5-1

 翌日の昼休み。お昼を急いで済ませた私は、約束通り二年七組の教室前へ来ていた。

 ちょうどタイミング良く現れた倉科先輩と合流し、目的の二人を訪ねる。

 協力願いと称して時間をもらい、静かに話せる場所へ移動した。

 不思議そうにしつつも、彼らは大人しくついてきてくれる。

 適当な場所を探していた倉科先輩が、ふいに立ち止まった。

「とりあえずは、ここでいいかな」

 教室の喧騒から離れたC棟への渡り廊下。人通りもなく、しんとしている。

 しかし教室からは、さほど離れていない。本当にこんなところで良いのだろうか。

「話って何っすか?」

 二年の先輩が窺うように倉科先輩へ話し掛ける。笑顔が引きつっているのを見て、同情した。

「ああ、貴重な昼休みに時間を割いてもらってすまないね。手短に済ませるから、安心してもらいたい」

「は、はあ……」

「連休明けのことを教えてもらいたくてね。早々、風紀委員に見つかるとは災難だったね」

「ああ、あの時のことっすか」

 ばつが悪そうに頭の後ろをぽりぽりと掻く二年の先輩。

 それにしても倉科先輩は災難と言っていたが、風紀委員に先を越されていなければ二人を捕まえていたのは私たちだ。

 猪俣先輩たちが駆けつけなくとも、どのみち彼らにとって結末は同じに過ぎない。

 だというのに、まるで彼らと自身は立場が同等と言わんばかりの言葉をさらりといつもの笑顔を浮かべながら言ってのける先輩が、胡散臭く見えてきた。

「よく、ああいうことを?」

「え、あ、いや……」

 きょろきょろと視線を彷徨わせ、乾いた笑みを浮かべている二人。

 倉科先輩は変わらぬ笑みを浮かべて、甘言を口にした。

「いろいろなものに興味を持つことは素晴らしい。様々な経験を積むことは、人生を豊かにしてくれるものだと僕は思っている。おまけに人から禁止されていることほど好奇心が擽られるというものだよね。ちょっとした出来心だったのだろう?」

「そ、そうなんすよ。親が吸ってるの見て、興味があって。な?」

「そ、そうそう」

 あははははと顔を見合わせながら乾いた笑みを浮かべる二人。絶対嘘だ。目が泳いでいる。

 呆れながら隣を見れば、倉科先輩はそんな二人に気付かれないよう、そっと口端を吊り上げていた。

 刹那いつもの表情に戻っていたけれど、先程のそれはとても悪い顔だった。

「そういうこともある。とはいえ成長期であることは違いないのだから、将来のことを思うのならばやめておいた方が良い。思考力や集中力が低下してしまう上に、酸欠状態に陥りやすくなるため運動能力も落ちる。肌も荒れてしまうしと、良いことは何もない。君たちが運動も勉強もできない上に見た目もよろしくない状態になりたいというのならば、これ以上は何も言わないよ」

「…………、これからは、やめておきます」

「それが良い。しかしこの学園内の、ましてや高等部エリアで喫煙をするというのは間違いだったのではないかい? 実際風紀委員に見つかってしまっているし、僕たちとて現場に遭遇すれば掃除を実行せざるを得ないのだから」

「いやあ、あの時間ならあそこの、D棟のトイレなら大丈夫って聞いたんすよ」

「実際、前の時は見つからなかったもんな」

「ああ。連休前の時な。金曜だっけ」

 二年の先輩が互いに頷いている。さらりと前の時とか言っているけど、やっぱり常習犯じゃないか。

 しかし、先輩はその部分に触れることはしないらしい。

 それよりもと、やや前のめりで二人に質問をしていた。

「聞いた? それは、誰にだい?」

「え……誰だっけ?」

「さあ……」

 考え込む二人に、今度は私と倉科先輩が顔を見合わせることになった。

 話の内容にばかり気を取られて、肝心の相手を忘れてしまったということだろうか。

「思い出した。誰かが話してるのを聞いたんだよ」

「あ、それだ」

「誰かが?」

 倉科先輩が尋ねる。目の前の二人は、当時の状況を話してくれた。

「D棟に行く渡り廊下だったよな」

「そうそう。歩いてたら、聞こえてきたんすよ。『昼休みのD棟のトイレは監視が甘い』って。声だけ聞こえてきたんで、顔は見てないんすよね」

「声のする方に行ったら、もう誰もいなくて」

「なるほど、そのようなことが……ちなみにその声は『男』だったかな?」

 倉科先輩の問いに、二人は同時に頷いた。

 顔はわからないが、どうやら声の主は男らしい。

「男っつーか、男子だな」

「ああ。生徒だって思ったもんな」

「ふむ。では、男子生徒ということだね」

 一つ頷いて、倉科先輩はその顔にいつもの笑みを浮かべた。

「最後に一つ、良いかな? 君たち、アプリゲームはするかい?」

「ゲームっすか? 動画を見たりはするけど、ゲームはあんまり……お前は?」

「んー、いろいろダウンロードするけど、結局続かずにすぐやめるなあ……」

「そうかい。いろいろと聞かせてくれてありがとう。協力、感謝するよ」

「ああ、いえ……倉科先輩のお役に立てたなら、良かったっす」

 乾いた笑みを張り付けて、先輩たちはぺこぺこと頭を下げながら教室へと戻っていった。

「結局、誰かがおかしな噂を流したことしかわからなかったですね」

 二年の先輩たちを見送りながら、肩を落とす。

 しかし隣からは明るい声がした。

「いや、いろいろとわかったよ」

「いろいろですか?」

「悪魔の囁きは、とある男子生徒の仕業だ……僕たちは、挑戦状を送りつけられている」

「挑戦状?」

「監視が甘くなる……そんな場所があると言われているのだよ? これは、美化委員への反抗だ。もしかすると、内部に反逆者がいるのかもしれないね」

 反逆者? 美化委員内に、そんな人が?

「偶然、見回った後に彼らが喫煙をしていたのか……それとも、あえて見なかったのか……いずれにせよ、話を聞きに行こうか」

「聞く? 誰にですか?」

「金曜日の担当チームだよ」

 さらりと言って、倉科先輩はA棟に向かって歩き出す。

 私は慌てて彼の後を追うように駆けた。

「金曜の担当チームですか?」

「おや、もしかして聞き逃してしまったのかい? 彼らは連休前の金曜日、誰にも見つからずに喫煙を成功させたと言っていた」

「そういえば、そんなことを……もしかして、そのチームが反逆を?」

「いや、全員とは考えにくい。ちなみにだがハトちゃん、金曜日の担当メンバーを覚えているかい?」

 金曜日……確か、他の曜日よりも生徒たちが浮かれるために掃除の件数が通常よりも増加するから、人数の多いチームにお願いしようということになったはずだ。

 一年生が多いけれど、そこは私と倉科先輩ペアがヘルプに入るから大丈夫だろうということになり、彼らに決まった。

「一年生の多い、六人のチーム……」

「そう。鮫島くん率いる、一年生が三人、二年生が二人、三年生が一人の六人チームだね」

 チームリーダーになった三年の鮫島先輩は、もしも倉科先輩や神代先輩が美化委員に所属していなければ委員長に指名されていただろうという、リーダーに相応しい印象を受ける好青年だ。

 実際に五人いるチームリーダーのまとめ役でもある。

 パートナーやチームの案が決定された際、積極的に発言したり質問をしたりしていた人。

 そんな彼の率いるチームが反逆だなんて、到底信じられなかった。

「ハトちゃん。チームは協力もそうだが、互いの監視役も担っている。そのような状況で全員に反逆の話などするだろうか」

「あ……確かに後で密告されたりする恐れもありますね」

「そう。そのため全員ではなく、おそらく一人か二人であろうと推測するよ。一人で動いているか、もしくはパートナーの同意を得られたか……もしそうではなく単に見回りを怠ってしまっただけなのだとしたら、それはそれで職務怠慢。注意が必要だね」

 どちらにせよ、話を聞く必要があるということらしい。

 早速チームリーダーの元へ行くと思っていた私だったが、倉科先輩はそのまま二年生の教室へ向かっていった。

「二年生からですか?」

「ああ。ちょうど二年生の階にいることだしね。二人を訪問したら、次は一年生を訪ねようと思う」

「リーダーの、鮫島先輩のところから行くものと思っていました」

「彼は最後にするよ」

「はあ……わかりました」

 この順で回ることにも意味があるのだろうか。

 チームの誰かが反逆者……もしその説が本当ならば、今から会う人たちの中に該当者がいることになる。

 もしそうでなくとも、厳重注意。鮫島先輩には、報告あるいは注意がされるのだろう。

 だから最後にしたのかもしれないと思った。

「そういえば、伝え忘れていたね。スズメくんからの報告だ」

「もしかして、アプリのことですか?」

「ああ、睨んだ通りだったよ。彼らは全員、くだんのアプリゲームをインストールしていたヘビーユーザーだ」

「じゃあ、やっぱりゲームをするために……でも、先程のお二人はゲームをあまりしないと言っていましたね」

 ゲームがこの学校の生徒内で爆発的に流行っているのは偶然だったのだろうか。

 最初の患者に話を聞けば、何かがわかるかもしれないと思っていたのに……。

「そうだね。もしかしたら鍵を握っているのは、悪魔の方かもしれない」

「悪魔……」

 悪魔の囁きという噂を流した反逆者。

 その人物が、ゲームのことも知っているということなのだろうか?

「さて、と……あまり時間も残っていないね。どこまで回れるだろうか。ハトちゃん、次の授業は教室かい? 移動であれば、早めに打ち切らねばならないからね」

「いえ、教室なので問題ありません。次に一年の三人を回るなら、教室はすぐそこになりますし、大丈夫かと」

「それもそうだね。では行こうか」

「はい」

 そうして私たちは、昼休みの時間を目一杯使って、二年生の先輩二人と、一年生の三人を順に回っていった。

 最後に訪ねた一年生は、雉野くんだった。彼との話の最中で時間となってしまったために、話半分で終わってしまった。

「タイムリミットがきてしまったね。雉野くん、放課後に改めて時間を貰えるかい?」

「わかりました。オレでわかることであれば、何でも答えますよ」

「感謝するよ。ではハトちゃん、また放課後に。鮫島くんには、アポを取っておくよ」

「はい、よろしくお願いします」

 倉科先輩を見送って、私も雉野くんにお礼を言ってから四組の教室を出る。

 隣にある自身のクラスに戻ると、まだ志鶴は戻っていなかった。

 きっと、ここ数日のようにギリギリで姿を現すに違いない。

 幼なじみのことを心配しつつも、私は次の授業の教科書とノートを用意しようと机の中をごそごそ漁っていた。

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