第4話 守りしもの
渡辺亜子が立ち上がった。
〈お前は何者だ! 自分はこの生徒を手助けしているだけだ。何が悪い〉
(違う! あなたは、その子を従わせたいだけよ)
渡辺亜子が、藻掻き苦しむように身体をよじらせ、自分が今まで腰かけていた椅子を慧理に向かって投げた。
辛うじて椅子を
ただの一教師に過ぎない慧理に出来る事は1つだけ。教師になると決めた時、慧理は心に誓ったのだ。慧理自身は残念ながら信頼できる教師には出会えなかった。だからこそ、自分が出会いたかった教師になる。何があっても生徒を愛し、信じ、守ると。
(渡辺亜子さん、あなたを守りたい!)
慧理は、不動明王の真言を唱え、渡辺亜子に歩み寄った。
〈来るな! こっちに来るな!〉
机を持ち上げようとした渡辺亜子に手を伸ばし、慧理は横から抱きしめた。
(光よ。渡辺亜子さんを守って。そして、亜子さん、自分自身を信じて。私はあなたを信じるから。そして、亜子さんに憑いたモノよ、どうか出て行って。あなたの居るべき場所に帰って!)
服の中に隠されていたはずの水晶のネックレスが、意志あるかのように襟元から飛び出した。目も
〈ぐぎゃあああああああああー!〉
黒い影は消え、教室は元の静けさを取り戻した。
「亜子さん、大丈夫?」
「あれ? あたし、どうして椅子を倒したりして」
「睡眠不足で寝ぼけたのかしらね? さあ、皆さんも、テストの残り時間はあと25分よ。最後までしっかり取り組んでね」
教室には、テストに真剣に取り組むペンの音とプリントの擦れる音が静かに響いた。
後日。
「結局、渡辺亜子のカンニング疑惑はどうなったんですか?」
「もしかしたら、カンニングじゃなくて本当に偶然だったのかも……」
慧理の質問に、渡辺亜子の担任であるA教諭は答えた。
「なんだか彼女、急に明るさを取り戻して、まあ成績は相変わらずだけど、カンニングなんかするような感じじゃなかった」
「そうですか。良かったですね。ところで、七不思議って言うからには、他にも6つあるんですか?」
「1つは屋上扉の鍵の話ね。屋上から投身自殺をした生徒が居て、屋上への出入りが禁止されて施錠してあるらしいんだけど、なぜか土曜日の放課後に……」
「ストップ! 怖い話はもうそこまでよ」
横合いから、2年1組副担任のB教諭が止める。
不思議な事に、あれほど悩まされた金縛りや霊にまつわる体験は、次の赴任地に行った途端に無くなった。天孫降臨の地として知られる土地であったから、神様が浄化してくれたのに違いないと慧理は思っている。
ただ、慧理の霊感が失われたわけではなく、寧ろ強くなったと思われる。その話はまたの機会に。
(了)
県立合馬ヶ原高等学校の怪事件(完全版) 宵野暁未 Akimi Shouno @natuha
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