かつて侯爵令嬢だった彼女から捧げる

第14.5話 ある令嬢の恋心

 かつては、父の勝手な行動でした。


 ―テロフォス教の聖職者は、妻帯を禁止されてはいません。

 20代の前半で枢機卿になった若き実力者。私の国であれば、とっくに上級貴族に食い込んでいるような麗しき才人。

 そんな人がいれば、娘を嫁がせて影響力を持ちたい、と考えるのは貴族の常でしょう。


 父の打診の回答はすぐにきました。


「俺の目的のために、お断りする」


 簡潔な回答。夢も持たせない、取り付く島もないそれに、父が膝をついていたのを覚えています。

 そのあと、私宛にかの方から手紙がきました。


―俺にはたくさんの試練が課されます。

 そんな俺の妻として生きていたら、貴女はすぐ儚くなってしまうかもしれない。

 貴女のことをよく知らない今、貴女にそんな無理はさせられません。

 それに、俺には目的があるから、余計に貴女を顧みることはできない。

 だから、貴女の父上からの打診を断りました。

 申し訳ない。

 この通り、俺は貴女に失礼なことをする男で、

 貴女は、貴女を真に愛してくれる人に愛されるべき女性だから―


 こちらも美辞麗句で飾られない断りの文句でした。

 それでも、不思議と怒りは湧いてこなかったのです。


 そして、アルガンド王子との婚約が整えられた後、私は義妹フィーネに人生を奪われました。


 何て皮肉でしょう。

 その後追放されたかの魔神領で、かつて私との婚約を断ったあの方に会えたのです。

 その時にはあの方は人ではなく、変質したあとではありましたが。それでもあの方はあの方でした。


 半月という短い間ではありましたが、あの方と時折お茶を嗜んだり、会話したり。あの方を知る機会には事欠きませんでした。


 だって、私は人。法力素がない魔神領に居ればすぐ儚くなる存在です。

 あの方は魔素の発生源になってはしまったけれど、そんな私を案じて執務で忙しくないときは顔を出してくださいましたから。


 最初の打診や、王子との婚約で育まれなかった私の恋心は、

 この半月ですっかり花開いてしまったのです。


 だからきっと、きっと。

 イリーナ様に教えてもらった、秘術で。


 私はアルノー様の傍に侍られるように、力をつけて。


 ――――あの国で死ぬのです。

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