復興を目指して
原爆投下の3日後には、路面電車を運行させていたという。廃墟となった広島市街を1日でも早く復興させたいという願いをこめて、8月9日に路面電車は走り始めた。運転士は10代半ばの女性、電鉄会社の家政女学校で学び、働いていた。一番電車の運転士は、雨田豊子さんだった。彼女も被爆していたのだが、比較的軽傷だったのだろう、頭に包帯を巻いていたが、一番電車の運転台に立ち、路面電車を走らせた。この路面電車の運行は、絶望的になっていた広島市民にとって生きる勇気を与えたことになったのだろう。2006年6月で定期運行は終了したが、今では、特別運行プロジェクトとして、日曜日等に特別に運行しているみたいだ。これまでに、何度か広島を訪れているが、被爆電車を見た事は無い。更に、後で知ったのだが、国鉄広島駅は、原爆投下の翌日の8月7日から、もう運行を開始していたという。広島で路面電車を運行し始めたこの日、二つ目の原子爆弾が長崎に投下された。8月9日、11:02にB29(ボックス·カー)は、長崎市に、二つ目の原子爆弾(ファットマン)を投下、長崎も広島と同じように壊滅状態に。アメリカに、二つの原爆を投下された日本、もうだめだと絶望的に、8月15日、日本敗北によって終戦を迎えることになった。この日はラジオから流れる、天皇陛下のお言葉を聞き入った日本国民、日本敗北を信じたくなかったのだろう、蝉の鳴き声に紛れて、すすり泣きの声も聞こえたという。
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