プロローグ 不思議な少女との出会い
第1話 不思議な少女
ガウス。俺は自分をこう名乗っている。
この世界は俗に言う異世界である。それ故に「時雨 陽介」だなんて名乗る訳にはいかなかったのだ。
この世界に来たのは今から五年前だ。ピアノコンクールの日の帰り、車に轢かれて死んで、それからドロシアとかいう天使に会った。
彼女は
「転生して魔王を倒したら、生き返らせてあげる」
というテンプレを俺に言い、俺で異世界に送られる勇者は丁度五十人だったらしく、記念に魔法の杖を貰った。死んだのに祝われる複雑さをあの天使は理解出来なかったのだろうかと、今になって腹が立つことがある。
さて、いざ異世界に来たら肝心の魔王がいない事を知った。今から六年前に魔王の幹部は全て倒されたが、当人の魔王が逃げたらしい。お陰様で俺は成人してもこの異世界にいる。まったく、いい迷惑だ。
この世界で一番初めに困ったのは戸籍がなかった事だった。異世界の大国、メタリカ帝国の皇帝アルビーニがササキと言う日本人だと言う事を、かの天使から知らされていたので、俺はアルビーニに掛け合い戸籍を得た。
『ガウス カルマート
生年月日1/3 鋼鉄歴32年
住所、メタリカ帝国シーテ街2-2-39h
職業、私立探偵』
ふと、アルビーニの『ガウスと名乗るだなんて、シグレ君は自信家ですな』という言葉が脳裏に響いた。
戸籍を得た俺が次に困った事は就職だった。テンプレ通りに行けばギルドに入り勇者になるのだろうが、俺は違った。否、この世界が違った。この世界では既に産業革命が起こっており、各国で高度な軍隊が出来上がっていた。現世でいう十九世紀くらいの文明を想像していただけるとわかりやすいだろう。
さて、俺は現世でピアノを弾く事しかして来なかった。そんな俺が軍隊に入る事、すなわち勇者にはなれるはずがない。
しばらく路頭を彷徨っていると、皇帝アルビーニが助け舟を出してくれた。それは三年間の教育を受けさせてくれるというものだった。俺はその間にこの異世界の常識を身につけ、更には探偵への才能を見出すことが出来たのである。
お陰様で、現在二十歳の俺は私立探偵という職を得ている。
アパートの自室にて、身分証を見ているとノックの音がした。
「どうぞ。鍵は開いています」
「失礼します」
入って来たのはリーベ グラーベと言う男だった。鋭く尖った顎と茶髪の髭。明るい話し方が特徴である。
このメタリカで警察をしている彼は、優秀な刑事なのだが、それでも迷宮入りしそうなときはこうして俺の元にやって来るのである。そして、俺が何かしら助言をするのがいつものパターンだ。時には一緒に現場に行く事もあった。
「グラーベさん。今回は何のご用件で?」
「ええ、今回も大変なのです。帝国の北部にあるアルフヘイムはご存知ですな」
「勿論です。三年前にメタリカが併合したエルフの国ですよね」
「ええ。実はそこの一つの集落で大量虐殺事件があったのです。生存者は一人しか確認されておりません」
「そりゃまた、物騒な話ですね。詳しくお聞かせ下さい。捜査に協力出来るかもしれませんよ」
「そりゃ助かります、ガウス先生」
グラーベ刑事は俺を先生と呼ぶ。
「では、お話を始めます。
事件現場はアルフヘイムの北部の名もなき集落です。たった一人の生存者、アリス アルフヘイムの言うには、三日前に変わった男が村にやって来た。その男はみんなを切りつけ始めた。その黒い刃に切られると血が止まらなかったそうで、みんな死んでしまったらしいです」
「続けて下さい」
「現場検証の結果、凶器は呪いのかけられたナイフ。目撃者はアリスだけで、ほかの地域の人物は誰一人として見たものがいなかったそうです」
「他に手掛かりは?」
「それが見つかりません。村に部外者が来た形跡すら見つからないのです」
「察するにアリスが疑われているのでは?」
「左様でございます。しかし、アリスは十歳ほどの子どもであり、決してそんな事は出来ないと思いますよ。村には大きな男もいたのですし」
「先入観は捨てておいた方が良いですよ。とにかく現場に急ぎましょう。次のアルフヘイム行きの鉄道は……確か手帳に……おや、今日はもう終電が出てしまったので、明日の始発に乗りましょう」
「ええ。お願いします」
ひと段落ついて、グラーベ刑事が部屋を出て行くのと同時に、本日もう一人の客がやって来た。
「こんにちは、エル」
「こんにちは、ガウス」
転生してから始めの試練は学校だった。世の中の常識を知る必要があったし、何より孤独には耐えられない。
彼女は学生時代に出会った友人で、名前はエル アマービレ。エルフと人間との混血児の割には、それ程容姿は優れていなかったが、どこか柔和な所や話し方や笑い方の仕草には愛嬌があった。
ちなみに現在の彼女は帝国魔術大学の優秀な生徒である。
「どうしたんだい、エル」
「さっきの事件には行かない方が良いと思うの」
「グラーベ刑事の言っていたあれか?」
「嫌な予感がする。黒い刃、止まらぬ出血。それらが意味するのは魔王軍の呪いの技術」
「エルは考えすぎだ。俺にはこいつがある。魔法だなんてライター代わりにしかならんよ」
そう言って俺は拳銃を取り出した。
事実、素人が魔法を使って大した事は出来ない。火の玉を作るか、水を出すか。あるいは物を浮かせるくらいだ。
「確かに人間はそう感じるかもしれないけれど……それでも、極めた人間やエルフとかには、発展魔法がある。それこそ人を殺す事だって!」
「まあまあ落ち着け。大丈夫さ。それより、本当の要件は?」
エルがこの事件を聞いたのは扉の向こうでだ。つまり、ここに来たと言う事は別に何か目的があったと言うことになる。
「そうだった。また、ピアノを教わりたくってね」
「ピアノね……」
この世界にピアノはなかった。ピアノを愛する俺は我慢ならなかったので、アパートから徒歩三十分ほどにある、ドワーフの営む万屋にピアノを作らせた。弦の調節は自分で何とか頑張って見たが、どうしても綺麗な平均律は出来なかった。この事は俺が早く日本に帰りたいと願う理由の一つだ。
「良いぜ。分かった。では、いつやろうか――」
☆☆☆
次の日のアルフヘイムからの帰り。俺は車窓から草原を見ながら、グラーベと四輪馬車に乗って揺られていた。
「流石はガウス先生。まさかこんなにも手早く解決されるとは」
「あれはどう見ても単純な事件でしたよ、刑事。犯人がアルフヘイムの身内のエルフなはずがないと言う先入観が悪かったのです」
簡単すぎてなぜグラーベが解決出来なかったのかが不思議な程だった。
「ええ。私としても、そこは認めざるを得ない失態です。けれども、まさか犯人の次の犯行場所を推理し、そこで捕まえるだなんて考えもしませんでした」
「グラーベ刑事の活躍あってこそですよ」
俺は頬杖を突きながら、おもむろに車窓から外を眺めた。すると、空から降って来る人影が見えた。俺は刑事の肩を叩き尋ねた。
「グラーベ刑事。あれは人ですかね」
「え、いやまさか⁉︎ 軽く二千メートルはありますよ……いや、あれは人ですね。間違いない!」
グラーベの余裕の表情も、自前の双眼鏡を覗くなり直ぐに青ざめた。
「
俺は足元にあったほうきを掴み、外へ飛び出した。それからほうきに跨り、魔力を振り絞って飛んだ。
「ガウス先生! それは駄目です!」
グラーベの静止があったが、それを無視して飛んだ。近づくにつれ、落ちて来る物体の正体は人間であり、それが十五歳位の少女だと分かってきた。彼女の亜麻色の髪の毛が顔にかかっているが、それを退かそうとしない。ここから失神している事も容易に推測できる。
俺は何とか上空百メートル程の地点で彼女を抱き締め、無事に着地する事に成功した。
草原の上に降り立つと、向こうからグラーベが馬車から降りて走ってくるのが見えた。そして彼は俺の元へやって来ると、一度息を整え、話し始めた。
「先生! 危ないですよ。それは飛ぶために作られていないので、通常の二、三倍は魔力を消費するんですよ。無事だったので良いですが……。いやぁ、しかし、女の子が空から降って来るとは……」
「ハァハァ……刑事さん。この少女はどうしますか。出来れば、私が預かりたいのですが」
俺は疲れて息が切れていた。
「えっ、それはどうして?」
俺が刑事に申し出ると、彼は驚いて尋ね返してきた。普段、真面目な堅物だと思われ
ている俺が、突然少女を預かりたいと言ったら不審に思うのは当然の事だ。
俺は息を整え、その理由を説明し始めた。
「見てください、ここ。この子の手のひらだけに重度の火傷の跡があります。これは才能はあるが知恵がなく、魔力を使いこなせない者が炎を出すと出来る跡です。もし病院に送れば、何か問題を起こし他の患者に迷惑がかかるかも知れないだろうし、貴方には妻子がいますから貴方に任せる事もできません。一方、私のアパートの部屋には何とか二人寝泊まりする位のスペースと優れた魔法使いがいます。いざとなれば、臨機応変に対応出来るのは私の方なのですよ」
「なるほど。でしたら私の方で、その子の特徴に一致する行方不明者が出ていないか調べておきましょう」
「ええ、そうして下さい」
それから俺とグラーベは再び馬車にのり、シーテへと帰った。
シーテ街の俺のアパートの前に着いても少女は気絶したままだった。少女を抱えて降車する時、グラーベは茶化す様に
「そうそう、くれぐれもその子に変な気を起こさないように」
とヘラヘラして言った。
「そうするには勇気が足りないです」
と俺も冗談交じりに返した。
戻ると俺の部屋の前を丁度エルが通りかかる所だった。
「お疲れ様。あれ、その子は?」
エルは俺の腕の中の少女を見て不思議そうに聞いてきた。
「ああ、実はな――と言うわけだ」
「そういう事だったの。不思議だね。それに……」
エルは考え込む様に腕を組んだ。
「やはり感じるか。この子の魔力は底知れないのだろう」
「うん。私と同じ様にエルフの血が流れているのかもね」
「そうなのだが、耳の先が鋭くない事やこの子の衣服が植物繊維ではなく動物繊維で出来ている事からエルフの可能性も否定できてしまう」
エルフの文明圏では殺生は厳禁だ。聞くところによると毛皮や羽毛、羊毛などを刈り取るのも禁じられているらしい。
「判別は難しいね。私にはさっぱりだ」
エルは組んでいた腕を解き、手のひらをこちらに見せつけ、さっぱりだと仕草した。
「でも、可愛い子……お人形さんみたい」
「ところで、この子の素性が分からない以上、今晩は俺が世話をしようと思う。だが、何があるか分からない。この子が暴走するかも知れない。だから、申し訳ないがエルは今晩起きていて欲しい」
彼女はこの願い出に応える必要はなかったのだが
「分かったよ。何かあったら直ぐに助けるよ」
と笑顔で言ってくれた。
「助かる。本当にありがとう」
「良いんだよ。友人の為だからね」
俺はエルのウィンクの上手さに思わず感嘆したのだった。
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