その48 お猫様のお食事


 「ただいま戻りました!」

 「お久しぶりです……」

 「おお! 大変だったな、先方にはすでに話をしてあるから安心してくれ二人とも」

 

 あいつが逃げて足が無くなったため、俺は泣き止んだ黛を連れて会社へ連れてきた。入り口で帰る予定だったが、黛と問答を繰り返している内に元同僚に見つかり、部外者にも関わらずルームへ連れてこられたのだ。


 「早くないですか課長?」

 「黛くんから電話を貰った後、すぐに掛け合ったんだよ。少なくとも園田という男は担当を外し、別の女性を寄こしてくれるそうだよ。はっはっは!」

 「……また、何かやったんでしょ?」

 「ぎくう!? そんなことを私がするはずないジャナイカ」


 この様子だと多分何かしら条件をつけたな……俺が印刷会社とトラブった時も課長が何か話をして、次の日から手のひら返しが凄かったし。捨て台詞を吐いていたが、園田は相当やばいことになりそうだ。


 「それよりどうだ、久しぶりに会社に来た感想は?」

 「いや、一か月も経ってないから懐かしいとかは無いですよ? 相変わらずだなあと」

 

 すると、俺の隣に細谷が立ち、肩に手をおいてニヤニヤ笑いながら口を開く。


 「いやいや、俺達は驚いているよー? まさか黛を彼女にしてしまうとは思わなかった」

 「そうそう! ……金髪の女の子はどうなったのかしら?」

 「やめろ龍太……永野さんは何故それを知っているのか……あ、黛か」

 「えへへ! ……ああああ!?」

 

 得意気に笑う黛のこめかみを抑えて分からせてやると、課長が笑いながら口を開く。この人はいつも笑っているが、意外と侮れない男である。


 「いやいや、君たちが付き合うと私は思っていたよ? お父上も亡くなり天涯孤独の身となっただろう? さらに会社を辞めると女性との接触も少なくなる。そうなると黛くんのような積極的な子が行けばその内、とね。まあ、予想より早かったのはその金髪の子達のおかげかな?」

 「課長……」

 「……その子、紹介してくれない?」

 「課長」

 「あいた!? 冗談じゃないか!? いいなあ金髪美女の愛人……」

 「永村に愛人とか器用な真似は難しいと思いますけど」


 課長はやっぱり課長で、他の人も久しぶりな感覚のままだった。まあ、課長も口だけで奥さんが大好きだから、本気で口説いたりはしないわけだが。


 「さて、それじゃ俺は一旦帰るけど、夕飯はどうする?」

 「あ、先輩の家に行っていいですか? お泊りしたいです!」

 「ああ、いいぞ。昼間のことがあるから、終わる時間にまた来る」

 「はーい! さ、そうと決まれば仕事をしましょうかね。課長、ホームセンターの件はほとんど終わりで――」

 「それじゃまたな旦那さん!」

 「やめろ……!?」


 と、周りに囃し立てられながら会社を後にする。ともあれこれで一安心かと、俺は再びホームセンターに寄り、ペットショップへと向かう。

 すっかり遅くなってしまったので子ネコ達が心配だと急いで家へと帰った。


 「みゅー♪」

 「みゃーー!」

 「おうおう、ただいま戻りましたよ、と。さて、ついにお前達もミルクを卒業だ!」


 じゃーんとばかりにキャットフードを取り出す俺!

 もちろん子ネコ用で、チキン、マグロ、お魚混ぜの三種類を用意した。とりあえずこれで反応を見てみようというわけだ。

 

 「さーて、どうかな……?」


 早速開けるとウェットタイプのフレークが出てくる。手のひらに乗せると、コテツが俺の足をカリカリと引っ掻きながら催促の声を上げた。


 「みゅー!」

 「おお! コテツがこんなに元気よく声をあげるとは、匂いだけで結構いけてるのか? ほら」

 「みゅうう♪」


 凄い食いつきだと俺はため息を漏らす。しかしキサラギは少しずつ舐めるだけでガツガツとはいかない。

 ならばと、俺はチキンを開けて差し出してやると……


 「……! みゃあ♪」

 「な、なに!? いつもと鳴き声が違うだと!? ……かわいい……」

 

 いつもシャーっとなるキサラギが文字通り猫なで声を出して俺はほわっとなる。おっと、餌を食べている間は撫でると怒るからそっとしとこう。


 「黛が来るから昼食は軽くでいいか……ん?」


 台所に行くと、勝手口が揺れていることに気づく。俺がちかづくと、外から聞きなれた声がする。


 <ちょっと、いい匂いがするんだからいるんでしょ? 開けて頂戴スミタカ>

 「シュネ? どうしたんだ?」


 勝手口を開けると、シュネがするりと入ってきた。だが、ネーラとフローレの姿はない。


 「ひとりで来たのか、どうしたんだ?」

 <……>


 シュネは俺の言葉には反応せず、鼻を鳴らしながら子ネコ達に近づいていく。


 <……! これだわ……この食べ物、私にもくれない?>

 「お前、まさかこの匂いを感じ取ったのか!?」


 涎を垂らしながらコクリと頷くシュネに呆れと感嘆の気持ちが渦巻くが、まあこいつも猫だしなと思いつつ、もうひとつ出してやる。


 <んま……んま……このミックスが一番美味しいわね……>

 

 結局、みっつそれぞれの味にそれぞれの好みができ、今後の指針ができたのだった。

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