一週間後に記憶を奪われた上で異世界転生させられる運命にある者の話

お餅ミトコンドリア@悪役ムーブ下手が転生

一週間後に記憶を奪われた上で異世界転生させられる運命にある者の話

 夕日が照らす小高い丘の上。

 隣には、エイザがいる。

 だが、今の俺には悩みがあり、彼女とのデートも楽しめていない。


 悩みとは、一週間後の異世界転生の事だ。

 この世界では、一定の年月が経つと、強制的に異世界へ転生させられる。

 順番に街単位で行われ、一つの街の住民が全員、一斉に転生させられるのだ。

 それは別に良い。

 問題は、異世界転生する際に〝今の記憶を失う〟という事だ。

 想像するだけで、俺は恐怖に駆られた。

 今の記憶が……無くなる!

 死ぬのと変わらないじゃないか!

 俺は、デートが終わってエイザを家に送り届けるまで、悩んでいた。


 記憶を失う……

 俺が俺でなくなるだけでなく、エイザの事も忘れてしまうという事だ。

 最愛の少女の事を……


 今でも鮮明に覚えている。

 俺達の出会い。

 それは、初夏の事だった。


※―※―※


 当時、まだ幼く、やんちゃだった俺は、幼馴染で冷静沈着なパトリック、漢気溢れるマルコム、そして内気なフィッチと共に、よく探検をしていた。

 ある日、俺は、街の郊外にある〝断罪の山〟に行こうとした。

 だが、パトリックが、険しい表情で、

「絶対に駄目です!」

 と止めたので、やめた。

 俺は、誰よりも賢いパトリックを信頼していた。


 そして、帰り道。

 皆と別れた後。

 俺が自宅へと向かう道を歩いている途中で、少女が、荒くれ者のデュボフに襲われているのを目撃した。

 俺は隙を見て、少女を救い出した。

「もう大丈夫だよ」

 デュボフから離れた場所まで移動した後、俺は、そう言った。

 だが、襲われた恐怖がまだ残っており、少女の震えは止まらなかった。

 俺は、少女の恐怖心を和らげようと、一芝居打った。

「う~ん」

 俺は俯き、悩む素振りを見せたかと思うと、そのまま前のめりに倒れて、

「お、起き上がれない。う~ん、う~ん」

 と、藻掻き、しかし起き上がれない、という演技をした。

 少女は、

「ぷっ! 何それ~!」

 と、吹き出した。

 少女の笑顔に安堵して、俺は起き上がった。

「俺はクレイグ。君は?」

「エイザよ。助けてくれて、ありがとう」

「あのくらい、お安い御用さ」


※―※―※

 

 そんな、大好きなエイザの事も忘れてしまうのだ。

 俺は、ずっと苦しんでいた。


 そして、異世界転生まで、あと三日、となった日。

 俺は逃げ出した。


 その二日前から、透明なウインドウが眼前の空中に浮かび、表示されるようになっていた。

 そこには、「貴方は、異世界転生しますか?」という質問と共に、「はい」というボタンのみがあった。

 ボタンを押した者は、全身が光り輝く。

 既に輝きを放つ者達がいる街中を抜けて、俺は街の外へと逃げた。

 ――しかし。

「!」

 ――〝その日〟が近付いているためか、街の外へと出た俺は、空間転移により、街中へと戻された。


 そして、更に三日が経ち、当日となった。

 異世界転生される時刻は、午後五時丁度。

 既に夕方だ。あと少ししかない。

 俺は、以前パトリックが言っていた事を思い出した。

 もし、タイムリミットまでにウインドウのボタンを押さなければ、この世界に残され、生命力が失われて行き、数時間で死ぬという。

「くそっ!」

 俺が声を荒げていると――

「やっぱり、ここだったのね」

「! エイザ……」

 夕日が照らす小高い丘の上。それは、以前、俺とエイザがデートした場所だった。

 既に全身が輝いているエイザは、

「あたしだって怖いわ」

「!」

 と言った。

 そして、

「でもね、クレイグと一緒だから。だから、耐えられるの」

 と言った。

 エイザは、

「クレイグだけここに残って寂しく死ぬなんて、そんなの、絶対に嫌よ、あたし!」

 と言って、俺に抱き着いた。

 俺の恐怖が、エイザの温もりによって、少しずつ和らいで行く。

 俺は、エイザを抱き締めた後、

「分かった。俺も、異世界転生する」

 と言った。

 すると、エイザは、

「嬉しい!」

 と、明るい声を上げた。

「急がないとな」

 と、俺がウインドウのボタンを押そうとした。

 ――次の瞬間――

「転生前に、俺様のものになれって言ってんだろうが!」

「きゃあ!」

 デュボフが襲い掛かって来て、エイザはそれを避けた――

 ――が、バランスを崩して、丘の欄干の上から、空中へと投げ出された。

 エイザは、そのまま崖下へと落下するかと思われたが――

「エイザ!」

 ――俺は、瞬時に身を乗り出すと、エイザを掴んで、思い切り引っ張った。

 すると、エイザが丘の上に戻る代わりに、その反動で、俺が空中へと投げ出された。

「クレイグ!」

 エイザが悲鳴を上げる。

 落下して行く中で、俺は、ウインドウのボタンを押そうとした。

 異世界転生が間に合えば、落下して死ぬ事は避けられるからだ。

 ――だが。

「!」

 ボタンを押さない事による〝生命力の喪失〟は、どうやら転生時刻の直前から始まるらしく、全身の力が抜けて、ボタンを押せない。

 自業自得だな。

 さようなら……エイザ……

 と、俺は目を閉じた。

 ――直後。

「!?」

 ――俺は、エイザに抱き締められていた。

 どうやら、俺に向かって跳んだらしい。

「エイザ!」

 と俺は驚く。

 エイザは、

「諦めちゃ駄目!」

 と叫ぶ。

 その言葉に、俺は残った力を振り絞り――

 ――ボタンを押した。

「やった! 間に合――」

 ――が。

「!」

 エイザは既に消えており、俺のみが残された。

 間に合わなかったのだ。

「ああああ!」

 こんなの、あんまりだ……!

 俺は、そのまま丘の下にある森に向かって落下していった。

 このまま……死ぬのか……

 そう思った瞬間――

『諦めちゃ駄目!』

 エイザの言葉が思い出された。

 俺は――

「うおおおお!」

 ――墜落の衝撃を和らげようと、落下しながら森の木の枝に手を掛けた。

 だが、落下スピードが速すぎて、衝撃で木の枝が折れる。

 しかし、その下の枝に間髪入れず再び手を掛ける。

 また折れる。

 それを何度も繰り返して、落下スピードが落ちた事で、俺は地面に着地出来た。

 が、エイザはもういない。俺は、あと数時間で死ぬ。

 すると――

『諦めちゃ駄目!』

 再び、エイザの声が聞こえた気がした。

 そうだ!

 諦めない!

 このまま孤独に死ぬなんて、嫌だ!

 記憶を失っても良い! エイザと同じ世界に行くんだ!


 でも、どうすれば!?

 その時、俺は、世界で最も賢い友達の事を思い出した。

「パトリック!」

 

 俺は全力で走り、パトリックの家に辿り着いた。

 すると、玄関の前に――

「!?」

【クレイグへ】

 ――と書かれた紙が挿んである、一冊の本があった。

 本を開いてそのページを読んでみると、そこに――

「!」

 〝転生せずに異世界へ行く方法〟が記されていた。

 異世界への入り口は、断罪の山の頂上にあり、転生の時刻から数時間のみ、異世界に繋がるという。但し、他の者は全員転生させられて自分のみ残された、という状況である事が前提だが。


 その後、俺はパトリックに感謝しつつ、数時間掛けて断罪の山の頂上に辿り着いた。

 そして、意を決して、飛び込んだ。


※―※―※


 俺は、異世界へ転移された。


※―※―※


 そして、十四年後。


※―※―※

 

 とある学校の校舎裏に、一人の少女と、三人の少年がいた。

 少女は、少年達から殴られ、蹴られた。

 少女は、ただ必死に耐えていた。

 生まれつき右腕が無かった事で、苛められていたのだ。

(もう……無理……誰か……助けて……!)

 少女は心の中で助けを求める。

 だが、誰にも届かない。

 見ると、一人の少年が、折り畳み式ナイフを持っていた。

(殺される……!)

 少年がナイフを勢いよく振り下ろそうとした、その瞬間――

 ――三人の少年は、頭部に強い衝撃を受け、気絶して、倒れた。

 彼らを気絶させたのは――

「!?」

 ――人間の〝腕〟だった。

 どんなカラクリか、〝腕〟――〝右腕〟が独立して動き、近くにあった拳大の石を立て続けに三人に向かって投げたのだ。

 少年達を倒すと、〝右腕〟は、少女の方を向き、近付いて来た。

「ひぃっ!」

 悲鳴を上げ、恐怖で震える少女。

 すると、〝右腕〟は立ち止まった。

「……?」

 そして、関節部分を曲げた。

 まるで、俯いて何かを悩んでいるかのように。

 少女が見詰める中、〝右腕〟は前のめりに倒れた。

 〝右腕〟は、起き上がろうと藻掻くが、中々起き上がれない。

 その様子を見ていた少女は――

「ぷっ! またそんな事して! クレイグったら!」

 ――吹き出した。

「え? あたし、今、何て? クレイグ……って?」

 見ると、いつの間にか〝右腕〟は立ち上がっていた。

「知らないはずなのに……何だか、すごく懐かしい名前……」

 気付くと、少女の頬を涙が伝っていた。

「あれ? あたし、何で泣いてるの……?」

 〝右腕〟を見ると、まるで、感情があるかのように、震えている。

「もしかして……あなた……あたしの右腕なの……?」

 すると――〝右腕〟は、まるで頷くように、関節部分を曲げて、戻した。

「あたしの〝右腕〟……ううん、そうじゃない。あなたは、あたしそのものなのね……」

 少女は、泣きながら微笑を浮かべた。

 その瞬間――少女と〝右腕〟を淡い光が包み、〝右腕〟は、少女の肩に吸い寄せられ――

 ――一つになった。


※―※―※

 

 少女の身体と接合した瞬間――

「来てくれたのね、クレイグ……!」

「エイザ……!」

 俺は、最愛の左腕の少女の意識に触れた。

「もう、意識は残ってないはずじゃ!?」

「ええ、消えていたわ。でも、一瞬だけ、復活出来たみたい」

「そうか……」

 俺は、色んな感情が込み上げて来たが、言葉に出来ない。

 俺達各々の独立した意識は、少しずつ消えて行き――

「エイザ、愛してる」

「愛してるわ、クレイグ」

 ――完全に消えた。


※―※―※


 クレイグ達と共に少女の身体の一部となった、胴体のデュボフ、両脚のマルコムとフィッチ、頭のパトリック。

 彼らも、クレイグ達と同様、個々の意識は消えた。

 だが、その代わり、皆と一つになって、全体としての意識が出来上がった。

 

※―※―※


 街中にて。

 友人達と談笑している少女がいた。

 あの後、世界は変わり、少女は五体満足で生まれて来た――という事になっていた。


 しかし、少女だけは、覚えていた。


(本当にありがとう)

 すると――

『あのくらい、お安い御用さ』

 と、声が聞こえた気がした。


―完―

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