第8話 ルイは友を呼ぶ

 なにもない宙に向かって喋り出したルイが、急に部屋を飛び出していってしまった。

 分かった、すぐに向かうよ、と話しかけていたが、そこに誰かいたのだろうか。


 それともワイヤレスイヤホンをつけて連絡を取っていた? ……いや違うな、とせつなは答えを知っているわけではないが、それでもルイの秘密の一端を見たのだ――。


 朝、厨房に置かれていた大量の食糧。イリエは定期便でもきたのかと予想していたが、彼女も考えていたようにせつなも、それはない、と否定している。

 高性能ドローンで運んだのだとしても無理がある。森には野生生物がいたのだ、空は猛禽類の領域だ。ドローンが飛んでいればすぐに墜落させてしまうだろう……、


 イリエたちを乗せていた軍用ヘリのように。

 いま思えば、ヘリの墜落は猛禽類の仕業……、ではない。


 ルイ、もしくはルイの中にいる『なにか』、だろう。


 せつなは見たのだ。真夜中、森の中へ消えていくルイの姿を――、


 そして早朝、大量の食糧を背負って帰ってくる彼の姿を。

 纏う雰囲気は、ルイのそれとは違う。別人格か。


 分からないが、少なくとも不用意に踏み込めばこっちが殺される戦力差があるとはっきりと言われた気がした。相手は、せつなに見られていたことも分かっていたのだろう、その上でプレッシャーをかけたのだ。

 ルイではなく、ルイの中にいる『誰か』が。


 それからせつなは見た。


 部屋を出ていったルイを追いかけ、見つけた背中と同時、頭部が吹き飛ぶその瞬間を。


 頭部を失った肉体が後ろにばたりと倒れ、やがて――、


 何事もなかったように動き出す。

 頭部を忘れた十歳程度の体が、直立している。


 それから。

 まるでヘルメットを被るような仕草だった。


 太い弾丸で大きく削れてしまった地面に転がる頭部が、どろぉ、と溶け、断面を見せる首の上に、頭部が元の状態で出現する。


 過程は見せず、ぱぱっと、まばたきをしている一瞬で元通りになっていた。


 散った血も消えていた。濡れていた服も新品同様になっている。


 場にいる全員が自分の目を疑った。


 頭部がないルイと元通り復活した今のルイ、どっちが本当だったのか。


 イリエとレイがアイコンタクトで真偽を確かめる。

 しかし集団幻覚を見ているのだとしたら相談には意味がない。同じものを見ていて、それが幻覚だとしたら、間違った答えを真実と思い込んでしまっているのだから。


「……全部、本当なんだ……」


 せつなは震えが止まらなかった。生まれてから出会ったことがなかった、強敵。


 ユキ以上の実力者を、この目で見たことがなかったからこそ、知ることができた恐怖。


 試験体として接していた、先生の怖さとはまた違う。

 今のルイはルイではない。ルイの器を借りた、別の『誰か』なのだ。



 ルイの異常な光景に度肝を抜かれたイリエだったが、数日前に一度体験しているため、耐性ができていた。不思議な現象は全て『シンデレラ・オーバー現象』としてまとめてしまえばそういうものだと納得できる。パニックにさえならなければ、どうとでもなる。


「不死の、能力……」


 とは言え、イリエの常識が崩れていく。

 暗殺【殺し】の能力だ。


「それでも、私たちのやることは変わらないわよねえ……、たとえ不死だろうと縛って海に沈めてしまえば、死んだとの同じようなものでしょう? 

 ユキちゃんを連れ帰る邪魔をされなければいいだけなのだから――ね」


 レイの言う通りだ。相手を殺すことにこだわらなければ、不死だろうと関係ない。


 暗殺者だから殺すのが一番簡単なため……というだけなのだ。

 捕縛は不得手であっても、不可能ではない。


 たあんっ、と聞こえるよりも早く、二発目の銃弾がルイを襲う。今度は彼も気づいたようだ、手の平を目の前にかざして銃弾を掴もうとしたが、衝撃に耐えられず肘から先が吹き飛んだ――これも頭部と同じだ。

 回転する腕が地面につくよりも前に、まばたきの一瞬で全てが元通りに戻っていた。


 銃弾は彼が握りしめている。


「ルイ、アンタは一体……」


 彼が握りしめていた銃弾を親指で弾いた。弾丸が砕け、複数の破片となりイリエを襲う――太い弾丸のままだったら撃ち抜かれて絶命していただろう。

 複数の欠片となったおかげで、イリエは一命を取り留めたと言えた……加減をされた?


「……やはり力の加減が難しいな……」


 違う、ルイが力を入れ過ぎてしまっただけだ。

 彼は弾丸のまま、イリエを打ち抜こうとしていた。

 それにしても声は同じだが大人びた話し方だ。あのルイとは思えない。


 前提として……どっちが、ルイなのだ?


 人畜無害な、無邪気な子供の姿が本当のルイなのか。


 それとも目の前にいる、イリエたちを敵とも認識していないルイが本物なのか。


 どっちが隠れ蓑なのだ……?


「道具は壊してしまうか、なら……この子の体を使えばいい――」


 ルイ(?)が周囲を見回し、


「三人……遠くに一人で、合計四人か」


 イリエ、レイ、モモ……近くにせつなもいるのだろうか。


 合わせて四人に、狙いを定めたようだ。


「これ以上、害虫に動き回られても面倒だ」


 ぶわっ、と全身の毛穴から滴り出たと錯覚するほどの冷や汗だ。

 いつでも殺せるが、見逃す理由にはならないと言いたげだった。


 本能が訴える危機感。ここで強がることは死に直結する――つまり、


 イリエ、レイが同時に正反対の方向へ散る。

 どっちが追われても恨むのはなしだ。

 弱い方を狙うか、それとも強い方を優先的に潰すのか――、ルイはイリエを追ってきた。


「チッ、これは光栄だと嬉しく思うべきなのかしらねッ!」


 弱そうだと思われていたなら相手は油断している。

 だが、毒使いとして評価してくれているのであれば、イリエの専売特許はいつも以上に警戒されているはずだ。それでも使わないという選択はない。使わなければ死ぬのだ、やるしかない。


 瓶を地面に叩き落として割る。もくもくと周囲を覆う猛毒……、ほとんど屋外のような廃墟では使い勝手が悪いが、色がついた白煙は目隠しには使える。

 これで撒けたら苦労はないが、相手が自分を見失っている内に距離を離さなければ。


「――あれ?」


 長い廊下を走っている内に気づいた。……追ってきていない。

 撒けた? それならば喜ぶべきことだが、目の前で感じた、見た目はルイでも、纏う雰囲気はユキにも劣らない実力者であることを証明していた。これで撒けたなんて、信じられなかった。


 警戒は怠らない。

 シンデレラ・オーバー現象を相手にしているのだから、なにが起きても不思議ではなかった。


「……でも、不死のはずよね……?」


 不死なのか回復なのか。それは同じことか? 

 回復が間に合わない速度で攻撃し続ければ殺すことは可能なのか。

 それとも、たとえ塵になろうとも元の姿に戻るのか。


 どちらにせよ今のイリエには不可能なことだった。


「致死性の毒は効かなくても、麻痺毒は効くのかもね……」


 追ってこれない理由があるなら毒しかない。

 煙幕として利用した毒は命を奪う観点だと、かなりの遅効性だ。

(吸い込む量も多く求められる)

 ただ、全身に麻痺毒が回るのは早い。


 一口吸っただけでも指先が痙攣し始める。

 吸った量で痙攣する部位が増えていくのだ。


 不死だからこそ、死なない攻撃には耐性がないのだろう。


「つまり、締め技は通用する、ってことね」


 正体はどうあれ、相手は十歳程度の子供の体だ。拘束することは難しくないはず。


 レイが提案した、縛って海に沈めておくのが、一番、現実的な倒し方かもしれない。


「…………」


 イリエが気を緩めなかったのは職業病みたいなものだが、そうでなくとも、相手が諦めたことを疑っていたからだ。

 どこかに潜んでイリエの油断を待っている……、

 充分にあり得るし、ここから先は忍耐勝負でもある。


 しかし、雰囲気から分かった強者がする戦略にしては遠回りな気がするが、イリエの思い込みだったのだろうか。


「実は大したことなかったり……」


 自分を強く見せるだけならば、技術でどうこうできる。

 作ることも可能なのだ――見た目に実力が追いついていないことは多々ある。

 そうであればどれだけ良かっただろう。


 不死であるだけなら脅威にはならない。

 自身を守ることだけに特化しているのだから。

 攻撃に転用できない安心感があるが――もしもの話。


「シンデレラ・オーバー現象は……」


 そこでイリエの言葉が途切れた。


 吐き出した血が、空中に付着する。



 ――ひとりに一つの能力なのか?



 その血は輪郭をなぞるように、空中というキャンパスに絵を浮かび上がらせる。

 ルイという少年の姿を。


 やがて、見えなかった彼の姿が見えてくる――、不死に加えて、透明化……。


 ひとりで、二つの能力を持っている……?

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