第17話
ドレミナを適当に見て回り、ある程度満足したイオはそろそろ戻ることにした。
戻ることにしたのだが……
(うわ、あれってどうすればいいんだ?)
街中を歩いているとき、不意に見つけたのは喧嘩の現場。
いや、それを喧嘩というのは難しいだろう。
片方が一方的に殴られ続けていたのだから。
表通りから外れた場所で行われているその光景は、見るからに人に見つかりたくないと思ってそのような場所でやっているのだろう。
それはつまり、ここでイオが口出しをしようものなら、間違いなく面倒になるということを意味していた。
それだけではなく、イオは当然のように喧嘩に……戦いに自信はない。
イオが得意なのは流星魔法だが、まさかゴブリンの軍勢を一撃で消滅させるような魔法をこの場で使うような真似が出来るはずもない。
そうなれば、それこそイオは指名手配や賞金首――このような制度があるかどうかイオには分からなかったが――になってもおかしくはないのだから。
だからこそ、どうするべきか迷う。
もしこれが日本であれば、イオは見て見ぬ振りをして通りすぎていただろう。
あるいは通りすぎたあとで交番に向かうか。
この場合も、警備兵に知らせるといったような真似をしてもおかしくはない。
いや、むしろこの場合は積極的にそうするべきなのだろう。
それは分かっていたものの、イオは何故か……本当に自分でも理解出来ないながらも、喧嘩――正確には一方的にやられているので暴行という表現が相応しい――が行われている方に向かう。
当然だが、イオは戦いに関しては素人でしかなく、気配を消すといったような真似は出来ない。
……いや、正確にはゴブリンから逃げ回っていたことによって、多少は気配を消せるようになってはいた。
ただし、それはあくまでもゴブリンを相手に誤魔化せる程度の稚拙な技術でしかない。
事実、イオの進む先……一方的に相手を殴り続けていた人物は近付いて来るイオの気配を察したのか、殴る手を止めてイオに視線を向ける。
「何だ、お前」
最初は警戒の視線をイオに向けた男だったが、イオを見て自分の敵ではないと判断したのか、戸惑ったように言う。
それでも完全に気を抜いた訳でないのは、イオの手に握られている杖が理由だろう。
杖を持っている以上、イオは魔法使いだと認識されたのだ。
とはいえ、魔法使いというのは魔法を使うのに呪文の詠唱が必要となる。
呪文の詠唱が完了して魔法が発動する前に殴ってしまえば、魔法使いは近接戦闘を得意とする戦士にとって敵ではない。
そのような状況であるにもかかわらずイオは自分から男の方に近付いたのだから、向こうが戸惑うのも当然だった。
「その辺にしておいた方がいいんじゃないか? このままだと、いずれ警備兵が来るぞ」
ソフィアのように自分を助けてくれた相手でもないので、イオの口調は普段通りのものだ。
そんなイオの様子が不満だったのか、男は視線を厳しくしながら口を開く。
「……お前、一体何のつもりだ?」
「何のつもりと言われても……そうだな。楽しい気分で街中を見て回っていたのに、そこで面白くない光景があったから首を突っ込んだといったところか」
物見遊山で首を突っ込んだ。
そう言ってるも同然のイオを男は苛立ち混じりに睨み付け、今まで殴っていた相手を地面に放り投げる。
どさりという音が周囲に響くが、男がそれを気にした様子はない。
「お前、一体なんのつもりだ? そんな理由で首を突っ込むとか、俺を馬鹿にしてるのか?」
不思議なことに、イオは男に睨み付けられても特に怖いと思ったりはしない。
ゴブリンとの戦闘ではあそこまで緊張していたし、今イオの前にいる男は間違いなくゴブリンよりも強い。
にもかかわらず、こうして目の前にいる相手を見ても怖くはないのだ。
何故だ? と疑問に思ったイオだったが、すぐにその理由を理解する。
自分は目の前のような、ただの乱暴者……チンピラの類とは違い、ソフィアを始めとした本物を間近で見た。
そんな本物と比べると、現在自分の前にいる男からは全く恐怖を感じないのだ。
あるいはこれも水晶による精神の強化が影響してるのか? と思うが、ゴブリンから逃げているときに感じた恐怖心を考えると、やはりその辺りは地球にいたときと比べてもそう違ってはいないように思える。
だからこそ、凄まれた状態で威圧感を込めて出たそんな言葉に対して、イオは特に怯えた様子もなく言い返すことが出来た。
「別に馬鹿にしてるとか、そういうんじゃない。けど、見た感じだとお前が一方的に殴っているんだろ? なら、もういいんじゃないかと思っただけだよ」
「それが……馬鹿にしてるって言うんだよ!」
イオの言葉が面白くなかったのだろう。
男は握り締めた拳を振り上げ、イオに向かって振り下ろす……よりも前に、イオが突き出した杖の先端部分で身体の動きを止められる。
「うおっ!」
自分から杖の先端にぶつかっていった形になった男は、驚きと戸惑いの声を出す。
杖の先端は多少は尖っているものの、それでも刃とまではいかない。
また、殴ろうとした男も突っ込みはしたが、イオとの距離は近かったので、そこまでの痛みはなかった。
痛みの代わりにあったのは、戸惑いだけ。
(へぇ、やれば出来るもんだな)
むしろ今の動きで一番驚いたのはイオ本人だろう。
ゴブリン相手とはいえ、まがりなりにも殺し殺されの数日を生き抜いてきた経験、そして水晶によって強化された精神。その二つ……あるいはもっと別の何かの成果によって、イオは相手が自分を殴ろうとしているのを見ても混乱することなく行動に移せた。
「どうした? 俺を殴るんじゃないのか?」
不思議なほどに自分が落ち着いているのを理解しつつ、イオは男に向かってそう告げる。
そんなイオの態度に男は数歩後ろに下がる。
自分の動きを先読みするかのように、杖を突き出された。
男にとってそれは驚くべきことで、同時にイオを驚異かもしれないと判断したのだろう。
だからこそ、イオのその言葉に驚異を感じた。
「どうする? この杖を見れば分かると思うけど、俺は魔法使いだ。もし本気で戦う気なら、魔法を使うぞ?」
実際に魔法を使った場合、それこそドレミナが壊滅してもおかしくない大惨事になるのは明らかなので、イオのその言葉はブラフでしかない。
しかし、一瞬で自分の動きを見極めたように思えたイオのそんな行動は、男を躊躇させるには十分だった。
「ふっ、ふんっ! こんなことでムキになって、馬鹿じゃねえか? いいよ、これで終わりにしてやる」
結果として、ここでイオと揉めるのは危険だと判断したのだろう。
男はそう言い捨てると、その場から立ち去る。
「立ち去るのはいいけど、こいつはどうすればいいんだよ」
地面に倒れている男を見ながら、イオは呟く。
何が理由で先程の男と揉めていた……いや、一方的に殴られていたのかは、分からない。
それでも助けた以上、このまま放っておくといったような真似は出来ず、倒れている男に近付いていく。
(これで、実は絡まれていたのが女だったら、俺ももう少しやる気が起きるんだけどな。……ああ、でもソフィアさんを見たあとだと……)
絶世のという表現が相応しいほどに圧倒的な美貌を持つソフィアだ。
そんなソフィアと数時間同じ馬車ですごし、ずっと話をしていたイオにしてみれば、一般的には十分に美人と呼ばれるような相手であっても、恐らくは美人だと認識するのは難しそうだった。
「おい、大丈夫か?」
地面に倒れている男の身体を揺するが、男は呻き声を上げるだけで、何かを言う様子はない。
イオは続けて何度か男を揺らしてみるものの、起きる様子はない
(ソフィアさんから聞いた話だと、この世界にはポーションの類もあるらしいけど)
この世界にポーションがあっても、イオがそれを持っていなければ結局男を回復は出来ない。
イオが回復魔法を使えればどうにかなったかもしれないが、イオが使えるのは流星魔法だけで、それを使ったところで回復は出来ない。
……苦しませず、一息に殺してやるといったような真似は出来るが、まさかこの場でそのような真似が出来るはずもなかった。
(となると、表通りでポーションを買ってくるのか? いや、でも……そこまで俺がやる必要があるのか?)
当然だが、ポーションはそう安いものではない。
実際には安い物もあるのだが、そのような物は大抵が効果の低いポーションが、場合によってはポーションですらない偽物ということもある。
そうである以上、もし男の怪我を治すのなら相応に高価なポーションを購入する必要があった。
それも男が気絶している状態では、イオの金で。
そうしてイオの金でポーションを買ってきても、男の意識が戻ってから代金を貰えるのかと言われれば、微妙なところだろう。
(とはいえ、助けた以上はこのまま見捨てるって真似も出来ないしな。……この男が金か、もっと単純にポーションを持っていれば、それを使って傷を癒やすこともできるんだけど)
そう思ったが、まさか気絶している男の身体をまさぐって調べたりといったような真似はしたくない。
倫理的にも男としても。
あるいは、男が痙攣していたり血を吐いたりといったような真似をしていれば、イオも思い切った真似が出来ただろう。
だが、気絶している男は特に危険そうな様子はない。
もちろん顔を何度も殴られていたのだから、頭部に影響が出ているといった可能性も否定は出来ない。
しかし、イオはその辺に関しては素人なのだ。
だからこそ、取りあえず男を地面の真ん中で倒れたままにしないようにと、道の端まで引っ張っていく。
持ち上げて運ぶといったような真似が出来ればよかったのだろうが、生憎とそのようなことは出来ない。
水晶によって精神だけではなく身体能力まで強化されていれば、あるいはそのような真似も出来たのかもしれないが。
「さて、あとは……このまま放っておくのもなんだし、取りあえず目が覚めるまで待つか」
そう言い、男が目覚めるのを待つのだった。
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