文化祭の帰り道

■■■


…そして、午後の部も無事に終了し_

_高校2年生の文化祭は、大きなトラブルもなく幕を閉じた。


文化祭からの帰り道。あたしは、ユキと並んでいつもの道を歩いていた。


「無事に終わって本当によかったねー!」

「ですね」

「もっちー、衣装超似合ってたよ」

「先輩も、メリケンサック似合ってました」

「褒めてないなそれ!?」


軽口を叩きあって、クスクスと笑いあう。

こんな何でもない時間が、あたしにとっては凄く大切なものだ。心が暖かくなって、嫌なことなんて全部忘れてしまう。


「…先輩」

「んー?」

「…花火大会の日、私が先輩の言葉を遮ったの…覚えてますか」

「あ…うん」


ユキの言葉で、あたしの頭に花火大会の日の記憶が蘇る。


“「結構遅くなりましたね。送ります」

「あ、あのさ…」

「_すみません、あたえ先輩」


向き合ったユキが、あたしから視線を逸らした。


「今はちょっと…心の整理がつきそうにないので」

「そ、そっか…そうだよね」”


隣を歩くユキが、少し目を伏せて言った。


「あの時、なんて言おうとしてたんですか」

「え…」


まさか聞き直されるとは思っていなかった。どうしよう。


あたしはあの時…、

…自分の過去を、ユキに打ち明けようとしていた。


あたしはユキに好いてもらえるような人間じゃない。「彼女」を傷つけてしまったことは今でも後悔しているし、あの時から自分が成長できたのかどうかもわからない。

だから、ユキは何も悪くないと…ユキに足りない部分があるから告白を断ったわけじゃないと、そう伝えたかった。


「…あの、ね」


声が震える。自分の暗い過去を人に話すなんて、初めてだ。「彼女」とのことは結局今まで誰にも話していない。

怖い。ユキに引かれたら、嫌われたら_


「はい」

「ゆっくりで大丈夫ですよ、先輩」


ユキの顔を見上げると、ユキはとても優しい目であたしのことを見つめていた。

その表情は柔らかくて、声が暖かくて…


…あぁ、ユキなら受け止めてくれるのかもしれない。


ユキなら、きっと_


「その、あたし…昔ね_」


_そして、あたしはユキに自分の過去を話した。

自分の容姿を受け入れられないこと。「彼女」と付き合っていたこと。自分が選択を間違えてしまったこと。引きこもった末に、この高校に編入してきたこと。

話し始めたらポロポロと零れるように言葉が溢れて止まらなくて、一気に全て話してしまった。


ユキは、あたしの長くて暗い話を静かに聞いてくれていた。

時々泣きそうになって喉を詰まらせるあたしの背中を支えながら、何も言わずにずっと。


「もっちー…引いた?」


話し終わって、あたしはユキの表情を伺うように下から覗き込んだ。

流石のユキも、「うわぁ」と思ったかもしれないという不安が心を渦巻く。


「引きませんよ」


ユキは、当然のようにそう言った。

言いながら、肩にかけている鞄を漁ってポケットティッシュを取り出す。


「これ、使ってください」

「あ…ありがと」


ユキに差し出されたティッシュをありがたく一枚頂戴して、あたしは鼻をズビーッとかんだ。話しながら泣きそうになったせいで、鼻水がズルズルだ。恥ずかしい。


「…先輩」

「何?」

「話してくれて、ありがとうございます」

「そ、そんなの…!あたしの方こそ、聞いてくれてありがとうだよ!」


ユキからの、思わぬ感謝の言葉に驚く。


「それで…あたしに聞いてきたってことは、もう心の整理はついたの…?」


ユキはあの時、「心の整理がついていないから」と言っていた。

じゃあ、もう…あたしのことは、過去のこととして片付いたんだろうか。

その可能性を考えて、胸がジリリと焼けるように痛くなった。


「…。」

「もっちー…?」

「…そんなわけ、」


隣を歩いていたユキが、立ち止まった。


「え?」

「そんなわけ、ないじゃないですか」

「へ…」


あたしの方を向いたユキの目は、街灯の灯りを反射してゆらゆらと揺れていた。


「心の整理なんて…一生つきません」

「え、じゃあ…何で…」

「…ずっと、気になって仕方がなかったんです」

「あの時の先輩は、泣きそうな顔をしてたから」


あたし、そんな顔してた…?

確かに、あの時は一杯一杯で…突然の出来事に頭が混乱して、どうしたらいいのかわからなかったけど…。


「あの、もっちー…」


言いかけて、止まってしまった。あたしは、ユキに何を言えばいいんだろう。

ユキの揺れる瞳が、今のユキの不安定な気持ちを表しているようで_

_何か言わなくてはと思うのに、言葉が上手く出てこない。


「もっちーはさ…」


でも、ここであたしが黙りこんだらダメだ。

ユキは、どうしようもないような過去の話を聞いてくれた。そんなユキが不安そうにしているなら、あたしが支えないといけない。…ううん、支えたい。

とりあえず何か言え、自分!


「き、今日の…文化祭の屋台の辺りで、よくあたしがわかったね」

「え?」


やばい、あたし何言ってるんだ。脈絡が無さすぎて、ユキも困惑してるじゃないか。


「そ、その…もっちーも大勢の人に囲まれてたのにさ、絡まれてたあたしを見つけたのすごいなって」

「あぁ…」


ユキが、納得がいったように頷いた。よかった、会話が成立した…。


「まぁでも、ドレスにメリケンサックだもんね!すぐわかるか〜!」


アハハ、とあえて大きく笑ってみる。頼む、これで少しは空気が明るくなってくれ。


「…別に、ドレスじゃなくてもわかりましたよ」

「…え?」


ユキが、不貞腐れたように唇をちょっと突き出した。


「私は、あたえ先輩がドレスだろうとジャージだろうとパジャマだろうと_絶対、すぐ見つけます」

「へ、あ…」


待って待って待って。不意打ちすぎて変な声を出してしまった。


「ほ、ほんとかな〜!?、流石に無理じゃ…」

「無理じゃないです」


ユキが改めて、あたしの瞳を見つめた。

その目はもう、不安げに揺れていない。真っ直ぐで綺麗で、思わず息を呑んだ。


「_私は、先輩のこと…ずっと、見てますから」


…その台詞は反則だよ、ユキ。

そんなにストレートに言われたら、あたしは…


_ユキへの気持ちが、誤魔化せなくなっちゃうよ。


「う、うん…ありがとう…」


どう反応すればいいのかわからず、とりあえずお礼を言った。

…日が落ちていてよかった。この赤い頬を、ユキに気づかれなくて済むから。

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