異形化【魔法少/女】きらな
渡貫とゐち
第1話
高校の入学式――その翌日。
授業こそ本格的には始まらないが、それでも新しい生活の一日目が始まろうとしていた…………その日に。
朝。
密室だった一年C組に、ひとつの死体があった。
上半身と下半身は穴だらけだった。
拳ほどの大きさの空洞が無数にあり、体と顔は、まさに首の皮一枚で繋がっていた。
血は既に黒くなっている。溢れ出た血は教室の床を赤黒く染めており、昨日過ごした生活空間が、たった一夜にして凄惨な惨殺現場となっていた……。
被害者は、一年C組の担任教師。
昨日、生徒の前に立ち、明るく元気に近い未来のことを語っていた若い教師だ。
元気が溢れ、周りの人にエネルギーを分け与えるような人だった。
そんな彼女が、殺されていた。
「――早く出なさいっ、お前たちは見るんじゃない!!」
学年主任である中年教師の指示を受けて、生徒たちが別室へ移動する。
死体を見た各々の反応は悲鳴を上げたり気絶したり吐き気を催したり。死体のビジュアルもそうだが、匂いもきつかった。早過ぎるような、腐敗臭――鉄の匂い。気分が悪くなって当然だ。
顔を合わせたばかりだった生徒たちだが、担任教師の死体という繋がりを経て、周囲で助け合っていた。これをきっかけに仲良くなったとすれば、皮肉なものだった……
皮肉があっても担任教師の命はもうないのだが……。
これから、新しい生活が始まる……そんな時に。
水を差された気分だ。
先生は刃物を刺されたようなものだが……、本当に刃物で、だろうか??
刃物で、こんな死体を作り出せるのか?
「き、きらなは、こわ、く、ないの……?」
「怖いよ、こみどりちゃん……怖い、けど……」
最も身長差があるだろうふたりだった。
小柄な体は幼児体型と揶揄されるほどだが、中にはそれが好きだと言う一部の人もいる。彼女の名は
小さいことを憎んでいるが、しかし執拗に責めることでもないのかもしれない。
きらなの長い黒髪を手元で弄んでいる高身長のこみどりちゃん――彼女もまた、顔が隠れるほどの長い黒髪だった。
前髪の隙間から見える瞳は、死体を見たせいで――とも言えないが、さっきからずっと怯えていた。
きらなを後ろから抱きしめていると、すっぽりときらなが隠れてしまっていた……それが落ち着くのか、こみどりちゃんはきらなを解放する気がさらさらないようだった。
「こ、こわい、よね……。でも、きらな、けど、って言った、けど……」
「言ったね。でも……ううん、やっぱりなんでもない」
「そ、そう……?」
この状況にちょっとワクワクしてる、なんて。
思ってもいいが口に出してしまえば不謹慎だ。
いくら非日常には興奮するとは言え、死者が出ている事件である。……他殺。まさか自殺ではないだろう。なんにせよ、死者がいるのだから、面白がってはいけない。
次は誰だろう、なんて、言えば周りがパニックになることは目に見えていた。
#
別室に集められた生徒たち。
不安、恐怖、リーダーの不在。昨日の今日なのでまだクラス委員長を決めていなかった。こういうところでのトップの不在は集団をバラバラにしてしまう。
早いところ決めなくてはならないが、それを決めるためのトップがまた必要だ。……手早く集団をまとめてくれる人がいれば――、
それこそが、先生だったのだろうと気づいた。
「はいはいっ、じゃ、わたしがまとめるけどいいよね!?」
と、立候補した生徒がいた。
そのことに誰も文句を言わず……、空き教室だが内装は普通の教室なので、黒板の前、教卓に手を置いてみんなの前に立つ女子生徒。
暫定委員長が、みんなをまとめるために声を上げた。
「あ、みんみ、ちゃん……」
「みんな落ち着いて。先生の、その……あんな姿を見ちゃったのは悲しいし、思い出しただけで嫌な気持ちになるのは分かるけどっ。今は楽しいことをして忘れよう? せっかくだしグループで分かれて……親睦を深めるためのレクリエーションでもしましょうよ!」
恐らくは、今日がそういう日になる予定だったのだろう。
昨日はできなかった、クラス内で親睦を深めること……
先生が企んでいたことを、自分たちでやってしまおうと暫定委員長が提案した。
「席順の、四人グループで分かれて……はいはい固まって! まずは、あらためて自己紹介ね。あとは、こういう親睦会で役立つアプリを知ってるの。みんなスマホ出してーっ」
委員長がノリノリで仕切ってくれていた。
誰も立候補しないから、という理由でひとまず仕切ってくれているのだろうが、彼女は向いている。実際、委員長の明るい声で場が和んでいき、顔を青くしていた生徒も今は笑顔を取り戻していた。
「――委員長」
「わたし、まだ委員長じゃないんだけどね……。暫定なんだけど、まあいっか。どうしたの?
こみどりちゃんほどではないが、充分に高身長の女子生徒だった。――雨谷れいれ。
肩で揃えた青髪。無表情で淡々と喋る彼女の手先は、なぜか絆創膏がたくさん貼られていて……、料理に失敗したのかな? と委員長は勝手な想像をした。
無表情ながらも、一生懸命に手作り料理を……と考えると萌える! という力説をぐっと抑え、しかし「意外とおっちょこちょいなのね」と口に出しながら微笑んでいた。
れいれは首を傾げながら、
「トイレに、ね」
「あ、うん。いってらっしゃい」
と、それだけを言ってれいれが教室を出ていった。
彼女が教室を出る際、なぜかきらなを横目でちらっと見たが……それがなにかの合図であることは、予想できた。
……しかし関係性がまだないので、考えすぎかも、と否定した。
しかし、しかしだ……なにかありそうかも? と、きらなを見た意図を考えてみるも、結局、最後まで分からなかった。
「んー……ん、……んー?」
「き、きらなっ、は……すき、すきな、食べ物、とかは……?」
遠い世界へいっていたきらなの袖を掴んで、気を引くこみどりちゃん。
なぜそんなにも挙動不審で話しかけてくるのか。
――普通に聞いてくれればいいのに……。
「食べ物かあ……イチゴかなあ」
「か、かわぁ」
息が絶えたみたいな断末魔だった。
その後、こみどりちゃんにぎゅっと抱きしめられる。
一日で随分と懐かれたなあ、ときらなが遠い目をした。
嫌ではないのだが……。こみどりちゃんの母性を、きらなが無意識に刺激してしまったらしい。一体なにがどうツボに……。
もちろん、同年代に比べてうんと小さいこの体だろう。自分が持っていないものを持つ人に惹かれる……きらながこみどりちゃんの身長を欲しがるように。
……昔から変わらない幼児体型。
ほんと、ここまで変わらないとは、誰が予想しただろうか。
#
警察の捜査が入った。
生徒ひとりひとりにも聴取が入り……まあ、疑われている、と言うよりは異変を聞かれているようなものだった。
「なにか気になったことはある?」と。きらなは首を左右に振った。だが、警察は食い下がって、どんなに小さなことでもいいから、と言うが……そんなことを言い出したらきりがない。
小さいことならばうんとあるのだけど。
それでも、先生に関する異変はなかっただろう。
「昨日の夜はどこにいたのかな?」
「家ですけど……お母さんに聞きますか?」
「いや、いいよ……ありがとう」
やっと解放されたきらなは、こみどりちゃんの聴取が終わるまで図書室で時間を潰して……約束通り、一緒に帰ることにした。
暫定委員長こと、
もうすっかりと夜である。
まだ日は長い方だが、話し込んでしまうと時間を忘れてしまう。
特に、他殺に怯えるこみどりちゃんを説得するのに時間がかかってしまった……。
きらなと離れたくない、と駄々をこねるものだから……。
大半がこみどりちゃん問題だった。それがなければもっと早く帰れていたはずだが……、まあ、長い女子会も楽しかったけれど。
「あ、しまっちゃった……」
警告音を鳴らして踏切が下がってしまった。
仕方ないので、線路を横切れる地下通路を使うことにした。
階段を下りる。上の踏切が特別長いわけでもないのだが……せっかちなので地下通路を使った方が早い気がするのだ。実際、そこまで差がなくとも、だ。
周囲は閑静な住宅街だ。
時間的にも、地下通路を利用する人は少なかった。
今に限ればきらなだけ――静かなので足音がよく響く。
「…………」
よく響くからこそ、二人目の存在には、いち早く気づける。
後ろ。
尾行、していたわけではないのかもしれないが…………いた。
「っ!? …………あれ? 雨谷さん?」
きらなと同じく地下通路を使っていたのは、クラスメイトの雨谷れいれだった。
意外とご近所さんだったり――?
「雨谷さんも、家、こっちの方だったの、」
きらなの歩み寄るような質問は、彼女――雨谷れいれによって遮られた。
彼女が言った。
淡々と。
しかし、堂々と。
「先生を殺したのはあなたよ、朝日宮、きらな――――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます