第10話 仕事先への馬車の中で

 ガタゴト ガタゴト


 俺はイトーさんから依頼の内容を聞き、センビレッジの街へ向かう馬車に乗った。

 依頼主は王国貴族・ドーマン男爵。「センビレッジの酒場の用心棒退治」が依頼の内容だ。

 おそらくは店の経営権を手に入れたいのだが、用心棒が邪魔でうまくいかず、俺に白羽の矢が立ったのだろう。

 要するにドーマン男爵の目的は"店の横取り"。

 こういった仕事は何度も受けてきたが、やはり気分のいいものではない。


「ハァ~……気乗りしねえ……」


 そんな暗い心境から来る溜息をつきつつ、俺はジャンにもらった武術の本に目を通す。

 馬車に揺られながらだが、こうやって興味のあるものに目を通していれば、少しは気がまぎれる。


「ゼロラさん! 何を溜息なんてついているのですか? なんだか、らしくないですよ!」

「クフフフ。ゼロラ殿も思い悩むことがあるのだろう。それよりマカロンちゃん、センビレッジに着いたらボクとデートでも――」

「丁重にお断りします!」

「なんでお前らも同じ馬車に乗ってるんだよ……」


 仕事も悩みの種だが、目下の悩みはマカロンとリョウ神官が同じ馬車に乗り合わせたことである。

 マカロンはセンビレッジに買い物に、リョウ神官は……まあ、マカロンを追ってきたのだろう。


「しつこいですよ、リョウ大神官! それより、なんでそんなにずぶ濡れなんですか!?」

「クフフ……。先程ゼロラ殿に襲われて、汚されてしまってね……」

「紛らわしい言い方をするんじゃない。てか、お前なら魔法で服を乾かせたりできそうなもんだが?」

「今は水も滴るイイ女で通していきたい気分なんだよ」


 意味が分からん。いや、こいつの行動に逐一意味を求めるのも無駄な話か。

 マカロンも慣れたもので、リョウ神官の妄言を軽くあしらっている。


「それにしてもゼロラさん、さっきから何の本を読んでるのですか?」

「ん? これか? さっき知り合った奴にもらった武術の本だ」

「ほうほう。ゼロラ殿が読書とは珍しい。ボクにも少し見せてくれたまえ」


 そう言ってリョウ神官は俺から本を掠めとる。

 こら、せっかく手に入れた本をずぶ濡れの状態で触るんじゃ――いや、いつの間にか乾いてやがる。

 やっぱり魔法でどうにでもできたんじゃねえか……。


「へぇ~、これはチャン老師が書いた本だね。武術の文献としては、かなり希少価値が高そうだ」

「一通り目を通したが、世界中の武術を網羅しているといっても過言ではなさそうだな。見様見真似で、俺にも使えそうなスタイルも多いし」

「こ、この分厚い本をもう全部読んだのですか……?」


 リョウ神官は一応国の大神官の地位にあるだけあって、本の著者と内容をすぐに理解したようだ。

 マカロンは俺が本をちゃんと読んでいたことに、ひどく驚いている。失礼な奴だ。


「人間、興味のあることには夢中になれるものさ。ボクだって丸一日魔導書を読み漁ってることがあるしね」

「確かにゼロラさんって武術に関してだけは本当にすごいですからね」


 『だけ』ってなんだ? 否定できないが……。


「そういえば、ゼロラさんが普段イトーさんに頼まれてる仕事ってなんですか?」

「あ、ああ。俺の仕事か? その……なんだ。貴族の依頼でだな――」


 いかん。マカロンは俺が"裏の仕事"を請け負っていることを知らなかった。

 あまり人に知られたくない内容なのだが、ごまかし方が分からない……!


「貴族の屋敷の地下のドブさらいらしいよ。お偉方は大きい屋敷に住んでても、整備を自分達でやりたがらないからね~」

「うわぁ……。それは大変ですね……」


 俺が返答に困っていると、リョウ神官が助け船を出してくれた。

 こういう時は頼りになる奴ではある――


「貸し一つだよ。今度かわいい少年でも紹介してくれたまえ」


 ――そして俺への邪な思い満載の耳打ち。

 これさえなければなぁ……。





「……そういえば、マカロンにリョウ神官。お前ら、家族とかはいねえのか?」

「ふぇ!? 家族ですか!?」

「おや? ゼロラ殿が話題を振るとは珍しい」


 俺は馬車の中でふと気になった疑問を二人に投げかけた。

 特別気になったわけではない。

 本当に何気ない世間話のつもりだったが――


「私はその……魔王軍に奴隷として捕まる前にはいたのですが……」


 ――そうマカロンが口にして、俺は失言だったことに気付いた。


「すまない……。別にお前が話したくないなら話さなくていい。妙なことを聞いて悪かった」

「い、いえ! 謝らないでください! それに、今もきっとどこかで生きていて、いつか会えると信じていますから……」


 マカロンは俺に甲斐甲斐しく答えてくれる。

 魔王軍の奴隷だった――つまり、魔王軍に襲われたことがあるということだ。

 家族のことで言いづらいことがあって、当然だろう。


「まあ……なんだ。俺に手伝えることがあったら遠慮なく言ってくれ」

「フフ。ゼロラさんらしくない気遣いですね。……でも、ありがとうございます」


 マカロンは笑みを作りながら、俺の方を向いてはっきり答えてくれた。

 大袈裟かもしれないが天使の笑顔に見えた。

 村でマカロンが"器量がいい"と噂されるわけだ。


「な~に二人だけでいい空気になっちゃってるのかな~? ボクに黙ってマカロンちゃんを口説かないでくれるかな~、ゼロラ殿~?」


 そして俺とマカロンの横で、リョウ神官が悪魔の笑顔を作っていた。

 別に口説いたわけではないのだが?

 後、口説くのにお前の許可はいらないだろう。


「で? リョウ神官の家族はどうなんだ?」

「くぅ! よくぞ聞いてくれた! それは語るも涙! 聞くも涙の波乱万丈な物語があって――」

「あっそ」

「扱いの差が大きすぎないかな!?」


 変に演技を交えるリョウ神官の身の上話は、長そうなので流すことにした。

 もしこいつに肉親がいるのなら、さぞ扱いに困っているのだろうという同情の念だけはなんとなくある。


 そんな他愛のない話をしていたら、馬車はセンビレッジの街に到着していた。

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