4-2

「へえ、狸塚先輩にそんな才能が……」

 公園に向かいながら、倉科先輩と並んで歩く。

 その間、先程話題に上がった能力や可能性の話になった。

「文化祭の時はスターだったね」

「私も見てみたかったです」

 昨年の文化祭。倉科先輩のクラスは、お化け屋敷をしたそうだ。

 その際、小道具係だった狸塚先輩の作り出す小物がリアルだと、クラス内で評判になったらしい。

 骸骨やお札など、ディテールに至るまで精巧に作られていたために、もしかしたらメイクも上手いのでは? と誰かが言い出した。

 謙遜しながらも断ることができなかった彼女は、周りに言われるがままお化け役の子の腕に傷メイクを施した。

 それがまるで本物の痛々しい傷に見えたために、彼女はメイク役に抜擢され、文化祭は大成功に終わったそうだ。

「メイクなど、普段したことはなかったと言っていた」

「それなのに……いつどこで才能が開花するか、わからないものですね」

「そうだね。何事も挑戦してみることが、新たな自身を知るきっかけになると僕は思っているよ」

 三年生の文化祭は、基本的にステージを使う時間を与えられる。そのため、舞台劇を行うクラスがほとんどだ。

 今年もきっと、狸塚先輩はキャストのメイクを担当するのだろう。

 そう思うと、今から楽しみだった。

「さて、着いたね」

「ここが、例の公園……」

 閑静な住宅街の一角に設けられた公園。その入り口に、私たちは立っていた。

 駅から歩いて、十分も経っていないだろう。さほど広くもないが、中では小学生だろうか、子どもたちが遊んでいた。

 五分の二ほどの大きさに滑り台や砂場があり、残りのスペースは広く空いている。

 バトミントンやキャッチボールくらいならば、余裕でできるだろう。

 横には通路があり、駅までの道と住宅街への道とをそれぞれ繋いでいた。

「角を折れたら消えたと言っていた……この辺りのことだろうか」

「帰り道だったらしいので、きっとそうですよね」

 駅を背に歩いてきたはずの狐崎会長。同じ視点に立って、公園を見る。

 住宅街への道へ繋がる通路を歩いて行くと、一度角を折れる形になる。

 おそらくこの通路を、ドッペルゲンガーは歩いて行ったのだ。

 そうして追いかけていくと、一本道だというのにその姿は忽然と消えていた。

 たとえそっくりな人間がいたとして、こうも都合良く消えられると、それだけでオカルト味が増すというものだろう。

「ふむ……かくれんぼが上手いのかもしれないね、ドッペルゲンガーは」

「かくれんぼ、ですか?」

 生徒会長の足取りを辿って角を折れた倉科先輩が、何やら含みのある笑みを浮かべている。

 割といつもの笑みと変わらない気もするが、言葉にからかいの色が滲んでいた。

「通路ではないが、人が一人通ることのできる隙間があるよ」

「本当だ。ここから出入りしたら、ショートカットできますね」

 開けたスペースの一角。ベンチが端に並ぶそこに、歩道と繋がっている場所がある。

 花壇があるものの、幼い子どもでもない限り、軽々と跨ぐことはできるだろう。

「じゃあ、消えたのって……」

「ここから入り、身を隠したのかもしれない。しかし、本当にパッと消えたのかもしれない」

「……まだ、何とも言えないってことですね」

「そういうことだね」

 しかし、超常現象と片付けるのも時期尚早と言える。

 人間説か、超常現象説か。

 まだどちらかに決めることは、できそうもなかった。

「おや、フクロウちゃんだ」

「本当だ。じゃあこの自転車、神代先輩の物ってことですね」

 ちょうど私が立っていたスペースの、その隣に自転車が一台停められていた。

 やっぱりよく見る普通の自転車だ。これがあの猛スピードを出して走っていたなんて……。

 神代先輩の脚力に言葉を失っていると、彼女がこちらへ戻ってきた。

 その顔は刹那「げっ」という言葉とともに、歪められる。

「性懲りもなく来たのか……暇だね、お二人さん」

「おや、そう見えるかい? フクロウちゃん」

「その名で呼ぶなって言ってるだろ。ったく……」

「何だかご機嫌斜めだね。収穫はなかったのかな?」

 むくれる神代先輩に少し不思議そうに問いかけて、倉科先輩は首を傾げていた。

 言葉を受けた先輩はポニーテールを揺らしながら、自転車に手を掛ける。

「どうも雲行きが怪しい」

「え?」

「あたしは、この件を降りることにする。じゃあね」

 颯爽と後ろ手を振りながら去って行く神代先輩。

 片手運転なのに、あのふらつきのなさ……さすがです。

 じゃなくて!

「行ってしまったね」

「先輩、突然どうしてしまわれたんでしょうか」

 雲行きが怪しいって言っていたけれど……。

 ちらりと見上げた空は、清々しいまでに晴れ渡っていた。

「何か掴んだのかもしれないね。フクロウちゃんの『お友達』が手がかりを教えてくれたのかも。そうしてそれは、彼女の望む結果ではなかった」

 その「お友達」って、やっぱり人間じゃない何か?

 神代先輩は見える人だって聞いていたけど、こうも匂わされるとドキドキしてくる。

 しかし、望む結果ではないってことは……。

「もしかして、ドッペルゲンガーは存在しない?」

「あのフクロウちゃんが降りたのだから、そういうことなのだろうね。これは、超常現象ではないドッペルゲンガーの仕業だ」

 超常現象ではないドッペルゲンガー?

 ということは……。

「目撃されたのは、人間?」

「そう……説明のできないものではないということだ」

「じゃ、じゃあ、この近くに住んでいるだけの、ただのそっくりな人がいるということですか?」

「それはどうだろうか」

 にやりと口元を歪ませる倉科先輩。

 どうかなって……他に、いったいどんな可能性があるというの?

「え?」

 戸惑いながらもふいに顔を上げた、その時だった。

 がさっという音と共に、一人の女生徒と目が合った。かと思いきや、垣根にカバンがぶつかるのも気に留めずに、背を向けて彼女は走っていく。

 同じ学園の制服を着ている人だ。こちらを窺うように見ていた。

「あれは……」

「ハトちゃん?」

 ダッと追うように駆け出す。

 しかし、私にはこの辺りの地理が頭にない。駅周辺ならともかく、こんな住宅街に来ることがないからだ。

 そのせいもあるのだろう。あっという間に私は彼女に撒かれてしまい、姿を見失ってしまった。

「は、ハトちゃん……突然、どうしたのかな?」

 後ろから、息を切らせた倉科先輩が追いついてくる。

 この人、本当に体力ないんだな……。

「さっき、誰かが私たちのことを見ていたんです。目が合った途端、逃げたので気になって……」

「顔を見たということかい?」

「それが、遠くてぼんやりとしか……同じ制服を着ていたのは、間違いないです。女子でした」

「学園の生徒か……何かを知っているとみて、良いかもしれないね」

「やっぱりそうですよね……ああ、せっかくの手がかりだったかもしれないのに、逃がしてしまうなんて……」

 関係ない人ならば、逃げないはずだ。だったらあの人は、きっと何かを知っているのだろう。

「でもあの背中……どこかで見たような気がするんですよね」

 誰だっただろうか……思い出せずにもやもやする。

「制服を着ていたのなら、それだけで知っている誰かではないかと錯覚してしまうのかもしれないね」

「そうかもしれませんね……」

 言いながら二人で公園へと戻ってきた。入り口のところの垣根。ここで怪しい彼女が私たちを見ていた。

 その場に立ち、先程まで私たちがいた場所へ目を向ける。

 ここからでは、きっと彼女は私たちの顔など判別できなかっただろう。

 しかし、隣のこの人は違う。顔など見えなくとも誰だかわかるというものだ。

 何せ、制服の上に白衣を着ているのだから。

 そんな人物、倉科先輩以外にはいない。

 であれば、向こうには私たちが誰なのかがわかっていたことになる。

 その上で逃げたなんて……。

「あれ? これは……」

「どうかしたのかい?」

「ここに落ちていました」

 足元で転がっていた、キーホルダーを手に取る。

 それは、ブーメランの形をした物だった。

 ここに到着した時は見なかった。もしかして、これ……。

「さっきの人が落とした物じゃ……」

 カバンが垣根にぶつかっていたのを、確かに見た。がさりと大きな音がしていたのだ。間違いない。

 であれば、可能性は大いにあるかもしれない。

「このキーホルダーを持っている学園の女生徒、か……」

 思案顔の倉科先輩が纏う雰囲気は、どこかいつもと違って真剣で。

 私は、そんな彼へと声を掛けることがどうしてだか憚られて、できなかった。

 いつの間にか、公園で遊んでいた子どもたちはいなくなっていて。

 夕日が影を伸ばす中、私は木々を揺らす風の音を、ただ静かに聞いていた。

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