らかだったが、下位である持ち主にそれを拒む権利などなかった。

 具体的な策も浮かばぬまま、持ち主は被災地区の査察としてわたしのいる場所へやってきた。そこを反血統主義の過激派に襲撃された。連れの部下たちも倒され、追い詰められた持ち主は足元にあったわたしに気づき拾い上げ構えた。だが、わたしはもう本来の性能を出せる状態ではなかった。一時怯んだ襲撃者が再び距離を詰めようとした際に、が現れた。

 まるで最初からそこに居て、持ち主たちがようやく気が付いたかのような無論さを纏った彼は、実に落ち着いた所作で襲撃者を全て無力化してしまった。持ち主は呆気に取られながらも、なおもわたしを彼に突きつけその正体を問うた。

 彼はただ、「きみをたすけたい者だ」とだけ言った。

 持ち主は当然素直に受け取らなかったが、彼がそれを行動で示すという申し出を受け、それを見届けた。彼は持ち主の襲撃を図った過激派の中心人物を始末してみせた。殺意や恣意を一切感じさせない、運命ともいうべき葬り方をもって。

 彼は殺し屋だった。

 彼が名乗った訳ではない。しかし、彼を表現するのにそれ以上に妥当なものは無かった。おかげで、わたしがいたその地域の反政府活動や暴動は沈静化していき、持ち主もその功績を評価されるが、それを僻んだ者によってその後も謀殺紛いな特命を受け続けることになった。

 その度に、彼が助けを申し出た。

 持ち主は曲がりなりにも皇族として、殺しに長けた者の力で平和を築くことに抵抗を感じてはいたが、手段よりも結果を選ぶことにした。それは、不埒なる者として扱われた事への憤懣や、皇族としての純粋な野心によるものだけではなかった。

 一度、持ち主が誰かにこぼした話があった。

 彼はどこか似ていたんだそうだ。持ち主が皇族としての抑圧された生活の中で唯一の救いであった劇画本に出てきた、憧れの主人公に。いつか自分を救ってくれるのではと願い、自らが目指す理想とした者の姿に。

 それを、信頼と表現していいのかは分からないが、持ち主と彼はそうして手を結んだ。そして、持ち主は国の王天位へと昇り詰めていった。その間、わたしは常に持ち主の腰に据えられていた。武器を持ちながらも決してそれを用いることのない為政の姿から、わたしのように機能を失った武器を、無血、平和の象徴として身に着ける者まで現れるようになった。その裏で、持ち主の代わりに血と汚れを負っていた彼の存在が知られることは、不思議なほどになかったのだ。

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