幕間3 コメット王国のメテオリトの自室にて

「あー、メテオお兄様!こちらにいらしたんですのね!」


 ノックもせずに入ってきたのは、メテオリトの妹である、ミーティアだ。

 長い金髪を二つに分けて束ね、瞳は夕焼けか朝焼けを思わせるような色で、「大后」とまで呼ばれていた、亡くなった祖母によく似ていた。

 三人きょうだいの末っ子であり、唯一の女の子であることから、「王家の至宝」と呼ばれるほど、両親からも国民からも愛されている。……、もちろん、兄からも、可愛がられていた。


「……、誰が入っていいと言った」

「メテオお兄様とお話がしたいのに、お部屋の外にいるわけにはいきませんわ」

「オレは、お前とは話したくない」

「な、なんでですの?」


 無邪気に頬を膨らます妹に、溜息が出る。

 蝶よ花よと可愛がられ、王位継承からも外れて責任もない立場の彼女に、ただただ苛立った。


「うるさい。出て行け」

「でも、そういうわけにもいきませんの。お父様もお母様も探していらっしゃって」

「行きたくない。消えろ」


 睨み付けると、ミーティアはぐっと拳を握って睨み返してきた。


「なんですの!辺境の世界の戦士達が倒せないからって、わたくしに当たらないでくださいまし!」

「じゃあさっさとこの部屋から出て行け。顔も見たくない」

「なんですの!」


 妹はしばらく頑張ってこちらを睨み付けていたが、次第に瞳が潤んで、顔がくちゃくちゃになって、うつむいた。


「……、アステルお兄様がいらっしゃればよかったのに」

「いない。兄上は死んだ」

「まだわかりませんわよ!ご遺体は見つかっておられないのですから!」

「……、一時的とは言え、『ブラックホール』をこの世界から退けた。その代償として、跡形もなく消し飛んだんだよ。オレはこの目で見たんだ」

「だから!まだわかりませんわよ!」


 怒りながら泣いて、めちゃくちゃに手で涙を拭う。普段は王家の姫らしく上品で澄ましているが、今の泣き方はとても汚くて子どもらしい。


「きっと、いつか、ひょっこり出ておいでになるわ。アステルお兄様ですもの。きっとそうに違いないのだわ」


 無理矢理涙を拭ってこちらを睨むミーティアを、鼻で笑った。

 本当にそうなら、どれだけいいことか。

 自分なんかよりも、あの辺境の世界を攻めることだって上手くやりそうなものなのに。

 だけど、もう、彼はいない。

 この状況をなんとか出来るのは、自分しかいないのだ。

 なんとしてでも、あの辺境の世界の住人を滅ぼして、征服しなければならない。

 それなのに。


「……、ところで、メテオお兄様。その星型の輪っかは、いったいなんなのですの?」


 手に持っていた菓子――、ドーナツ、とか言ったか――、を、ミーティアは目ざとく指摘してきた。

 だから部屋に入られるのは嫌だったのだ。本当は食べずに始末してしまおうかと思ったが、王家の人間として染み付いた精神が、そういう下賎な真似を赦さない。


「………………、菓子だ」

「お菓子、ですの?もしかして、あの、辺境の世界の?」

「……………………、そうだよ」


 あぁ、最悪だ。

 先程まで顔をぐちゃぐちゃにして泣きそうになっていた妹が、今度はゴミを見るような目でこちらを見てくる。


「お兄様、なぜそんなものを……」

「うるさい。欲しけりゃやる。というか食え」


 近付いて、よく見ようとしてきた妹の口に、無理矢理ドーナツを突っ込んだ。

 妹は目を白黒させていたが、すぐに観念して、両手でドーナツを持ち、ちまちまと上品にちぎって食べ始める。


「でも……、これ、おいしいですわね……?支配した民からの貢ぎ物ですか?」

「はぁ?ちげぇよ」

「では、どなたから?」

「…………」


 しまった、と後悔した時にはもう遅い。

 テキトーにミーティアの話に合わせていればよかったものを、マジカル・ポラリスの顔が脳裏にちらついて、馬鹿正直に否定してしまった。


「お兄様……?」

「いいから、もう一個食っとけ。オレ一人では食べ切れない」

「いったい、なんなのですの……?」


 怪訝そうな視線から目を逸らして、残ったドーナツを食べる。

 ふんわりサクサクとした生地に、甘いものが乗っていた。

 なかなか素朴で美味しい。……、美味しかった。

 普段はうるさいぐらい、こちらの都合も考えずに好意を押し付けてくる奴なのに、そんな奴が持ってきた菓子の味は、そこまでしつこくはなかった。


「……、お兄様ぁ。さては」


 ドーナツを食べ終わった直後。

 怪訝そうな視線が、表情が、じっと近付いてくる。


「これ、辺境の世界の女にもらったお菓子ですの……?」

「は、はぁ!?」

「この前、お父様とお母様とお話しているところを聞いてしまったんですの。『マジカル・ステラ』とかいう戦士は、田舎娘達の集まり、とか仰っていましたわよねぇ……?」


 ぐいぐいと近付いてくる。

 面倒なので、座っている椅子を回して妹に背中を向けた。

 だから嫌なのだ。この妹は。

 いかにもお姫様な外見に反して、じっと大人しくままごとをしている性分ではない。

 勝手に部屋を抜け出して城内を探索していることなどしょっちゅうで、よく姿が見えなくなる。酷い時は、使用人まで巻き込んで探し回ったこともある。

 いつ、どこで、何を聞いているのかわかったものではない。

 おまけに、勘もそこそこ鋭い。


「だから、ですの?そんな女にたぶらかされているから、お兄様は未だに辺境の世界を攻略出来ないでいるんですの?」

「……、誑かされてなんかいない。一方的に好意を寄せられているだけだ」

「しっかりなさってくださいまし。あの世界の住人を滅ぼさなければ、この世界の民達は、皆滅びてしまいますのよ?」

「わかっている……」


  ――、知ってる。メテオくんにはメテオくんの守りたいものがあって、背負っているものがあるんでしょ。

 ――、これからも、何度だって、この世界を潰しに来ればいいよ。

 ――、私は、メテオくんに会えて、とっても嬉しかった。大好きだよ。


 脳裏を過ぎるのは、彼女の言葉。

 初めて会った時からまっすぐに伝えてくれる、好意の言葉。

 最初はただの魅了や誘惑かと思った。だけど、それだったら、サイヤクダーに潰されそうになった時に見捨てていたはずだ。

 どうして彼女があんな態度を自分に取るのかは、わからない。

 だけど、彼女の行動は、最初から一貫して――。


「お兄様がダメなら、わたくしが行きます」


 固く毅然とした声が、背後から聞こえた。

 

「は、はぁ!?」


 振り向くと、頬をむくれさせた妹がいた。


「わたくしだって、皆から守られてばかりではいられませんもの。それに」


 ミーティアは、鼻息を荒くして、拳を握り締め、どんどんと床を足で鳴らして、姫君にあるまじき顔付きで叫ぶ。


「わたくし達の大切なお兄様に!そんな風にコナかけてくる田舎女なんて!絶対に許せませんわ!」


 ……、この妹は。

 メテオリトよりも五つぐらい歳下だった筈だが、先程から「たぶらかされる」だの「コナかけてくる」だの、そんな言葉をどこで覚えてきたのだろう。


「……、馬鹿。お前には無理だ。ただでさえ魔力が充分に育っていないお前に、何が出来るんだよ」

「でも、わたくしだって戦えますわよ!お兄様みたいな躊躇いはありませんわ!」

「お前はこの城から出たことないだろう。『ブラックホール』が蔓延る戦場にも、出たことがないだろう」


 事実を突き付けてやると、先程の決然とした表情はどこへやら。

 ミーティアはふるふると震え、また泣きそうになっていた。


「そんな泣き虫じゃ、辺境だろうが曲がりなりにもひとつの世界を滅ぼすなんて、絶対無理だ」

「無理じゃないですわ!せめて、次からはわたくしも一緒に連れて行ってくださいまし!」

「無理だ。お前はこの城の中で大人しくしていろ」


 ……、今日は、いつになく強気だ。

 ミーティアは、ずっと皆から守られて、少々過保護すぎるほど大切に育てられてきた。だから、気は強く、多少お転婆なところがあろうとも、最終的にはいつも大人に言いくるめられ、その通りに行動しているような妹なのに。

 まぁ、そんなことは、どうでもいい。

 所詮、この妹には、何も出来やしないのだから。


「それに、オレはすぐ出るからな。父上と母上には会わない」


 さっさとワープホールを出し、あの世界へと座標を設定する。

 ここに戻ってきたのは、あくまで、少しの休息の為である。

 ……、決して、少しあの世界と距離を置いて、心を落ち着けたかったから、とかではない。決して。断じて。


「も、もう行っちゃうんですの……!?」

「あぁ。お前の言う通り、さっさとあの世界の住民達を滅ぼさないといけないからな」


 涙目で見てくるミーティアから背を向けて、ワープホールに足を踏み入れた。

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