第23話 南海航路に海賊船が出る
★復活歴2,102年★
アーリィトゥ海軍のコルベット艦ハンダンと武装輸送艦レイツォは、大陸南端の島国アヌラーダプラ王国からアーリィトゥ帝国皇帝陛下への貢ぎ物を積んで帰国の途上にあった。
アヌラーダプラ王国の口上は【友好の証の贈り物】だったけれど、受け取った艦隊司令官からレイツォの艦長であるシャン少佐が聞かされた時には【貢ぎ物】に名称が変えられていた。
恐れ多くも皇帝陛下のご発案で派遣された世界周航の親善訪問艦隊の寄港地の一つであるアヌラーダプラ王国では、上は艦隊司令官兼特命全権大使に任じられた海軍中将ツェンから、下は武装輸送艦レイツォに乗る信号手見習いの四級水兵ユーロンに至るまで豪華な食事と土産物が国王から
加えて多量の【贈り物】の数々がティルコーナマライ港の岸壁に積み上げられるに至って、艦隊司令官ツェンの判断で武装輸送艦レイツォは予定を変更してアーリィトゥ本国へ【貢ぎ物】を持ち帰ることになった。
武装輸送艦とはいうものの、三千トンしかないレイツォが積んでいる武器は艦首甲板の20ミリ機関砲一門と、艦橋や甲板の銃架に取り付ける数基の機関銃に個人用のライフル銃と拳銃だけだ。
形だけとは言えカットラスや手槍も積んではいるけれど、銃が標準装備となっている現在の戦闘では、気休めのようなモノでしかないだろうというのが衆目の一致するところではある。
艦隊随伴型輸送艦としては問題が無いけれど、重武装の海賊でも出れば単独での航海は安全とは言えない。
護衛艦として千五百トンの、前甲板に76ミリ砲を持つコルベット艦ハンダンを付けて本国へ送り返すことになったのは二日前のことだ。
ハンダンの武装は76ミリ砲に加えて30ミリ機関砲や、近距離用の対空・対艦・対潜VLSと短魚雷発射管などを小さな艦体に詰め込んでいる。
以後、二隻だけの小戦隊はアーリィトゥを目指して東へ航海を続けている。
「艦長が艦橋に上がられます!」
武装輸送艦レイツォの艦橋当直をしている
「おはようございます、艦長。現在の針路北東、速度16ノット。機関正常、全艦異常無し。快晴微風追い風で10海里先にハンダンが警戒中です、艦長」
当直責任者である副長のリュー大尉が、艦橋に上がって来たシャン少佐に敬礼をしながら報告する。
戦時では無いので払暁の全艦戦闘配置体制は取っていないため、ピリピリした雰囲気は漂っていないけれど・・・。
ほぼ正艦首に昇る太陽を見ながらの航海とあって当直員たちは、艦長の御入来と併せて緊張した顔付きである。
「おはよう、副長。若い諸君は世界周航をしてみたかったのだろうな?」
武装輸送艦レイツォの艦橋で艦長席に座りながら、艦長であるシャン少佐はリュー大尉に、質問ではない修辞形の会話を持ち掛ける。
「そう言っている者たちも、いるようには聞いています。艦長」
リュー大尉は、この話の行方が読めないので無難な返事をするに留める。
商船でも同様だろうが。
軍艦の副長というものは、海兵団の教育課程を修了してから術科学校で専門課程を終えて配属されてきたばかりの新米水兵が朝飯に何を食ったかに始まって、就寝時に観た夢の内容まで知っていなければ務まるものではない。
まぁ、朝飯のメニューは乗組員全員が同じものを食っているから、冗談の範囲ではあるけれどとリュー大尉は考える。
が、相手が古参の
今回の本国への帰航については、艦の軸を成す
本艦は必要があって本国へ帰航するのであって、何かの罰ゲームを食らった訳では無いから、艦長以下総員の賞罰・昇進には影響しない。
とは言え、リュー自身も艦隊に随伴して未知の世界を見たかったなぁとは思うけれども口には出さない。
たかが武装輸送艦の副長ごときが艦隊司令官の命令について、どうのこうのと言える身分ではないことは自分自身が承知している。
「まぁ、君も知っての通り海軍はアイ・アイ・サーの世界だからな?」
「アイ・アイ・サー、艦長」
通常の会話ならイエス・サーなのだろうが、若い
もっとも、他に答えようが無いことも事実なのだが。
艦隊の他の艦たちは世界周航を続けているのに、本艦と
特に本国海域を遠く離れての遠洋航海となれば、日数に応じて給与とは別に割増しで手当てが支給されるので、若い軍士長や水兵にとっては馬鹿にならない臨時ボーナスとなるからだ。
それを言うなら護衛として随伴している
ましてや。
コルベット艦ハンダンの艦長であるフー少佐は、海軍兵学校で優秀な成績を挙げて将来の出世コースは間違い無しと言われた英才だが、それでも貧乏籤を引かされたのは任務の都合という名を持つ運命の巡り合わせというものである。
大量かつ珍奇貴重な貢ぎ物を、半年以上かかる世界周航の旅に持ち歩ける筈など無いのは、誰が考えても当然の答えだ。
武装輸送艦レイツォが、艦隊が必要とする補給物資の運搬には役に立たず燃料だけは食うとあれば、本国へ帰すのが常識と言うものだろう。
貿易に従事する商船に任せてしまうという手も無いではないが、アヌラーダプラ王国の国王から皇帝陛下への貢物とあっては、大事に扱っているところを見せなければならない。
仮に商船に運ばせるとしても、海賊対策からコルベット艦は護衛に付けてやらなければならないので、実質は商船の貨物船と同等ながら外見だけは軍艦の
その結果として
でも、フー少佐は軍規違反にならない範囲内であろうけど、好きなようにやるんだろうな?とリュー大尉は腹の中で考えていた。
リュー大尉の腹の中でいろいろな思惑が揺れているように、艦橋の上部にある信号甲板で四級水兵ユーロンは、艦の動きに体と頭の双方を揺らされながら信号旗を点検していた。
信号長を勤める四級軍士長カンルーが頻繁に使われる信号について、信号旗を手に取って見せながら、信号兵である水兵たちに教えてくれている。
信号兵たちは
その悪夢の時間を振り払ってくれるかのように、当直の一級水兵ズールイが大声を上げた。
「ハンダンが発光信号で知らせています!艦首零時方向に船影ひとつ」
その場の全員がハンダンを見ると、艦橋後部の信号灯を点滅させて注意喚起の為に汽笛を鳴らしている。
「信号甲板から艦橋!ハンダンから発光信号で、艦首零時方向に船影ひとつ!」
四級軍士長カンルーが伝声管に取り付いて、副長に報告をする。
「ハンダンから発光信号で、艦首零時方向に船影ひとつです。艦長」
リュー大尉はシャン少佐に報告をしながら、隣に立ってレーダースコープの艦橋モニターを睨んでいるフー中尉へ声を掛ける。
「レーダー手は何と言っている、中尉?」
「エコーが不安定で、船かどうかの判別が出来ないそうです、副長」
リー中尉はヘッドセットでレーダー室との遣り取りをしているが、半信半疑と言う顔だ。
実際に、艦橋に据えられたレーダースコープのモニターには、船らしい輝度のエコーは前方のコルベット艦ハンダンしか映っていない。
続いて、ハンダンからの発光信号を受けた四級軍士長カンルーの声が伝声管から聞こえてくる。
「信号甲板から艦橋!ハンダンから発光信号で、前方の船は帆船らしいとのことです」
「ハンダンから発光信号で、前方の船は帆船らしいとのことです。艦長」
まぁ、帆船と言うからには木造船だろうからレーダーのエコーが薄いのは納得できるところだ。
納得できないのは、こんな海域を木造の帆船がウロウロしているという状況の方なのだが。
報告を取り次ぐリュー大尉へ、シャン少佐は命令を告げる。
「ハンダンへ発光信号。前方の帆船に接近して臨検せよ。戦闘態勢だ、副長」
「ハンダンへ発光信号。前方の帆船に接近して臨検せよ。戦隊は戦闘態勢。アイ・アイ、サー!」
「カンルー!ハンダンへ発光信号。前方の帆船に接近して臨検せよ。戦闘態勢」
「ハンダンへ発光信号。前方の帆船に接近して臨検せよ。戦闘態勢。アイ・アイ、サー!」
命令が取り次がれて、四級軍士長カンルーが伝声管から顔を上げると一級水兵ズールイへ命令が落とされる。
「ズールイ、ハンダンへ発光信号。前方の帆船に接近して臨検せよ。戦闘態勢」
「ハンダンへ発光信号。前方の帆船に接近して臨検せよ。戦闘態勢。アイ・アイ、サー!」
返事を言い終わる前に、一級水兵ズールイの手は素早く信号灯のハンドルを動かしている。
「ハンダンが受信を確認しました、カンルー軍士長!」
一級水兵ズールイがカンルー軍士長へ報告する。
「信号甲板から艦橋!ハンダンが受信を確認しました!」
カンルー軍士長が、副長であるリュー大尉へ伝声管で報告する。
「ハンダンが受信を確認しました、艦長」
命令が受信確認されたという報告がリュー大尉を経由して、シャン少佐の元へと戻って来た。
「自分は艦尾の
「よろしい、副長」
リュー大尉がシャン少佐に向けて敬礼をすると、戦闘規則に従って艦橋から飛び出して行った。
「ヤン中尉、操艦指揮を引き継げ」
「操艦指揮を引き継ぎます、アイ・アイ、サー!」
シャン少佐の命令にヤン中尉が答えて立ち位置を変えた。
コルベット艦ハンダンの艦長であるフー少佐が無線通信ではなくて艦橋後部の信号灯を使って発光信号を寄こすという事は、目視した帆船に怪しいところを感じているという事だろう。
コルベット艦ハンダンと
また、本艦からはハンダンの向こう側にいて見えない帆船が本艦の発光信号を読み取ることも出来ないだろうという、フー少佐の判断に間違いは無いようだ。
*
「レイツォから本艦に発光信号で、前方の帆船に接近して臨検しろ。戦闘態勢。と言っています。艦長」
ハンダンの副長であるハン大尉が、艦長であるフー少佐へ信号長からの連絡を報告する。
「ふむ。受信確認して戦闘態勢だ、副長」
「全艦、戦闘態勢。アイ・アイ、サー!」
フー少佐の命令を復唱しながら、ハン大尉の手は非常ボタンへと伸びている。
ブォー・ブォーというブザー音が艦内に響いて、戦闘配置に駆け出す乗組員たちの靴音が聞こえてくる。
「副長!艦尾のダメコンへ!」
「艦尾に行きます!アイ・アイ、サー!」
艦長の命令に従って、ハン大尉が艦橋から飛び出していく。
「トン中尉、操艦指揮を引き継げ!」
「操艦指揮を引き継ぎます!アイ・アイ、サー!」
トン中尉の復唱に合わせるように、艦内の各部から戦闘配置完了の報告が上がって来る。
「全艦戦闘配置完了しました、艦長」
「よし。速度25ノットに上げ」
「速度25ノット、アイ・アイ、サー!」
「艦橋から機関室、速度25ノット!」
「機関室了解。速度25ノット、アイ・アイ、サー!」
「機関室が了解しました、艦長」
「よし」
艦橋要員がヘルメットを被っていることを確認すると、フー少佐は艦長席からデッキへと降りて、正艦首に見える正体不明の帆船へと双眼鏡を持ち上げた。
コルベット艦の艦橋は、もしもダブルベッドを置けば隙間など残らない程に狭苦しいので、椅子から下りたところで視界に大差は無いのだけれど。
まぁ、露天艦橋ではないだけマシと思うしかないなと、フー少佐は口には出さずに考える。
本国各地の鎮守府が持つ地方隊に残る、古い型のコルベット艦だと露天艦橋しかなくて風雨に晒されるだけでなく、ライフル銃の弾丸だって防ぐ方法など無いからだ。
だからと言って胸壁の下に潜り込むなどという無様な真似など、軍艦乗りは絶対にしないし、敵前逃亡みたいな動作は出来る筈も無い。
本艦だって艦橋だけでなく艦体でもペラペラの鋼板でしかないし、艦橋のガラスにしても防弾仕様ではあるが20ミリ機銃弾でも喰らえば貫通することは請け合える。
向こうに見える帆船が、地域間の貿易船か金持ちのヨット程度であれば良いのだが、こちらの都合に合わせて運命の問屋が卸してくれるかどうかは判らない。
それと言うのも、海軍省や艦隊司令部は絶対に認めていないけれど、外洋で単独任務に就いていた海軍艦艇のいくつかが、正体不明の帆船に襲撃されて拿捕されたという噂が海軍内にはあるからだ。
百ミリ砲を搭載して、フソウの島にあるシモザシ地域とボニン諸島を結ぶ通商路の破壊に出撃した、艦長ルイ中佐指揮下の仮装巡洋艦ビンアルなどは拿捕された挙句、シモザシの海岸沿いに出現した海賊島なる娯楽施設で一般市民に展示公開されている有様らしい。
公式には、国籍不明の海賊船という格好で出撃しているので外交問題としての文句は言えないし、軍艦旗を掲げたアーリィトゥ海軍の軍艦が平時に不法行為を働いて捕まったという、不名誉な事態にはならなかっただけ上等だろうとは思われるのだけれど。
仮装巡洋艦ビンアルは、艦長から司厨員に至るまで陸戦隊並みの訓練を積んだ殺しのプロだし、海賊に見せ掛けていた斬り込み隊員は陸戦隊でも金バッヂ持ちの精鋭揃いで名高い艦だった。
ヤマトゥ王家が支配しているフソウの島の西側地域とアーリィトゥには交流があって、フソウ各地からの観光客に化けたアーリィトゥの情報員たちが真偽の確認の為にシモザシ辺りまで往復して見て回ることは出来るのだけれど、本格的な諜報活動は不可能だと聞いている。
だから、海賊島なる娯楽施設を出たり入ったりしているという正体不明の帆船が、アーリィトゥ海軍の軍艦を襲っている犯人であるのかどうかまでは、把握できていないらしいというのが海軍内部の噂話だ。
噂に噂を重ねるならば、その海賊島を仕切っているのは、神々の末裔を自称する
そこまで行けば、噂なのか御伽話なのか?という世界の範疇で、アーリィトゥ本国では誰も真面目には受け取らないのが現状だ。
「副長、前方の帆船から発光信号です!即時停船せよ、さもなくば撃沈する」
信号長の報告に、トン中尉は目を剥くもののフー少佐へと報告を取り継ぐ。
「艦長、前方の帆船から発光信号です!即時停船せよ、さもなくば撃沈する」
「ふむ」
フー少佐は唸り声だけで返事をして、正体不明の帆船を睨みつけた。
コルベット艦ハンダンの艦尾からは微風が吹いているにもかかわらず、相手の帆船は本艦へと向かって来ている!
小型のヨットならいざ知らず、木造らしい横帆仕様の帆船が風上へ向かって一直線に突っ走って来るなどという景色は、軍艦乗りであろうと商船乗りであろうと常識の範囲外だ。
「レイツォに信号!相手の帆船から即時停船しなければ撃沈すると発光信号あり」
フー少佐の声を聞いてトン中尉は信号長へと命令を取り継ぐ。
「レイツォに信号!相手の帆船から即時停船しなければ撃沈すると発光信号あり」
「レイツォに信号。相手の帆船から即時停船しなければ撃沈すると発光信号あり。アイ・アイ、サー!」
信号長からの復唱が終わるかどうかというタイミングで、帆船の舷側に突き出した大砲から飛び出した一発のミサイルが旋回しながらハンダンへと向かって来たのをフー少佐の目が捕らえた。
本国の首都に在る海洋博物館でさえ展示されていないような年代物の帆船が、魔法のような砲弾を撃ち出して来るなど、フー少佐の常識を超えている。
見張りからの報告が聞こえているが、そんな事は素っ飛ばして命令を連呼する。
「機関全速!舵中央!対空ロケット発射!艦首砲撃て!」
常識外の連続に直面したフー少佐のアタマの中では、本艦の撃沈は免れないだろうという答えが出ているけれど、黙って撃たれる積りなど無い。
外洋漁船に毛の生えた程度の大きさしかない木造帆船など踏みつぶしてやる。
「全艦!衝突に備えて手近なものに掴まれ!」
自ら艦内放送のマイクを握りながら、空いた手で衝突警報のブザーを叩いたフー少佐は、本艦の艦尾に突き刺さったミサイルの衝撃で前方へと空中を飛んでいた。
・・・が。
「ふむ、爆発はしなかったのか?」
「イエス、サー!ただ、機関室が使用不能で機関が停止しています。艦長」
トン中尉の返答を聞きながら、辛うじて艦橋の窓ガラスに激突する事を免れたフー少佐が起き上がって周囲を見回すと、相手の帆船が展帆したままで本艦の左舷に舷側を寄せて来ていた。
その姿たるや、数百年も昔に西方世界で使われていたガレオン船らしいデザインであるけれど、舷側からは6門の大砲を突き出して乗組員たちが斬り込み態勢で甲板に群がっているのが見える。
くそ、コイツが噂の帆船かと口には出さずに罵り声を飲み込む。
「全艦、斬り込みに備えろ!応戦用意!」
「全艦、斬り込みに備えろ!応戦用意!、アイ・アイ、サー!」
フー少佐の命令に、トン中尉の顔が一瞬だけ驚きに変わるがすぐに命令を復唱して艦内放送を始めた。
「全艦、斬り込みに備えろ!応戦用意!」
放送をしながら、トン中尉は空いている手で腰に着けたホルスターにピストルが入っていることを確認して蓋の留め金を外しておく。
「陸戦隊は上甲板へ」
「陸戦隊は上甲板へ。アイ・アイ、サー!」
千五百トンしかないコルベット艦の運航と戦闘に必要な乗組員は六十名ほどだが、本艦には二十名ほどの海軍陸戦隊が派遣されて乗り組んでいる。
陸戦隊用の居住区画は設計段階から組み込まれてはいるけれど、小型艦にとっては過密な人員なので、陸戦隊にとっても快適な生活であるとは言い難いだろう。
艦橋の下の室内デッキで待機していた二十名から成る陸戦隊の小隊が、箱型弾倉で5.8ミリ弾三十発を連射できるカービンタイプの95式自動小銃に着剣して、甲板へとラダーを駆け上がって展開を始めた。
*
「ふん、コルベット艦の分際で一丁前に歓迎してくれるらしいぞえ?航海長?」
ゴールデン・ビクセンの操舵甲板で七本の尻尾を揺らす
「まぁ、正規海軍の艦長ならば当然の反応だろうな?」
そう返事をすると、航海長と呼ばれた
「左舷砲列、榴散弾でゼロ距離斉射。撃て!」
命令と同時に、ゴールデン・ビクセンの舷側から轟音と共に無数のバラ弾が飛び出して、コルベット艦ハンダンの上甲板で待機していたアーリィトゥ海軍の陸戦隊へと襲い掛かった。
軍艦の甲板には陸上のような塹壕も無ければ遮蔽物も無いので、バラ弾は文字通りに横殴りの弾雨となって、ハンダンの甲板上にあるものを陸戦隊の兵士たち共々に吹き飛ばす。
「斬り込み隊!乗り込め!」
真っ先に
続いては、立耳海兵隊員たちがL85型自動小銃の先に着けた銃剣を煌めかせて尻尾を振りながら飛び込んで行くが、ハンダンの舷側には歯向かう事が出来る陸戦隊員は残っていなかった。
ゴールデン・ビクセンお得意の、ゼロメートルからの榴散弾を食らわせる射撃の前には生身の人間などひとたまりも無いからだ。
「いつものことだけどな?」
ゴールデン・ビクセンの操舵甲板では、臍出しルックのビッキーが敵艦の甲板をチラ見しながら、ノアに向かって質問をしている。
「たかが
「まぁ、最初にガツンと見せておけば本気で手向かおうとする馬鹿は出なくなるからな?」
お互いに疑問形の会話であるけれど、議論ではなくて時間潰しの戯言でしかないのを承知で言っているだけだ。
だけど、妖狐族や立耳族を殺せる
その気になれば、コルベット艦ごときはゴールデン・ビクセンのミサイル一発で撃沈できるのだけれど、たまには妖狐たちに
それに加えて、今回は財宝満載の輸送艦を拿捕して持ち帰るという仕事が控えているので、ノンビリとコルベット艦相手に遊んでいるという訳にもいかないという立派な
そうやって、
「コルベット艦の制圧を終了しました!航海長!」
本来は艦長相手に報告する筈であるのだが、その艦長は敵艦の中で暴れ回っていて帰艦していないようだ。
やれやれと思うけれども、口には出さずにビッキーとノアは顔を見合わせる。
「ご苦労、先任軍曹。ご苦労ついでに、艦長たちに早く戻れと言ってくれ」
珍しく、ビッキーから直接に命令を受けたアニク先任軍曹の獣耳と尻尾が激しく揺れている。
「アイ・アイ、サー!」
敬礼と同時にくるりと回れ右をして、アニク先任軍曹はコルベット艦の甲板へと飛び降りて行った。
*
「ハンダンが制圧された模様です!信号に応えません!艦長!」
武装輸送艦レイツォの艦橋で双眼鏡を構えていたヤン中尉が、艦長であるシャン少佐に向かって声を上げた。
「ご苦労、中尉」
狭い艦橋のこととて、どうなっているのかは聞かされなくても見えてはいるけれども、報告と確認は軍艦乗りの習性だ。
コルベット艦ハンダンに横付けした古い型の帆船という情景は、実際に自分の目で見ていなければ、信じられるものではない。
しかも、斬り込んでいるのはハンダンの方ではなくて正体不明の帆船の方だとあっては、判断を逡巡したシャン少佐を責めるのは酷と言うものだろう。
「全速前進!目標は前方の帆船!通信室は艦隊へ無線通信、所属不明の帆船に襲撃されてコルベット艦ハンダンは拿捕された。本艦はハンダンを奪還するために突撃する。航海士に位置を訊いて補足しろ」
「アイ・アイ、サー!艦首砲の射撃を始めますか、艦長?」
「撃ち方用意だ、中尉」
「撃ち方用意!アイ・アイ、サー!」
艦隊は既にアヌラーダプラ王国を離れて西進中で距離が開きつつあることであろうし、アヌラーダプラ王国の航空隊は長距離戦闘機や長距離爆撃機を保有していない。
それ以前に、同盟国では無い格下の友好国に軍事支援を要請あるいは期待するなどしたら、本国の海軍省や外務省が何と言うかは考えるまでも無い。
艦隊司令官が座乗する空母チンハイが搭載している艦上戦闘機ならば飛んで来ることくらいは出来るだろうが、燃料タンクの容量からすれば戦闘後に母艦へ帰還することは出来ない。
かと言って、近隣にある何処かの国の飛行場に緊急着陸をしたところで、抑留されるか没収されるかの挙句に、有耶無耶にされてしまうのが関の山だろう。
空母チンハイが搭載している艦上戦闘機や艦上爆撃機は、この地域では最新型という軍事機密の塊が空を飛んでいるので、他国に没収されるような事態があれば艦隊司令官の首が飛ぶ。
これから艦隊は長途の航海へと進まなければならないとあれば、こんな場所で大事な艦上戦闘機を失うようなことはしないだろう。
よしんば、誰かが本艦からの無線通信を聞いていたとしても、航空援護が来るとは期待できないのは明々白々だ。
たとえ、本艦の主砲が20ミリしかない豆鉄砲並みの機関砲一門であろうとも、指揮下にある艦が拿捕されたのを見捨てて逃げるなどは論外だ。
さらに状況から考えるならば、風上へ真っ直ぐに航れる謎の帆船から逃げ切れないのも想定の範囲だ。
万にひとつでも刺し違える事が出来るなら、艦隊はもちろん本国の艦艇たちにとっても不安のタネが消えるというものだ。
退役後の楽隠居は夢と消えるけれど、アーリィトゥ海軍の矜持を見せてやろうじゃないかと、シャン少佐は腹を括ることにする。
「艦首砲、撃ち方始め!」
「艦首砲、撃ち方始め!アイ・アイ、サー!」
此の辺りの海は波も穏やかで艦の揺れは少ないから、目視射撃であれば外す事など無いだろう。
シャン少佐もヤン中尉も、そして20ミリ機関砲の砲手長であるリー一級軍士長も曳光弾が描く射線を見ながら命中を確信したが、砲弾は帆船に届く前に霧散する。
「な!あんなポンコツ帆船が機関砲弾を
リー一級軍士長の驚きの声は、同時に艦橋の士官たちの驚きの声でもあった。
「中尉!ハンダンを奪還するために斬り込みをする!総員、武装して上甲板へ!」
「ハンダンを奪還するために斬り込みをする。総員、武装して上甲板へ。アイ・アイ、サー!」
「通信室へ命令。ハンダンを奪還するために斬り込みをすると旗艦へ通信」
運良く旗艦の通信室が聞いていてくれたとしても、援護の戦闘機を飛ばしてくれる事など期待はできない。
まぁ、何の連絡も無しで行方不明になるよりはマシだろうという気休めだ。
武装輸送艦が南の海で大量の宝物を積んだままでドロンしたと思われるよりは、海賊相手に戦った結果なのだと知ってもらえれば、本国にいる遺族たちにお咎めは無いだろう。
「ハンダンを奪還するために斬り込みをすると旗艦へ通信。アイ・アイ、サー!」
「通信室からです。旗艦が受信確認しました。司令官から健闘を祈ると言っております、艦長」
ヤン中尉が通信室からの報告をシャン少佐へ報告する。
「うむ。少なくとも我々が財宝を抱えてドロンしたのではないと、知ってもらえたわけだ」
シャン少佐は独り言めいた言葉を呟いて、命令を下した。
「敵艦へ斬り込みだ、中尉」
「敵艦へ斬り込み、アイ・アイ、サー!」
シャン少佐に復唱したヤン中尉は艦内マイクを握ると、艦長の命令を乗組員へ伝達する。
「艦長より命令!ハンダンを奪還するために斬り込みをする!総員、武装して上甲板へ!」
いまどき、斬り込みなどという時代がかった戦闘を行うことなど、誰のアタマにも無かったけれど、想定外を押し通せるのが艦長の権限だ。
艦長以下60名の乗組員に、宝物の護衛として便乗している20名の陸戦隊員という面子で、コルベット艦を強奪した海賊相手にどうにかなるものとも思えないのが本音だけれど、一戦も交えずに軍艦が白旗を揚げるわけにはいかない。
「まさか、司厨員の俺たちが白兵戦をやるなんてなぁ?」
艦長の常務命令に従って戦闘前の非常食を配って厨房へと戻って来た、ミン二級司厨兵が同僚のパオ二級司厨兵に小声を掛ける。
「だよなぁ。陸戦隊の連中みたいなわけにはいかないもんな?」
戦闘訓練なんて海兵団で基礎教育を受けただけで、銃の撃ち方くらいは教わったけれども対人格闘技の訓練は受けていない。
刃物は毎日の
ましてや、敵兵と対面しての殺し合いなど出来るかどうかも怪しいところだ。
「ほら、片付けが終わったら上へ行くぞ。銃だけじゃなくて銃剣も忘れずに持ってけよ!」
司厨兵たちの先任である
*
「おい、ナナオ。そろそろ、お代わりが来るから次の準備をしておいてくれ」
アニク先任軍曹に呼び戻された
ノアが指さす方に目を遣れば、武装輸送艦が艦首砲を撃ちながら突き進んで来るのが見えた。
これが駆逐艦あたりの突撃であれば白波を蹴立ててと表現できるのかもしれないけれど、鈍足の武装輸送艦では迫力に欠けるのは仕方がないだろう。
艦首砲だって、小口径の機関砲が一門程度とあっては無いよりマシとも言えないレベルだ。
「それでも突っ込んで来るってんだから、アーリィトゥ海軍にも腹の据わった艦長がいると見えるな?」
ビッキーが、豊かな胸の下で両手を組みながら感嘆の声を上げている。
「目の前で
「逃げ切れるかはともかくも、お宝を抱えてドロンしたら何と言われるかは想像できるしな」
ビッキーとノアが緊張感ゼロの会話をしている間に、武装輸送艦レイツォは向けられる限りの火器を撃ちながら、ゴールデン・ビクセンの右舷側へと接舷して来た。
通常の斬り込みなら、友軍であるコルベット艦の側に接舷して生存者を糾合しながら甲板を横切って来ると思われるけれど、どうやら時間を節約しようと考えたらしい。
*****
「そいでさぁ、トイヴォ水兵長に率いられた俺たちの班は、敵艦への斬り込み攻撃に加わったというわけさ」
「まぁ、先陣はアニク先任軍曹たちの海兵隊が請け負ったんだけどな」
今日も、ゴールデン・ビクセンの乗組員であるジョン様とトイヴォ様が、メイドカフェ・ハルティアへとご帰宅になられているの。
なんでも。
海を渡って西の大陸に在るアーリィトゥ帝国の皇帝さんが、帝国の権威を周辺国に及ぼすのと、世界各地に在る所有者不明の土地を帝国の版図に取り込むために大艦隊を派遣している真っ最中ということらしいのよ。
「まぁ、
トイヴォ様がビーフストロガノフを器用にお箸で摘ままれながら、呆れ顔でご感想を述べられているの。
あ?
呆れておいでの対象はアーリィトゥ帝国の皇帝さんのことで、ビーフストロガノフのほうではないのよ。
え?
ご主人様に失礼なことをしちゃぁ、まずいだろう?ですって??
ふふ、冗談よぉ~~❤
「でもなぁ。この海賊島の安全に関わるかもしれないとなったら、あいつらの好き放題にさせておくことは出来ないというのが
あ、其処は美少女艦長さんのお考えではないのね?
「うちの艦長は、政治や操艦のことはビッキーと航海長にお任せだからな」
異世界の海賊船にアキバのメイドカフェに繋がる扉が憑きました @nau-lomadiyon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます