アーサーオブナイト 学園都市に眠る生命の泉

サファイア

chapter1 聖石(ルリック)によって繁栄した世界

Arthur1 学園都市アーサー

 学園都市アーサー。六月の第二週に差し掛かる平民ペーパー寮の一室にて、勉強に励む、十六の少年、中山隆がいた。騎士シュバリエになるべく、鍛錬と勉強を行う。

「諦めるな。僕だって出来る」

 夢を叶える思いで、シャープペンシルを走らせる指先に力が入った。

 全世界のアーサー共通の制度だが、柵で仕切っている如く、階級によって住む場所が分かれており、彼のクラス以外でも四つ存在している。社会と治安を乱さない為に。

 シャープペンシルをテーブルに置き、テレビの近くにある姿見鏡で自分の容姿を見た。

 ボサボサとした茶色の髪に黒い瞳。豚のような腕と脚。特に大きく出っ張ったお腹が目に入った。女性が見向きもしない品の無い体。いるだけで、周囲の人から距離を置かれる。思わず、ため息を吐いた。

 中山は、リフレッシュする為に外へ出た。


 体の脂肪を揺らしながら歩きだす中山。塀に囲まれた古びた二階建てのアパートが立ち並んでいる。ところどころ、茶色の錆が入った古びた扉や窓ガラス、整備されていない道路。そんな光景を見ながら、いつものゴミ捨て場に着いた。

「ふざけやがって」

 中山は、愚痴を漏らしている上級生に話しかけた。

「ご機嫌斜めですけど、大丈夫ですか?」

「ん? 中山か。この状況で『はい』と答えられるか? ジェイの野郎」

 中山の視線の先にはゴミ袋が百個以上置かれている。ところどころ、カラスが突いた痕跡のある破けた袋が、多く目立っている。

 上級生が言った、ジェイというのは、アーサー東京本校トップである学園長のジェイ・マーカスである。財閥と上流は生徒として接するが、それ以外はごみのような扱いをする。

 嗅覚が死にそうなゴミの異臭。離れたいが、一人にやらせるのはいかがなものかという良心の呵責が中山の胸を支配する。

「手伝いましょうか?」

「あぁ、よろしく頼む。あいつらがムカつくな。なぁ、中山」

「はい。僕も考えていました」

 中山の視線の先には、神々しい外観の財閥プラチナ専用寮の十階建てマンションが北東区画にそびえたっている。天国のような待遇を受けている彼らの生活を思い浮かべると、余計に気分が落ち込んだ。

「しっかりと好成績を残せば、学園長は認めてくれるはずです。あの人によれば、卒業後には幹部クラス騎士シュバリエに就けられますから」

「鼻で笑いながら、上から目線で喋る奴の言葉でもか? 中山」

「そ、それは」

「貴族連中は神様のような扱いを受けて、満足のいく学園生活を送っているでしょうね。それに、……ん?」

 突然、何かを燃やす臭いが鼻を突く。中山は一瞬で正体が分かり、その方向へ向かった。


「ちょっと、なにをしているの!?」

 燃えた匂いのもとを見つけた中山の体は、石のように固まった。なぜなら、リフレッシュをする為の円形の広場が特徴の【平民の憩い場】であった。右手を突き出した十人の生徒が火の魔術で、広場の中央に集められた生ごみを燃やしており、黒煙が塀を越えている。

 中山は右手をかざして魔術によって現出した水で消火した。

「てめぇ! 邪魔するな!」

 近くにいた生徒に体を押さえられるが、なんとか振り払い消火をした。


 黒煙に気づいた別の生徒らが応援に駆け付けたおかげで、十分に消火できた。お腹の脂肪を揺らしながら、自分の体を押さえた生徒に近づいた。

「どうして、物騒なことを!?」

「当たり前だろう! 数カ月もゴミを回収してくれないから、燃やしているんだ!」

 中山の頬に怒り狂っている火の魔術でゴミを燃やす生徒の唾がべっとりと付いた。

「だ、だからといって、指定されている場所から動かして、勝手に燃やすのはいけないよ! 聖石ルリック選別の儀で、聞いていなかったの!? 即退学だよ」

 優等生ぶっていると思ったのか、彼は中山を睨んだ。

 聖石選別の儀とは、水属性のサフィール、火属性のリュビ、風属性のエムロード、地属性のトパーズのうち、どの聖石ルリックが相応しいのか判断し、学園の教師による秘密の魔術で体内に埋め込まれる。彼らの魔術はそれを使用して発動したものだ。

 聖石ルリックとは、世界のインフラを支える重要な鉱石。対象者の魔術や戦闘能力が上げる力を持っており、騎士シュバリエや目指す者にとっては必要不可欠。

「あぁ、知っているよ。『正当防衛、授業、訓練以外では使用してはいけない』というルールくらい。けどな、こんな人間以下の扱いを受ける俺達に守っていけるか、分かるだろう」

「そんなことはいいから、早く消して! 先生に見つかる」

「おやおや、なにが『早く消して』かね?」

 中山は声のしたほうを見ると、茶色いスーツを着た学園長のジェイ・マーカスがいた。背後では数人の教師が彼らを睨みつけている。空気が今でも争いが起きそうな緊張に変貌し、中山の皮膚に襲った。

「……学園長」

「詳しく、話を聞かせてくれ。中山君、いや、豚の中山君」

「え、えーと、質は――」

 言っている途中で教師の一人が中山に火の玉を撃ち込んできた。

「あっつ!」

 中山の腕に溶岩をかけられたのような熱さが走った。

「嘘はいけないぞ、人間に化けた豚の中山君。学園長はな、将来有望の財閥プラチナ上流ゴールドの生徒を育てる大事なお仕事があるのだ。価値のない血筋のお前らは、邪魔をするな」

 学園長のジェイの言葉に賛同するかのように教師達は嘲笑した。中山の脳の血管に頭痛が起こるぐらいの負荷がかかった。

「学園長、お願いしたいことがあります。財閥と上流と同じように、決まった曜日にゴミを回収するようにしていただけませんか? お願いします」

 中山は、歯を食いしばりながら、学園長に懇願した。耳に学園長と先生に向けたうなり声や陰口が聞こえた。

「分かった。今日は、君の顔に免じてしてやる。感謝したまえ」

「はい。ありがとうございます」

 中山は、学園長と教師の満足気な顔を見て、左手を強く握った。血の感触を覚えながら。







 


 

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