第19話 魔王はキレながらご挨拶申し上げた

 シャノンはそれから、ファルパレス侯爵邸に戻るように言われて馬車に乗った。

 正直戻してもらわなくてよかったのに、と内心唇を尖らせる。


 すぐに、魔王アルノーがくる。

 そうしたら、アルノーに迷惑をかけた憎たらしい第一王子が処分されるはずだ。


 シャノンは自分が人間で居続けても構わないし、万が一【魔王を母国に連れてきた】ことを罪として処刑されてもいいと思っていた。だって、あの方にお願いしたのだ。

 何になるかわからなくてもいいから、命が尽きる時にあの国に連れ戻してください、と。


 そう考えながら、懐かしいかもしれないファルパレス侯爵邸の門をくぐって、進むうちに思う。

 いつの間にか少々、いや、結構趣味が悪くなったかもしれない。なんだこのけばけばしいピンクのエントランス。


「シャノンお嬢様!」


 エントランスに入ると、そうやって執事が飛んできた。家の者の中で、シャノンを気遣ってくれた数少ない一人だった。


「ただいま、ジャン」

「よくぞご無事で…!」


 ・ ・ ・


 そう、シャノンが屋敷で感動の再会をしている頃。

 オプノーティスが誇る謁見の間は阿鼻叫喚に包まれていた。


 王とその息子の目の前には、かつて聖教国での祭事で確かに見かけた顔があった。

 そう、かつて慈悲の枢機卿だの、知恵の勇者だのと呼ばれていたアルノー・ル・ペルソナ本人である。

 そしてそのそばには、兜と全身鎧のせいで顔が見えない大角の武人が立っていた。


「さて、改めてご挨拶申し上げる。俺が当代の魔王、【悪夢王】ペルソナこと、アルノー・ル・ペルソナだ」

「よ、ようこそ…我はベルンガディ・フィン・オプノーティスである」

 そう、ひきつった挨拶をするオプノーティス王に苦笑をくれてやる。

「ああ、こちらに立っている鎧の大男は、そちらの王国の元将軍だ」

「はっ!?」

 視線が隣の全身鎧に向いているのに気づいて補足する。

 バルバトス、バルバトスとうるさかったと、シャノンの帰還を見守っていたパラノイアが言っていたので連れてきたのだが。まあその甲斐はあっただろうか?

「…陛下、ご無沙汰しております」

 目元だけが露出した兜の中からくぐもった声が聞こえると、オプノーティス王はいきなり滂沱の涙を流した。


「そ、そなたが帰ってこないことに…みな嘆きの声を上げていたのだ…」


 目の前の鎧男が求めてやまないバルバトスだと理解したのか、王とは思えないほどの涙を流し続ける壮年期の男性を見てアルノーは肩をすくめる。


「顔全体を見せて差し上げたいのはやまやまなんだが、この角があるのと、彼の人間としての死因が頭部が離れたことに起因するせいでな。鎧を脱ぐとなかなか衝撃的な絵面になる。ということでこの姿で勘弁してもらいたい」

「…そうか、それは仕方ない」

 うんうん、と頷いたオプノーティス王は、盟友であった将軍の姿を見て緊張が抜けたのか、恐怖感が抜けたのか。アルノーの前でも自然体のように見えた。


「さて、オプノーティス王には申し訳ないが、こちらはこちらでアルガンド第一王子に用がある」


 その言葉に、隣に立っていながら恐慌を隠せなかったアルガンドが大きく体を揺らした。


「よくもまあ、破ったな。神聖誓約を」


 アルガンドの目の前にいる、魔王と名乗る青年の銀髪が風もないのに煽られる。

 煽られて波を打った毛先から、どんどん黒く髪が染まる。

 青かったその目は、今や赤く染まって爛々と鋭い光を湛えて。

 アルガンド一人の命を狙い定めるように、アルノーは彼を見ていた。


「そ、それは」

「シャノン嬢が悪役令嬢だとか、悪辣だとか、冷徹だとか。まあ、妄想甚だしいことだな?あのが笑えないのは王族がその表情一つで勘違いされるからだ。泣けないのは涙一つで自分を含め、針のむしろをどこに生み出すかわからないからだ。怒れないのは、それだけで誰かの首が飛ぶからだ。そう教育された、国のための淑女が感情を表に出せるわけがないだろう」

「う…」

「それとも何か?お前は…ああ、彼女の義妹を妻にしたいがあまり、書類を偽装するような男だったな。しかも謁見の間で行われる国政の話し合いに感情を持ち込む愚か者。これが後継か、オプノーティスは不安でしかないな」

 やれやれとわざとらしく肩をすくめ、首を振って見せるアルノーに、アルガンドも負けじと噛みつく。

「人の国の王族でもないくせに、よくもまあそのような妄言を吐くものだ。魔族というのは大言壮語ばかりの卑怯者だろうが」

「…ほう?」

 噛みつかれた側だというのに、嫣然と笑う魔王に、アルガンドは歯ぎしりする。

「お前は何も知らないんだな?なぜ【死んだと報告されている】枢機卿がこのようにお前の目の前に立っていると、【帰ってこない】と報告された将軍がここにいると思っている?」

「それは…か、影武者でも立てたのだろう!?」

「影武者ァ?ハ、顔だけしか似ていない有象無象を俺の名代に立てていたのなら、今頃ここは焼け野原だ。歴代の魔王は【魔王征伐を行った勇者】だからな。実力が半端なだけの見目だけ整ったやつが行けば、ただの挽肉にしか過ぎん」

 なぁ?と問われて、バルバトスがうなずく。

「最初の魔王以外は、すべて【魔王をしいして法力を失い死んだ勇者】ということを頭に入れておけ。少なくとも、王はみな魔族が暮らす地で死ねば魔族になる、ということまでは知っているはずだが」

 目線だけで問われたオプノーティス王もうなずく。

「は、父上までご存じだったと…?」

「当然だろう。お前にも教えたはずだが」

 バッサリと断じられて、アルガンドが愕然とする。


「お前の婚約者だという女が恐ろしくてたまらないね。王位継承者を一人、こんなにも腑抜けにできるのだから」

 肩をすくめて、またもややれやれとため息をこぼすアルノーに、青い顔をしたアルガンドが目線を向けた。


「王族でもないのにと言ったな。これでも俺は聖教国における国家統治者の一人、枢機卿だったんだが?」

「ぐっ…」

「大言壮語ばかりの卑怯者?なればお前も戦場に行き、魔王と対峙するか?」

「なっ」

「お前が対峙する魔王はこの俺、人には【最悪の魔族】ともいわれる【悪夢ナイトメア】の魔王だが。ああ、もちろん本気は出すぞ。そこまで言うんだから、聖教国最強と名高い聖騎士団長も務めさせてもらった俺と戦って、お前は生きて帰れるんだろうから、な」

 くすくすと笑うアルノーの足元で、豪奢な大理石製の床が割れる。

 そのやり取りを見ながら、バルバトスは思った。

 ―この魔王、上品に笑っちゃいるがキレてるな、と。

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