象の日


 ~ 四月二十八日(水) 象の日 ~

 ※鉄族元素てつぞくげんそ

  鉄・コバルト・ニッケル。

  強磁性と化学的性質がそっくり。




「あの一年ども、最近特に似て来たと思うんだが」

「それぞれが、なるべき姿にしかならん」

「またそれか。でもさ、一緒にいたら似るもんだろ?」

「それもまた自然な成り行きに他ならん」

「そういうもんかね」


 話が面白いからと。

 秋乃が足しげく通うせいで。


 すっかり顔見知りになった。

 陶芸家の先生。


 彼を指導者として。

 彼の工房で活動しているのが。


「俺がジュース持って来たから!」

「僕は、コーヒーを入れてきましたよ!」

「うーん。今日は、アイスティーって感じー?」

「すぐ買って来る!」

「僕が最高級のアイスティーを入手してきます!」


 うちのクラスの三人組。

 夢野さんと、小野君と、細井君。


 陶芸同好会の会員たちだ。



 ……いや。

 訂正しなきゃ。


 今。

 『たち』ではなくなった。



「……真面目なのは一人だけか」

「嘆かわしい話だ」

「この状態も?」

「なるべくしてなった結果だ」

「そういうもんかね」


 今日は、拗音トリオを引き連れて。

 学校そばの竹林の中。

 陶芸同好会へお邪魔している。



 ――それにしても。


 休止していた陶芸同好会。

 そこに三人もの会員が集まったわけなんだが。


 いくら夢-みんさん狙ってるからって。

 バサロと細井くんまで入会してるなんて知らなかった。


「お前が入れたのは夢野さんだけだよな?」

「はっ! 過去のことは忘れたね!」

「…………しまった、今日は話しかけねえって決めてたのに」

「そんなこと言うなよベイビー!」

「うぜえ」


 思い出したように始めた日替わり自分探し。

 今日は、キザ男を目指しているらしいこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「お前さあ。どうあっても『お』にはなれんだろ、『お』には」

「それはやってみなけりゃ分からないさ! 君には理解できないだろうけどね!」

「君って言うな。ひっぱたきたくなる」


 クラスの連中は面白がってたけど。

 俺には頭が痛いこの生き物。


 いちいち前髪を払ってのけ反るその仕草も。

 蹴り倒したくなるほど鬱陶しい。


「夢野さん! 三人になってたんだな! 驚きだぜ!」

「……秋乃ちゃん、それ、変な感じー」

「はっ! ミーは、なにを言われても気にしないぜ!」


 秋乃が、部活探検同好会を通して。

 夢野さんに紹介した陶芸同好会。


 こいつの優しさが生んだ出会いではあるんだが。

 今のこいつを素直に褒められない俺がいる。


 すぐそこに見える窯の中に叩き入れたいほどウザイ。

 ああイライラする。


「変なのー。でも、秋乃ちゃんに紹介してもらって、毎日楽しい感じー」

「そりゃよかった! いつでもミーに頼ると良いさ!」

「うんー。ゴールデンウィークの合宿も楽しみな感じ―」

「合宿……? それ、いい……、ね?」

「あれ? 戻った感じー?」

「…………だぜ」


 語尾で誤魔化すんじゃねえよ。

 でも、そうか、合宿か。


 よその部活じゃ当たり前なのかな。

 それなら俺も、合宿にかこつけて。


 秋乃と二人で旅行なんて…………。


「どうしたんだいボーイ! どこかの合宿にお邪魔させてもらおうとでも思っていたのかい!」

「うぜええええええ……」


 いや、やめやめ。


 日替わり秋乃がハズレの日にぶち当たったらうざいし。


 それに、こいつ。

 今、二人で出かけるの、しれっと否定しやがった。


 俺が、淡い期待を打ち砕かれてると。

 すぐそばから聞こえてきた叫び声。


「にょーーー!! そうか、合宿! そこまでにどこか入らないと!」

「そうだね……。どこがいいかな」

「にゅ」


 さすがに日帰りで陶芸は無理だからと。

 今日は木彫り細工体験させてもらっているんだが。


 冷静なお姉さん役、にゃ。

 二岡におか丹弥にや


 マスコットの、にゅ。

 錦小路にしきこうじ ゆあ。


 一番やかましい、にょ。

 新田にった珠里しゅり


 静かな工房で。

 拗音トリオは、今日も容赦なく大騒ぎ。


「おい、にゃにゅにょ。できたか?」

「にょーっ!! 拗音で呼ぶな!!」

「それぞれ個性があるんだ。いっしょくたにするな」

「にゅ!」

「いや、そっくりだろうが」


 だって。


 なんでもいいから『像』を彫れと言われて。

 出来上がった三作品。


 三人揃って、『象』を彫るなんて。

 そっくりとしか言いようがない。


「しかも、みんな同じ、サーカスの象彫りやがって」


 玉乗りして、鼻の上にボール乗せてる姿まで一緒とか。

 鉄族元素かお前らは。


 連日、俺がそっくりって言う度膨れるけど。

 だったら違うもん彫ってみろ。


「いいか? 個性ってのはこういうのを言うんだ」


 この人、特殊な感性してるから。

 きっと予想外の物を堀ったに違いない。


 そう思いながら、夢-みんさんの作品を見てみれば。


「………………な? ハマチとイナダほども違う」


 玉の上にゾウ。

 その鼻の上に子ゾウ。


「ほとんど一緒じゃん!!」

「というか、ハマチとイナダは同じ魚……」

「にゅ!」

「ええいうるさい。じゃあ、絶対違うの見せてやる。秋乃の作品を見るがいい」


 こいつの、常人とかけ離れた感性に頼るしかない。


 そう思った俺は、禁を破って。

 キザ男に話しかけたんだが……。


「……どうしたキザ男」

「そ、それが……、ね? 間違えた……」

「何を間違えたんだよ。あと、キザ男はどこ行った」

「え、戎橋えびすばしに用があるって……」


 作品を背中に隠して。

 いつもの秋乃に戻って、わたわたしてやがる。


「その動揺っぷりならかえって上々。とっとと見せろ」

「うう……。見せないと……、ダメ?」

「遅かれ早かれ露見する。出せ」


 俺の言葉に観念しながら。

 秋乃が背中から出したもの。


 それは、器用な秋乃らしく。

 一目で拗音トリオと分かる精巧な像だったんだが…………。


「うはははははははははははは!!! 今川焼きと回転焼きほど違う!」

「やっぱ同じじゃん!!」

「いや、これを同じというべきか……」

「にゅ……」


 秋乃が彫ったその作品は。

 丸くうずくまったにょの上に。

 腕を長く伸ばしたにゃが乗って。

 その腕の先に、丸まったにゅ。


「くっくくく…………っ! がんもどきとひりゅうずほど違う…………っ!」


 そばにいれば似かよって来る。

 俺は、自説を確信しながらも。


 こいつとは絶対に似ないと理解することになった。


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